01 (畜殺-ちくさつ-)〇
1705年の春…。
海岸からトニー王国に攻めて来たイギリス軍との戦闘を行い トニー王国は犠牲者を出す事も無く、完全に勝利した。
戦闘で得た捕虜は コンテナハウスで作った隔離施設で 1ヵ月間の検査と治療を受け、半数が温泉地帯の硫黄の村に開拓民として送られ、もう半数が港の村で生活をしている。
港の村には 学校があるが、開拓村である硫黄の村には まだ学校は無く、技術を教える技術者と一緒にトニー王国語を教えられるフック先生を送った。
これから彼らは 今までの宗教、文化などの価値観を すべて捨て、トニー王国 国民と同じ神を信じ、同じ価値観で 生活しなければ ならない。
これを今の内に徹底的にやらないと 後で 硫黄の村を『自分達が開拓した領土だ』と主張して、独立戦争を仕掛けてくる可能性すらあるので ある程度の思想統制は 必要だ。
そして、その年の夏のアトランティス村。
「うりゃあ!!」
ロウがウサギの脚を掴み、掛け声と共に 柱に向かってフルスイングし、ウサギは頭を柱に強く撃ちつけて即死させる。
そして、すかさず ウサギをまな板の上に乗せて 四角い中華包丁で首を切断し、ウサギの足をロープで結び、逆さまにして天井から吊り下げる。
その下にバケツを置いて、首を切断した胴体から血が重力に従ってバケツに落ちて行く。
この血は窒素を多く含んでおり、熱して水分を飛ばし 粉にすれば、肥料になる。
更に 血が抜けきった所で 今度は ウサギの毛皮を引き剥がし、大きく肉を削ぎ落して行く。
中にある長い腸を引き出して ソーセージのチューブに使い、骨はカルシウム剤として栄養の補助として食品に添加物として加えられる。
最後に失血死したと思われる頭を粉砕機に入れ、熱で水分を飛ばして粉にした物を 飼料に混ぜ込む事で ウサギの肉の品質が高くなる。
ウサギは 知ってか知らずか 共食いをさせられている訳だ。
そして 食肉加工員達は 淡々と仕事をこなし、1日に60匹程が殺され、一切の無駄が無く ウサギが使われている。
1日で60だと 1年で殺されるウサギの数は おおよそ2万。
だが、現状でトニー王国内のウサギの数は 10万匹を超えおり、増え過ぎて 産児制限を引いている位だ。
これがオスメス合わせて12匹の子供なのだから、本当にウサギの繁殖力は凄い。
「あ~効率は良いんだが、やっぱり メンタルが削れるな。
ヴィーガンが文句を言う理由も分かる。」
食肉加工の視察に来たナオは工場の外のベンチに座り ロウに言う。
「そう?」
隣に座るワンピースを着ている 血だらけのエプロン姿のロウは 今年で12歳…。
身長は150cmまで伸び、見下ろしていた140cmのオレが 今では見上げる形になっている。
乳首が腹の袋…育児嚢の中に有ると言うのに 胸も小さいながら膨らんでいて、ここでの食事が美味くて 食べ過ぎたのか 少し腹も出て来ている。
顔も 中学生終わりから高校生 始め位の 大人っぽさと幼さが両立している 顔つきに変わっていて、獣人は この位で成長が止まり、寿命とされている40歳位まで目立つ程の老化は無い。
オレも 来年は6年に1度の車検?の年で、半年に1度の健康診断の他にホープ号で大規模メンテナンスを受ける事になっている。
その時に身長を再調整して貰うかな。
「一応、見合う金は 出しているはずだけど。
もっとウサギが苦しまずに殺す事は出来ないのかな…。」
窒素を使ったガス室でも作るか?
室内を5気圧の窒素で満たし、中の動物を窒素酔いにする。
窒素酔いに なった場合 判断力が極度に低下し、「ここは何処なのか」「いつなのか」「何故ここにいるのか」「目の前にいる人は誰なのか」などを判断する見当識 能力が失われ、また楽しいなどの多幸感が生まれる。
まぁウサギの最期としては良い状況だろう。
「動物は 殺し殺されが 当たり前、殺される動物は気にしない。
それは人の勝手な考え…」
ロウが言う。
「う~ん…結局、殺しちまう以上 自己満足って事か…。」
「そ…殺す事が嫌なら 食べなきゃ良いけど、私達は命を貰わないと生きて行けない。
でも人は金を渡して殺しを専門家に押し付ける事が出来る。
それが私達…私は気にしていないから大丈夫…。」
「そう言う物なのか…」
「そう言う物」
ウサギの返り血で スプラッタ状態になっているエプロンを着ているロウは立ちあがり、そのまま仕事に戻って行った。
う~ん 医学に詳しい ハルミにでも聞いてみるかな?
