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二十三冊目《積読篇1》

「府雨の読書日記」二十三冊目《積読篇1》


『善の研究』

 著 西田幾多郎


『人間の条件』

 著 ハンナ・アーレント


 こんばんは。正月も三日が過ぎようとする夜に、二十三冊目と書いておきながら、二冊ご紹介するのは、かなり心苦しいのですが、僕の中では、この二冊はセットです。


 もう何年も、読みあぐねている両書ですが、読みにくいからとか、そんなことではなく、あまりに実用的だから、つまり、真理に近いから、読みにくいのだと思われます。


 西田の『善の研究』は半分くらい、アーレントの『人間の条件』は四分の一で、ぴたりと止まってしまっているのです。


 うんうん、そうだよね。なるほど、たしかに。などと、ページをめくるたびに納得の嵐で、怖くなったんです。


 読むともう、その通り過ぎて。批判的思考が働かない。甘やかされてしまう。


***


 思い返すと、僕の積読リストには、筑摩学芸文庫、講談社学術文庫、岩波文庫の三レーベルから、おびただしい数挙げられていて、その三レーベル、読み切った本ないような気がするんです。怖すぎる。


 その代表が、この積読論考に挙げられた二作品です。


 僕は、そもそも集中力が高い方じゃないので、読むのはとても苦手。


 西田を読もうと思ったのは、『西田幾多郎の憂鬱』という本を買って、大人になった気分でいた時(高三)に、それならいっそ『善の研究』読むか、と思って、講談社学術文庫版を手元に取り寄せたのが始まりです。


 紆余曲折あって、あんなに楽しく読んでいた『西田幾多郎の憂鬱』は散逸し、講談社学術文庫版は脚注が邪魔だからと、岩波文庫版を買い求めたのです。


 ちまちま読んでいました。


 ただ、生来勉強が苦手なのか、「役に立つ」本ほど、積読する傾向にあり、必読書とされているものほど、敬して遠ざけるように。よよよ。


 大学で日本哲学史の授業を取り、奇跡的に単位を取ったこと、よく覚えています。


 夏休みが終わった時に先生が「夏休み西田を読まれた方もいるかと思います」と仰って、泣きそうになりました。読んでないよぉ。


***


 アーレントとの出会いは忘れもしない早稲田大学法学部を受けた時のこと。


 今思えば、何で法学部を受けたのか、なぜ早稲田だったのかは僕の人生で、大きめの謎です。たぶん受かると思っていたんだと思います。


 法律に向いていないことは、その後の勉強で明らかになったことなので、落ちてよかったのですが、アーレントの評論が、その時入試の現代文に出たんです。


 日本語か?


 凄まじく読みにくい文章で、今過去問が手元にあれば、引用したいくらいの、言っちゃあ悪文で。


 でも、その後、アーレントのことを読むにつけ、そんな悪文とは全く違う知性だと思うようになって、あー、早稲田って難しい大学なんだなぁ、と、印象深く記憶に残りました。


 アーレントは悪くない。


 厳しい時代の哲学者なんだよな。


***


 この通り、申し訳ないけど積読ですが、どうかご容赦を願いたいです。いつか、読みます。いつか。


 気が散りまくりで、語学とかもかじっていると、時間がいくらあっても足りないし「いつも読めます!」と言えるほど、体調が常にいいわけでもない。


 興味は移り変わるし、時間は有限で、仕事がなけりゃなぁ、と思うこともあるけど、この正月でわかりました。


 時間があっても本は読まない。勉強はしない。


 短い時間を確保して、ちまちまやるほかないのだよな。

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