03 (最初はブラウン管から)〇
翌年1706年 雪が融けてた春…冒険者ギルド。
「さて、イギリス人を国民に入れて だいぶ落ち着いて来たし…。
次はコンピューターの開発だな…」
書類を見ながらナオは クオリアに言う。
「家電製品を動かす位の単純回路を作れる住民が 増えて来ているから そろそろ初期の電卓を作れる…。
だが、問題は 表示するディスプレイだな。」
「液晶の技術は失われているんだよな。」
「そう…液晶ディスプレイの仕組み自体は残っているが、液晶に何の物質を使っていたのかは、何処の記録にも残っていなかった。」
「確か…生身の時に調べたんだが、ネットに乗って無かったんだよな。
10種類位の物質をブレンドして作っているみたいで…。
で、ネットに 残っていたのは イカの肝からダーク油を生成して コレステリック液晶を試作していた事。
で、更に調べてみると肝に含まれている胆汁酸だと分かった。
多分、コレステロール誘導体が鍵だな…。
と考えれば ウサギの肝でも行けるか?」
「コレステリック液晶か…理屈は分かるが…作って見るか…」
「ちなみに…2600年で使われている ディスプレイって、何が使われているんだ?」
「LEDディスプレイだ。
ただ、レーザーや マイクロマシンで直接 視覚野に画像を送れるようになったから、ディスプレイ自体が かなりレアだ。」
「まぁそうなるよな…」
2600年の時代の人の脳には マイクロマシンがあり、視覚野からARで高画質のモニタを浮かばせる事が出来るので、文明をあえて遅らせている レトロ文化の都市でしか使われていない。
確か1年ほど向こうにいて見たのは…。
「あっ…確かエクスマキナ都市の ジガの部屋には ブラウン管や液晶ディスプレイがあったよな。」
ジガは人類のレトロ文化が好きで、20世紀21世紀の化石映画やドラマ、アニメ、ゲーム、漫画と集めており、部屋には ディスプレイなどの出力媒体も持っていた。
もしかしたら、アレはジガが自分で自作したのかも しれない。
なら液晶について知っている可能性もある。
『こちらナオ…ジガ出れるか?』
量子通信でジガに連絡を取る。
『はい…こちらジガ…今、硫黄の村でトニー王国語を教えている所だが、何か用事か?
リアルじゃ動けないぞ』
授業と通信を同時に行っているジガが言う。
『いや…必要なのは知識だ。
ジガの部屋に ブラウン管ディスプレイや、液晶ディスプレイがあったよな。』
『あ~今度は ディスプレイを作るのか。
確かにアレは 自分で自作したからな…。
ただブラウン管はともかく、液晶ディスプレイは 確実に作れない。
アレは グローバル経済で地球中から希少物質を大量に集められたから出来た物だ。
ここでは手に入らない物も多い。』
やっぱり そうなるか…。
『なら、コレステリック液晶は?』
『コレステロール誘導体は…ビタミンD…確か動物の肝に含まれる…て、ああウサギの胆汁酸か。
それなら作れる望みはある…。
が、いきなり作るのも…こう言うのは 段階を踏まないといけない訳だし…。
よし まずは、ブラウン管からだな。
オシロスコープは 完璧にブラウン管の技術だから ハルミが使うだろうし、レーザーを作るには ブラウン管の電子銃が必要だ。
今 設計図を送る』
『受け取った。
まぁ皆の技術力も上がってるし、作れるかな…。』
『それじゃあ、頑張って』
量子通信が切れる。
「それで?」
クオリアが聞いて来る。
「先にブラウン管だってさ…その方が応用が利くらしい。」
「分かった。」
ブラウン管の仕組みは、液晶程 謎技術を使っていると言う事も無く、普通に理解出来るレベルだ。
「まずは 電子銃からだな」
「ああ…調整はともかく、すぐ終わるだろうしな」
まずは プラスとマイナスの電極を真空中で間隔を空けて設置し、ヒーターを使って熱した状態で高圧電流を流し、電位差から極小の雷を発生させる。
で、雷で発生した電子を電磁石を使って加速させる。
構造は非常にシンプルで 設計図もあるので割と 簡単だ。
次に 画面だ。
画面は、薄いガラス板2枚の間に蛍光塗料である石膏…硫酸カルシウムを入れて挟む。
硫酸カルシウムは 塩酸と水酸化カルシウムを混ぜて中和させる事で、塩化カルシウムにし、これに硫酸を加える事で出来る。
これで、電子銃が放った電子は真ん中に当たる。
それを 極薄のクリスタルガラスのシートに電極を張り付けたX偏向板とY偏向板を取り付けて 電流を変えてやれば、当たる電子の位置を操作出来るようになる。
最後にそれらを全部 懐中電灯みたいな デカいガラスのケースの中に入れて、フリーズドライで散々使った減圧器で真空状態にすれば、一応の完成だ。
オレは この3年間 バギー開発部の努力で、耐久性、安全性が向上した ロータリーエンジンを積んだ新型バギーで、マイクロ水力発電機がある川まで向かう。
クオリアは マイクロ水力発電機を設置して 両手に抱える位の大きさのバッテリーに取り付けている。
このバッテリーは、極薄のガラス板の両側に炭素繊維を高密度で積み重ねた物で、この島に来た割と初期から開発していたが、最近 素材の技術水準が追い付いた事で 一応実用に耐えられる性能になっている。
まぁ水力発電での不安定な電力を一度溜めて 出力する事で、電気の質を上げるのが 今回のバッテリーの役割だ。
これが無いと 家電製品が過電流で壊れる事も普通にある。
「さて、テストだ」
オレは荷台にブラウン管を置き、真空管から出ている+極と-極の銅線にバッテリーから繋がっているワニクリップを繋ぐ。
「それじゃあ…出力を上げるぞ」
クオリアが調節用のダイヤルを回してブラウン管が映る。
「おお…」
真ん中に点がしっかりと表示された。
「次、X軸行くぞ」
画面の点が横方向に広がって横線になる。
「よし…」
「次、Y軸行くぞ」
そして、横線が上下に広って面となり、画面全体が白く光る。
「上手く行ったな…」
「ああ…これで後は 電子銃側のオンオフで、文字を映せる。
それ用の基板も作らないとだな…」
その後、興味を持ってくれた技術者も含めて1ヵ月程で基盤回路の設計が終わる。
画像の表示の仕組みは、画面の左上から右に1行ずつ光のON OFFで点滅をさせて行き、端まで行くと、次の行の左端に向かう。
それの繰り返しで左下のブラウン管の端まで行く。
こうする事で、常に1つの光がON OFFしているだけなのだが、人の目の残像効果によって 白黒の1枚絵に見える。
で、これを30分の1秒になるまで速度を上げて行くと、人の目には動画に見えると…。
まぁ義体のオレ達の目はフレーム数が高い為、1ドットの点まで見えてしまうのだが、オレ側でフレーム数を合わせれば 済む事だ。
今まで大きな懐中電灯の様な見た目だったブラウン管に基板やバッテリーなどの制御装置を組み込むとブラウン管ぽい箱型の形になる。
この完成品を6台生産し、各村に1台ずつ…アトランティス村には、村用、オレ用、後は医療で使うハルミ用の3台になる。
まぁゲームもテレビ放送も無い状態なので、絵を移す事位しか出来ないのだが…。
そして、オレは電力供給出来る 川の近くに建てたコンテナにブラウン管テレビを置き、エスペラント語のキーボードで文字で『Saluton Mondo(こんにちわ 世界)』と入力して行った。




