三十一冊目『読めない人のための村上春樹入門』
「府雨の読書日記」三十一冊目『読めない人のための村上春樹入門』
『読めない人のための村上春樹入門』
著 仁平千香子
本屋で『ねじまき鳥クロニクル』が100分で名著に出るという帯を見て、その隣に、この本が置いてありました。
本屋に行くのは呼吸。可処分所得の使い道のほとんどが本である僕ですが、最近体調を崩していて、本屋にも行けないという残念な状態。
久々に新宿紀伊國屋に出て、読めそうな本はないかなと思っていたら、置いてあったので買いました。
当日に読み終わる。
村上春樹の長編はほとんど読んでいますが、こんなふうなことを考えて読んだことはなくて、それでも批評とか読書会とかで取り上げられている、メタファーというか、文明との重ね合わせの分析は、結構好きです。
文学の真髄は作者を超えることであり、作者を変容させることでもあります。
どこまで計算して書いているのかとか、結構気になるんですけど、計算というと、聞こえが悪いですかね。
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小説を読む習慣があまりなくて、この本を読んで、『騎士団長殺し』また読みたいなぁと、文庫を買ってしまいました。
ハードカバーは、持っていたのに、遠方にいる母親に送りつけて手元になく。
なぜ『騎士団長殺し』か。
なんとなく好きだから。
わかるわからないの話ではなく、読んでいて好きかどうか。
読解をしたいわけではない。というと、この新書をどうして読む気になったのか。
あんまり骨が折れる本だと、積読になってしまうから。
いいですよね。なんか研究論文の引用とか、膨大で(瑣末な)緻密(に一見思える)書き回しとかなくて、前からするすると読めて、戻ったりしなくていい優しい文体で。
メッセージがある、それを受け取れる、文学に対する信頼。
あるいは、良き文学に対する信頼なのか。
そういう意味では、村上春樹は人によっては難しく、人によっては簡単すぎるのかもしれない。
複層構造を理解できない人は、結構たくさんいるだろうし、逆に、構造的な分析が得意な人は、簡単に透かした気になることもある気がします。
僕は、春樹に関しては、メタファーや構造より、文を味わうのが好きで、趣味として解説本を読んで受け売りします。
なんにせよ、説明する時に、構造があるのは楽だから。
なんにせよその2。体調が悪い時は、村上春樹に限る。これは、逃げではないのですよ。




