21 (運命論、確率論)〇
1ヵ月後…フック学長の退任の翌日。
「おい…ジガ…ここは もう私の部屋だ」
ウチが元フックの研究室に入ると、ニュートンが激しく燃えている暖炉にフックの肖像画を投げ込み、焼いている…史実で起きたとされる光景だ。
「フック元学長から書類の回収を頼まれています。」
「ふん…あの老いぼれ、自分で来もしないのか…。
全く…歳とは言え神から『王立協会の会長を辞めて 余生を楽しめ』と言われるとはな…。」
なるほど…教会から経緯を聞いている訳か…。
と言うか、フックが来ると また殺される可能性があるからウチが来た訳で…よし、書類は まだ燃やされていなな…とっとと回収しよう。
「アナタは それで ケンブリッジ大学の学長と王立協会の会長の役職を手に入れたのですから 良かったでは無いですか?神に感謝しませんと…。
まぁ今回の出来事も全部 把握していて、フック元学長に御告げをする辺り、神は相当に策士見たいですが…」
「何が言いたい?」
「いいえ、ただ神が不正を許したと言う事は 不正では無くなったと言う事です。
良かったですね…アナタは運命に恵まれている。」
ウチは書類を片付けながら皮肉を言う。
「当然だ。
私は神から与えられた運命に従い、これまでやって来た。
親から劣った血を受け継ぎ、未熟児で この世に産まれ、長く生きられなかった私が 学問を学び、ここまでの地位に たどり着けたのは、神を信じて神が与えてくれた運命に従って来たからだ。」
「ですが、アナタは 神に近づき過ぎてしまった。」
自然哲学の数学的諸原。
この本の万有引力の証明により、教会が主張していた天動説をひっくり返し、地動説が正しいと証明してしまった。
それは 神が創った世界の物理法則を教会が代弁しているはずなのに、教会が言っている物理法則 自体が間違っていると言う事になり『神から伝えられた事を正しく伝えていない』もしくは『自分達に都合の良い様に解釈して伝えている』と判断される事になる。
これをニュートンの出版前の草案で把握していた 教会側は『これは教会を壊滅されるだけの威力を持っている。』と思われた。
教会側は、この本は 非常に価値がある本で 確実に売れると確信していたはずなのに、資金難と言う名目で 王立協会に出版費用を出さなかった。
にも関わらず、ニュートンは エドモンド・ハレーの出資で自費出版による強行を行い、ニュートンは 教会に反逆してしまった。
「だが、あの後 教会の裁判を受け、私は神に許され 生き残った。」
「それも運命だと?」
「ああ…私は神に愛されている。」
そして、ニュートンは神の解析…自然哲学の探求が出来なくなり、教会に従順になるしかなかった。
「確かに そうなのでしょうね…。
人を毒殺しかけたと言うのに 罪を許されるのですから…。」
「…………。」
「リシン中毒…あ~トウゴマの実の毒による毒殺ですよね。
フックを治したのは 私ですので、当然 毒については 知っていますよ。
アナタは 瓶の中の砂糖にリシンを混ぜ、フックは紅茶に砂糖を入れて飲み続けた。
リシンを摂取した場合 半日ほど遅れて症状が出てくる遅効性で、3日以内に多臓器不全で死亡します。」
「……。」
「私が不思議に思っているのは、何故 彼を そうまでして殺そうとしたかです。
ん…あ~これですか…。」
ウチは書類と転がっていたサイコロをニュートンに見せる。
そこには『光の正体は波であり粒子でもある。』と書かれた論文の下書きが書かれている。
それは『光が波の方が都合の良い計算』と『光が粒子の方が都合の良い計算』を比較し、波や粒子が変わる条件を見つけようとした統一理論だ。
しかも『私達は確率の世界で生きていて、私達が物事を選択する事で確率が収束する』と言う 量子力学の世界観を言い当てていて、それを不完全ながら数式で証明している。
ただ、この問題なのは その物理現象を実験で証明する二重スリット実験を行うには 直進する光であるレーザーが無い この時代では出来ないと言う事だ。
その実験機器の開発と研究が今後の研究課題と書かれている。
「確かに これをフックが 世間に公表された場合、教会が言っている運命論も否定する事になり、地動説以上のインパクトを与える事になりますね」
運命論は 飢餓や疫病、殺し殺されが日常で、理不尽な死に方が当たり前な この時代では『物事は決まっているから』と言う 諦めに近い価値観を持つ事で、ある程度 ラクに死ぬ事が出来る。
だが、フックが言っている確率論は 自分の選択次第で、未来を変えられると言う考え方で、実際 こっちが正しい。
ただ、このまま 確率論が広まり 定着してしまった場合『教会は 運命論で信者を騙して理不尽な死に方をさせた』となり、教会の権威は 確実に失墜する事になるだろう。
なので、教会側としては それを如何しても防がないと いけない…そう、人を殺しても…。
「確かに この数式である程度の説明は出来る。
が、人の運命は産まれた時には既に決まっている。
神はサイコロなんて言う曖昧な物は振らない。」
運命論を信じているニュートンは、自分の選択や偶然と言う名の神の気まぐれで、世の中が動いていると言う世界観を信じられなかった。
自分は神に愛され、特別扱いされていると思いたいからだ。
そして それが、ニュートンがフックを殺そうとした理由…。
まぁ200年後のアルベルト・アインシュタインも このジレンマを引きずっていた訳だし、仕方ないと言えば仕方ないのだが…。
「ですが、サイコロが この世界に 存在する以上、この世界を創った神はサイコロの仕組みを知っているはずです。
なら、世の中の仕組みに確率を組み込んでいても不自然しくないでしょう。
結局の所 神が何をしているのか、何をしていないのかを私達は知らないのですから…。」
「それは教会が知っている」
「ですが、その教会が この世界の仕組みを正しく理解していない事は アナタ自身が証明してしまっています。」
「……。
それで…それを知ったキミは如何するんだ?」
「厄介事に巻き込まれて 私が死ぬと、国交上 問題になりますから 一度 国に帰るつもりです。
フックも私の国に避難する予定になってますし…。」
「神の声を聞いたと言うのに 異教のキミの国にか?」
「ええ…フックは神を信じていますが、教会は信じられなくなりましたから…。
いつ今回見たいに 殺されるか 分かりませんし…。」
「そうか…」
「それでは 私は行きます。
楽しい学長ライフを」
そう言い、ウチはフックの荷物をまとめて部屋から出て行った。




