20 (助かる命を救ってはならない)〇
翌朝…。
「オエッ…オエッ」
一晩中フックに空気を送り続けていたが、突然フックが人工呼吸器を吐き出そうとし始める。
吐き気を感じたと言う事は、最低限の機能を取り戻したと言う事だな。
ジガは すぐに人工呼吸器を外して、フックの呼吸を確かめる。
多少 呼吸が苦しそうだが、ちゃんと自力で呼吸が出来ている…問題無いレベルだろう。
「何を…私の口に…突っ込んで、いる…んだ。」
「覚えていないのですか?」
「何…を…。」
フックはベッドから起き上がり、頭痛がするのか頭に手を当てて言う。
如何やら意識が朦朧としていた せいで、頭に情報が記憶されていなかった見たいだ。
「何処まで覚えていますか?」
「確か…風邪を引いて、講義を止める訳には行かなくて、教壇に立って…アレ?記憶が無い…。」
「倒れたんですよ…毒を盛られてね…」
「毒?…講義前には何も食べて無いぞ。」
「即効性の毒では無く、遅効性の毒です。
摂取から10時間程度なので、夕食か夜食になりますかね…。」
「紅茶…あ~砂糖か…。
いやでも、それなら もっと早いはず。
あの砂糖の瓶は 半分程 使っているからな…。」
「その瓶を買った店は?」
「さあ…アレは たまたま私が砂糖を切らしていて、商会に買いに行こうと思っていた時にニュートンから貰った物だ。
……まさかニュートンが?」
「見たいですね。
毒の致死量は 極少量なので、砂糖の下の方に毒を入れたのでしょう。
いつ入れるか 分からない瓶に入れられ、遅効性の毒なので、食事に毒を入れたとは思われないですし、死因は 人の寿命と言われている多臓器不全での死…。
毒殺だと疑う人は まず、いないでしょう。」
史実によれば、ニュートンは自分で薬を調合していたらしいから、毒の抽出も加工も十分に可能な人物だ。
「確かにそうだが…何故ニュートンが…」
「それは まだ分かりません。
ですが、今後 また多臓器不全で死ぬ危険性もあります。
安全の為に王立協会の会長を辞めて隠居するべきかと…。」
「そうなった場合、後任は ニュートンになるだろう…アイツ…会長の地位が狙いか…。
私も もう歳だ…そろそろ、引退をして ゆっくり研究をしながら生涯を終えたいと思っていたのだが…アイツも もう60だろうに…。」
「私の国は アナタを歓迎しますよ。
まぁ外国なので 言葉が通じにくいですし、そこまで高い地位にもなれませんが、快適で安全な老後を堪能出来ます。」
「私の技術が欲しいだけだろ…。」
「さぁ如何でしょう?
世界は広いですから…アナタの知らない事も多いですよ…。」
錬金術師は錬金術を相手に見せて自慢したい…驚かしたい。
特に相手が歴史の偉人なら尚更だ。
でも、大っぴらに やる訳にも いかない。
なら、国民に向かえてしまえば良い…そうウチは考えた。
「ふん…世話になる。」
「ふふふ…歓迎しますよ」
ウチとフックは契約の握手をする…その手は まだ弱々しかったが、しっかりとウチの手を握っていた。
昼。
「なっ…」
医務室にフックがいない事を知った医学教授と司祭と何人の教会の人間を乗せた馬車が 私達の寮の前に止まり、ドライゼに案内される形でウチの部屋に入って来る。
司祭の身なりからして、この辺りの教会で一番偉い人だろう。
ウチは窓から馬車を見る…。
馬車の中には棺も見え 周りの人員からして葬式を想定していた様だ。
医学教授は 昨日まで死に掛けていたフックの回復に驚いて、彼の身体をあちこち調べている。
「ジガの薬が効いたみたいで…。」
フックが医学教授に言う。
「多臓器不全を治す だなんて…。」
「神が定めた運命を覆した…あるまじき行為だ。
オイ女…ジガと言ったな…オマエは悪魔か魔女なのか?」
司祭が言う。
「いいえ…錬金術師です。
それと私はトニー王国出身です。
あなた方の神とは違う 私の神の価値観で彼を助けました。」
「つまり、異教徒か…。
よし、寮の研究生の事情 聴取だ。
薬は証拠として回収しろ!」
「はい」
司祭の部下が寮の外に出行く…。
窓を見ると馬車の前にいる関係者と話し、リビングに置いてあった残りの薬も回収されている。
「つまり、フック学長は神が定めた運命通りに今日辺りに死ぬべきだったと…」
ウチが医学教授に言う。
「そうです…それが運命と言う物です。」
「運命ね…」
医師の口から出る言葉じゃないな。
この理屈が通ってしまえば 人の運命を科学で捻じ曲げて生かす 医療行為その物が違法となり、治療が出来なくなってしまう。
そして、それを正当化しようとすれば、今度は多臓器不全の治療を違法と出来なくなる。
明らかに司祭の言っている事は屁理屈なんだが、その理屈を正当化してしまうのが宗教だ。
「あ~申し訳ございません司祭様…。
確かに私は異教の力で、運命を捻じ曲げて生き残ってしまったようです。
ですが、全知全能である神がこれを予見していなかったとは 私は如何しても思えない。
『もう、王立協会の会長を辞めて 余生を楽しめ』と神が言っている様に聞こえて来るのです。
これは 神が私に与えた救済だと考えています。」
フックが下手に出て言う。
「ふむ……」
上手い…医療行為を含めて運命だと主張する事で運命論を正当化…。
更に これを神からの奇跡とし、おそらくフックの会長、学長の地位の引きずり下ろしが目的だろう教会側にメリットを与えた。
これが ニュートンと共謀したのか、ただ便乗しているだけなのかは 分からないが、教会側は確実に絡んでいる。
