第一話 目が覚めたらそこは
「ん…?」
強い日差しを感じ、私柊あずさは目を覚ました。いつの間に眠ってしまったのだろうか。
気だるい体をのそのそと起こす。
「あれ…?」
ここはどこだろう。
私のワンルームの部屋とは明らかに違う場所に目を見開く。
真っ白で大きなカーテンが風に揺らされている。だだっ広い空間には大きなベッドが一つ。何人も寝られそうなほど、大きい。
「え…」
誘拐?
心臓がバクバクと音を立て、布団を蹴り上げた。滑り落ちる様に床に足をつくと、足音を立てながらカーテンを引く。
「ひえ…!?」
カーテンの向こう側…。
あずさは思わずしゃがみこんだ。
見知ったとは言い難いが、ここが高層マンションの上階であることはわかった。窓の外にはビルが立ち並んでおり、それを一望する形だ。おそらく東京――のどこかだろう。
やはりこれは、誘拐されたということ?
「逃げなくちゃ…」
あずさはカーテンを握りしめ、小さな声で呟いた。
天涯孤独、貧乏社会人のあずさには縁もゆかりもない高層マンションの一室。仮に倒れたとしても運ばれるのは病院だ。
こんな高い場所に運ばれるわけがない。
「え…」
顔を上げた時、視界に見慣れないものが飛び込んでくる。
真っ白な、雪のような白髪だ。それもあずさ自身の髪の毛。
「う、うそでしょ」
鏡がなかったので、毛先をつかんで目の前で観察することしかできない。
自分の顔を触ってみたり、服装を確かめたが明らかに様子が違うような。
だって私は、一般的な日本人で、最近お腹のポッコリが気になってきていたし、こんなフリルだらけの寝間着は着ないもの。
白髪におそらく小顔、すっとしまったお腹周り。そして、着せられていたフリルだらけの寝間着に困惑を隠せない。
「もしかして…いやそんなはずは」
転生、という最近流行りのジャンルを思い浮かべた。
そんなはずはないとかぶりを振りながら、バクバクと心臓が高鳴るのを感じた。
テッテレテッテレテレテレテレテレ
びくりと肩を震わせる。どこかで着信音が鳴っているようだ。よくあるスマホの着信音だ。
おそらく部屋の外から聞こえるそれと共に、パタパタとした足音が聞こえてきた。
声は聞こえてこなかった。
通話をするためにその場を離れたのだと思われる。
これはチャンスじゃないか?
そう考えたあずさは、ドアに近づき様子を伺った。やはり誰もいないようだ。
そのままノブを開き、音をたてないように気をつけながら部屋を出た。
おそらくあと少しで玄関――というところまで来たとき、肩を背後からつかまれた。
「ちょ、ちょっとまって。あずささん」
「いや!離して!」
「うわっ」
左手を大きく振りまわす。
肩に乗せられた手が離れ、あずさは振り返る。
目の前の男は、金髪碧眼。あずさより頭3つ分ほど高く、威圧感にくらくらしてしまう。
「おっと」
男の腕が背中を支え、倒れることはなかったが。
「ひえええ」
情けない声が自分の口から飛び出した。
男に顔を近づけられ、そのまま触れる様に唇が当たる。
日本から出たことがないあずさにとって、外国人風イケメンは刺激が強かった。
「いやあああ」
悲鳴とは少し違う、小さな声が漏れる。
「ごめんごめん。君がかわいかったから思わず、ね」
そのままぐいと体を持ち上げられ、先ほどまでいた寝室に運ばれてしまう。
「僕の名前はアレン・クロフォード。クロフォード一族の次男なんだけど、テレビとかで見たことあるかな?たまにモデルをやっていて――」
唐突な自己紹介が右から左へと流れていくところであった。
「い、いえ。よくわからないです」
「そうか、それは残念だ」
ベッドの上に優しく下ろされ、冷静さを取り戻す。
このままではまずい。
いろんな意味で。
「君はシルフィード一族の末裔と聞いているけれど、こんなに可愛い女性だったとは。シルフィードと繋がれるだけでも大変な名誉だというのに、僕はとても幸運だ」
「し、シルフィード?」
「ああ、そうだったね。君は今まで知らないで生きてきたらしいね」
アレンと名乗った男によると。
「私が古の時代から続く一族の末裔で、ご先祖様のような強い力を持っている…?」
「ああ、そうだよ。君の力を分け与えてもらうために、僕の一族が選ばれたんだ。それからエドバルトと長月とブラック…今は4家が確定しているそうだよ」
