二冊目『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
「府雨の読書日記」二冊目『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
著 村上春樹
高校三年生の夏に鬱になってしまった。
ハイレベル模試でひどい点数を取り、部活とかでも忙しくしていて、気づいたら動けなくなっていた。
勉強も思うようにできず、学校も休みがちになって、でも友達が、励ましの意味を込めて『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』で読書会をやらないか、と誘ってくれた。
実際に読書会が開催されたのは、冒頭の数ページで、でもその読書会のために、僕は何とかして本を読もうとした。
行ってきますと言ったのに、学校に行きたくなかったから、山手線の乗り換え駅で降りられず、そのままぐるぐる回っていて。
その間、僕は『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んでいた。
あの多崎つくるの、透明な感じそのまま、タイトルになっているのを見ると、ホウと息をつきたくなる。感心ではなく、感嘆。
もしかしたら一番好きな小説かもしれない。
狭い世界というか、隣までわざわざ覗き込んで見ない、ものぐさな人が、隣の人の風景を見る。
人を介して自分の見方を徐々にずらしていくことは、ある人は友人、ある人は恋人の影響によって達成される。
受け身な主人公なのに、骨太で芯が強そうなのは、つくるの中に思い出があるから。いつまでも透明で、腐らずに、綺麗に保管されている思い出。
それを取り戻すことは、過去に戻ることではない。今の自分の位置で、思い出から得られる養分は異なっている。
鬱であれば、待てばいいんだと思う。
扉を叩いてくれる人に、何て返すのがいいか想像しながら、待てばいい。