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二十六冊目『読まれる覚悟』

「府雨の読書日記」二十六冊目『読まれる覚悟』


『読まれる覚悟』

 著 桜庭一樹


 金曜日、同僚と中華をたらふく食べて、先日の誕生日祝いにと、本を買ってもらった。『読まれる覚悟』。


 ちくまプリマー新書は、たまに手に取って読みます。


 最近、高坂正堯の『海洋国家日本の構想』読みつつ、いろんな本に手を出しているのですが、買ってもらった本の読みやすさに、買ってもらった五時間後には、読了してしまいました。五冊ごぼう抜きの読了です。


 今『海洋国家日本の構想』を読んで、ことごとく思うのは、言葉にできないものへの、接近の仕方というか、答えのないものへの、意見の形成の仕方が、とても難しいということです。


 僕は文系で、なのに最近まで、全然言葉の力を信じていない、シニシストだったのですが、そろそろ具体的に「できること」を基礎において意見を形成せにゃなぁと、思うようになりました。


 政治的・社会的な意見を形成する時、その生成的な動態に、強く接続したいと思うようになりました。


 正解がわからない中で、行動をする。わからない中で動く。間違ってもいいから、試行する。


 子供の頃当たり前だった「成長する」というパラダイムを構築したいと強く願う。


***


 桜庭先生の『読まれる覚悟』は、タイトルが、短くて、そして少しありきたりなもののように見えました。


 でも、読み切ってその、表紙に印刷された文字からはわからない、先生の問題意識に触れて、七輪に熱された網のように熱い議論に、「このタイトル以外ないな」と納得しました。


 文学者というのは、それ一人が一つの意思であり、政治であり、オピニオンであると感じます。


 怖くなったり、わからなくなったりすることもある中で、意思決定をする。


 もちろんサポートは受けているでしょう。でも文責は作家にあるのです。……当たり前か。


 その当たり前のことを、十五万字の具体例にして世に問うのが、作家というものです。


 この本は、作家論や、執筆指南とは全然違います。


 意思決定をする覚悟を問うています。


 正解なんて存在しない海原があり、手元の不正確なコンパスで進路をとるような不確かな航海です。


 幾重にも波が阻むし、凪もあれば嵐もある。


 その中で、時に軽くリラックスして、時に重く深刻に、自分の意見を表明する。


 意見を表明するということは、他者の意見に変更を求めることにもつながります。


 なんか最近友達が、「意見を表明してもいいけど、他者が何を考えるかに干渉してはいけない」という意見を表明して、僕に意見の訂正を求めてきました。


 あれ? 君も意見の変更を求め、干渉しているんじゃない? とは思ったものの、そういう反駁は嫌いなのでしなかったのですが、典型的なコミットメントVSディタッチメントの意見対立だなと思いました。


 僕は、世論に意見を表明することは、それだけで他者に干渉するコミットメントだと思います。


 生存に関わる意見形成の場ですら「不干渉」を貫かなくてはならないのか、僕は議論の余地があると思います。


 意見は、他者と関わることで生成されるし、人は変わらないではいられません。


 人間がプリセットの思想を生まれてから死ぬまで持つなら、確かに人に干渉することは無意味でしょう。でも、人の意見は、多くの出来事を経験するごとに、変容し、そして重層化していきます。


 そこには言葉にはならない大切な経験が詰まっていますし、意見の後ろに人の顔が浮かぶこともしばしばです。


 ただ、もしくは、そういうインタラクションを経験できるのは、開かれているからとも言えます。


 外と接続している感覚は、していない人にはわからないし、逆もそうでしょう。


 整然とした個人、辻褄が合った思想が、いつでも求められる世界で、航海しなくてはならない難しさ。


 だから、理屈としては内心の自由を掲げ、瑕疵のない、不干渉の理論に傾く人も、多いのではないかと思います。


 それは「自分にはわからないことがない」と、思っているだけのような気もしますが。


***


 最初に挙げた高坂正堯も、さっき読んだばかりの桜庭一樹も、現実と理想の間で、絶えざる会話を行い、姿勢を整え、位置取りに熟考します。


 桜庭先生の、社会のマイノリティや弱者に対する感度の高さ(コミットメントとか、無関心でいられないこと)は、多くの作家が共有することでもあると思います。


 マイノリティのコミットメントはうざいと、マジョリティは思っているかもしれないですね。よく言われていることですが、誰でもわからないことは怖い。(そこでマジョリティの持つ既得権が侵されているとか、そういうことは、もう言うまでもないような気もします)。


 もしかしたら、意見を言われることは、意見を変えたくない人にとっては、極めて面倒くさいのかもしれません。


 作家は、物語に意見を宿し、何十万字も書く。


 面倒だったらやってません。それを駆動するのが使命感か楽しさかはわかりませんが、でも間違いなく、面倒だったらやってない。


 面倒に対処する方法はもちろん、人それぞれですけれど。


***


 なんか、うまく引用というのができなくて、それゆえに、読書レビューというより、読書日記という体を取っています。


 全文を引用したい気分でやっています。


 はあ、夜にコーヒーを飲んだから午前三時になってしまった。よよよ。

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