馴染みのない言葉に、ただ頷くしかない。
「それで僕が第一夫で、君が起きるのを待っていたんだよ」
無理やり連れてきてごめんね、とアレンははにかんだ。
綺麗に整った顔を近づけてくるので、思わず両手で押し返す。
「それはつまり、あなたが私の夫ってことですか?」
「そうそう、希少種保護プログラムの一環でね。相性の良い男性が君の夫に選ばれたんだ」
希少種保護プログラム。外国人然としているにも関わらずペラペラな日本語。
あずさは情報量の多さに頭をくらくらさせながら、アレンの話を聞いた。
結論として、ここは私の知っている世界ではないらしい。だって、魔法なんて…。
彼の話をまとめるとこうだ。
この世界には魔法が存在している。そしてその魔法は血筋に現れる。
故に一族が滅びると、その固有魔法の使い手も消滅し、世界の損失になるということらしい。
魔法一族の中でも魔法使いが確実に生まれるわけではないが、血筋が続く限りいつかは魔法使いが誕生する。そしてわたし、柊あずさはシルフィード魔法一族の遠縁の遠縁にして、魔法使いらしい。しかしその一族はかの世界大戦にて滅亡したとされていた。
シルフィード魔法一族は魔法の祖ともいえる古の時代から存在した増強魔法の使い手で、当然ながら数百年間、増強魔法使い手は存在していなかった。
それでも増強魔法をあきらめきれない政府により、家系図をたどる大捜索が行われた。そして私を見つけたらしいのだが。
って増強魔法って何!?
そしてもう一つ。希少種保護プログラムとは、使い手の少なくなった魔法一族を保護し、安定した一族繁栄をサポートする制度。相性の良い異性を科学と魔法の力で特定し、急を要するレベルによっては複数の相手を用意されるらしい。
増強魔法は数百年魔法使いがいないし、天涯孤独の私が結婚しないと血筋が途切れる。貴重な増強魔法を復活すべく、何かの調査で相性のよい夫が選ばれたらしいのだ。
そんなこんなで世界中の魔法一族から優秀な男性を夫として連れてきたそうだ。
それがこのイケメン…。
ここで面倒なのが義務と権利について。
色々話を聞いたが、とにかくこれが煩わしい。そもそも魔法って何、ここどこってとこなんだけど。
私は最低でも5人の夫を持ち、望まれたら断らず、すべての夫に対し平等に対応しないといけない。その上、外出には制限と監視が付く。政府から派遣された護衛官に四六時中監視されるそうだ。
権利といえば、衣食住の保障と毎月の報奨金。
そしてこの部屋は、私のために用意された場所なのだという。つまり、これからワンルーム生活とは程遠い高層階生活をすることになるらしい。しかも家政婦付きで。
「うーん」
あずさはアレンを閉めだした後、ベッドの上で膝を抱えていた。
危ないからとアレン付きで許された鏡には、見知らぬ女性の顔があった。すぐに鏡を取り上げられてしまったので、あまりちゃんと見れなかったのだけど。
鏡が危ないって、何事。
とにかく、ここが今までの現実とは違うのは間違いなく、魔法と科学が混在するファンタジーな世界のようだ。それでも私の名前は柊あずさのままだったし、両親がいないことも同じだった。
会社の同僚とか同級生とか、少しでも顔見知りに会って同じ人は存在するのか確認したかったけれど。希少種保護プログラムのせいで、外出が一時的にできないといわれてしまった。
何が初夜を終えないと外出させられない、よ。
私の白髪はシルフィード魔法一族の特徴らしいのだが、珍しい色ではないらしい。神聖な魔法を使う家紋の人に多い色だと言われた。それでもここまで綺麗な白髪は少ないのだとか。
どうやらアレンは希少種の捜索に一枚嚙んでいるらしい。
「そういえば…ここ東京じゃないって信じられない」
どうみても東京。
いや、高層階のマンションから見下ろしたことなんてないのだけど。私のイメージする金持ちが見下ろす東京そのままなのだ。
それなのに、アレンはここが東都だという。しかも日の本エリアの東都という。
他にも聞いた国名はちょっとずつ違っていて、違う文化を歩んできているようだった。
まあ確かに、魔法が存在するなら歴史が変わってもおかしくない気もする。