オレはそう思い、ハルミがいる診療所へと向かった。
診療所のドアを開けて中に入ると医師のハルミがやって来る。
「はいはい…ナオか…。
義体の修復は、ジガの担当だよ。」
「いや…分かってる。」
「ん~と言う事は カウンセリングか?」
「あ~そうそう…。
オレの精神がそう言ってる。」
オレの身体は 完全に機械で 生身の部分は無いが、脳内のデータだけは 生身の頃のデータを完全に再現して作られている。
なので 時々、義体と精神との不具合などの小さな問題が発生する。
「まぁ心療内科も出来ると言えば 出来るからな。
そこの椅子に座って」
「はいよ…」
「それで、何か悩み事があるんだろ?」
「ああ…家畜の解体の視察に行ったんだが、もっとラクに殺せないかなと」
「あ~家畜を殺すのに心が痛む訳か…」
「そう、現場の精神も考えて 何か良い方法はないか?」
「そうだな…痛みを感じないと言う事を重視するなら亜酸化窒素を30秒 吸わせば良い。」
「麻酔か…」
「そっ…体重によって 時間が決まっているんだけど、殺すなら関係無いしな…。」
「それで やって見るか…。
なぁハルミは家畜について如何思う?」
「殺す事か?
私は家畜は殺した事は無いが、胎児は散々殺して来ている。
そりゃ心は痛むが…必要だから仕方ない。
ウサギは健康で安全な生活に 腹いっぱいの食事を与えられ、短命だが効率良く子孫を増やせ、私達はウサギから肉を貰う。
共生関係だ。」
「となると やっぱり殺す側のメンタルか…。
現場は問題無いって言っているが…」
「なら問題無いだろう。」
「如何して?」
「動物愛護って言う概念が無いからだ。
本来、人は動物を殺す事に何とも思わなかった…自分の生活が成り立たないからな。
で、人権とか動物愛護と言う概念を人が生み出して、それが文化に浸透して行った。
そうすると人や動物を殺す事に拒否反応が起きる。
これが ナオが感じているストレスの原因だ。
だからと言って 人権や動物愛護が無いと 人を奴隷にしたりするし、逆に殺しをしない完全平和主義なら武力を持った他国に滅ぼされる。
この国は 防衛能力に力を入れる方針なのだから、ある程度 殺しに耐性を付けさせる必要がある。
私に出来るアドバイスは そんな所か…」
「人権意識を持たせつつ、殺しに慣れさせるか…。
分かった…ストレスに慣れさせる方向でやって見る。
助かった。」
オレは椅子から立ち上がる。
「何か在ったら また来い…。
相談事には乗るから…」
「ああ…また頼む。」
「御大事に~」
そう言い、オレは診療所を後にした。
数日後…。
学校の教育カリキュラムに人権と言う教育を試験的に入れ、今回は家畜を殺す授業だ。
今まで 人道的な問題から学校で食肉加工の授業をしていなかった。
が、そのせいで 家畜の処理を行える人材が揃わず、肉の需要は増えるのに 人員は増えないと言う問題を抱ていた。
それでも ロウが現場で教える事で何とか人数を維持していたが、今回の授業の導入で 新しい人材の育成にも力を入れて行く事になる。
「わははは」
子供達は 笑いながらウサギの頭を柱に叩きつけ、何の躊躇も無く、遊び感覚で ウサギの首を切断して行く。
子供達でウサギを殺す競争が始まり、足を縛られた逆さまのウサギが、どんどん天井から吊るされ、子供達は それをトロフィーの様に自慢しあっている。
それは まるで子供が無自覚な残酷な遊びでペットを殺してしまう光景に似ている。
そして悲しい事に非常に効率が良いし、メンタルへのダメージも一切ない。
なるほど…そう言った教育を受けていないと、嫌悪感も抱かないのか…。
まだ授業を始めたばかりだから効果が薄いのは納得だが、辛抱強く教育していけば 10年後位には価値観が変わって行くだろう。
そして、いずれ現れる 動物愛護団体が文句を付けて来たら、その時に対処すればいい。
オレはそう思い、血だらけで解体して行く子供達を見た。