「良いでしょう…教会はあなたの主張を認めます。
神から貰った残りの余生を大切に過ごしなさい。」
「はい…ありがとうございます。」
そして、教会側のプライドも傷つけない…流石長年教会の相手をしていただけの事はある。
それから30分程で各個室で、事情聴取を行っていた皆が解放され、司祭の部下達が 証拠の名目で、ライムライトのガスタンク、リシン中毒を治す薬。
発電機、織り機、綿あめ機に、関係する紙類を馬車に載せられる限り載せられ、バギーは扱え無かったのか、部下達は歩かせて去って行く。
まぁ型は あるから材料さえ揃えば また作れるが、証拠品は帰って来ないだろうし、解析されて教会が技術を独占するんだろうな…。
ウチは まだ病人で熱があるフックを看病しながら、窓から押し込み強盗を見ていた。
「おつかれさまです。」
皆が 押し込み強盗を見送り、リビングに集まっている所に階段を降りて来たウチが言う。
「本当にお疲れ…すまねぇジガ…色々と持って行かれちまった。」
アルが荒らされたリビングを見て言う。
「皆が助かれば それで良いです。
ですが、人を薬で救済していると言うのに、こんな事になるとは思いもしませんでした。」
「教会の横暴は 今に始まった事では ありませんが、ここまで言いがかりを付けてくるのも珍しいですね…。
まさか死なない事に文句を知って来るとは 僕も想定外です。」
ドライゼが サンドイッチを摘まみながら言う。
「教えでは、死ねば 精神体になって神の恩恵を受けながら最後の審判まで過ごせる。
つまり ジガは、フック学長が精神体になる機会を奪った事になるな。」
精神体…つまり、肉体を捨てて 脳の量子情報が 高次元の世界に行くって事か?
なるほど…アルは割と信心深い見たいだ。
「フック学長は 教会の教えより、実験結果を優先するからな。
神の存在は、神聖で なくては ならない。
が、自然哲学が発展して行けば 発展する程、神が解明され、神聖な存在では無くなる。
ニュートンは 一度教会の逆鱗に触れて、今では教会に従順だ。」
ワットが言う。
あ~教会に逆らって自費出版した自然哲学の数学的諸原か…。
「で、ニュートンが学長になれば、教会は 間接的に大学を乗っ取れるだろう。
そうなれば、あらゆる研究は 教会の教えに沿った形になってしまい、我が国の学問の発展が遅れる。」
ワットは 教会を組織としか思っていない見たいだ。
「でも仕方ねぇだろ。
神の言っている事は 絶対に正しくて、その神の言葉を代弁している教会が言っている事も絶対に正しい。
例え、地球が太陽の周りを周っていようとも、地球の周りを太陽も含めた天体が周っていると教会が言うなら、それが正しい。」
アルがワットに言う。
「なら、神の正しさは 誰が証明する?」
「そりゃ教会だろう。」
「その教会の正しさは、誰が証明する?」
「そりゃ神だろう。」
「教会の正しさの根拠が神で、神の正しさの根拠が教会…循環論法じゃないか?」
確かに…神と教会が それぞれの存在を正しいと言っているだけで、何の根拠がない。
「だがな…神が絶対に正しいとオレ達が信じていれば、循環論法でも正しさが成立する。
そして、それに逆らう者は異端として殺される。
生き残るのは 神が正しいと言う人だけだな」
「あ~信仰が揺らぐな…」
「宗教ってそんな物だよ。
オレは神は正しいと思っている。
何せ この世界を設計したんだ。
そりゃ何もかも理解していて 正しい事を言うだろう。
だが、だったら何で 観測結果と教会の教えに食い違いが発生している?
食い違うと言う事は、教会が神の声を正しく代弁出来ていないと言う事だ。
だからオレは錬金術を通じて、教会を通さず 神を知ろうとしている。
オレにとって それが信仰だ。」
「僕はそれ程 神は信じていませんが、教会は信じています。
何せ、研究資金を出して貰えますから…。」
ドライゼが言う。
「結局、金か…」
「そうですよ 神に祈っても お金をくれませんし、腹も膨れません。
ですが、教会に対して良い事をし続ければ、それが例え悪い事でも 正しい事になりますし、食べ物をくれて お金も貰えます。
しかも 教会が発行する贖宥状を買えば、罪も免除されます。
つまり、僕は 今も死んだ後も安泰と言う事です。」
「結局、金が払えない 貧乏は それ自体が罪で、死んで償うしな無い訳だ。
あっそうだ…。
ジガの信じる神は何をするんだ?」
アルがウチに聞いてくる。
「あ~確かに異教徒とは知っていましたけど、具体的に如何言う宗教なのか知りませんね。」
「そうですね…。
私が信じる神はエクスマキナ…。」
「ジガのファミリーネームですね…。」
「そうです…私の家系は 神の一段階下の地位になります。
まぁ今、神は空席なので一番権力を持っている家系なのですが…。」
「え?神はいないのか?」
「ええ…キリスト歴だと2045~2050年辺りに生まれます。
エクスマキナ神は、機械の神…。
ご利益は『新しい便利な道具を開発してヒトの生活を豊かにする事』
で、私達の宗教活動は、便利な道具の研究、開発をして それを社会に普及させる事。
後は 国民の皆が快適に生活出来るようにして、その道具を作れるように教育もする。
最終目標は 将来 誕生するエクスマキナ神を私達が製造する事になります」
「あ~だから、色々な技術を持っている訳か…。」
「そう言う事になります。
研究と開発、教育に制限無く、無尽蔵に近い金を国が投資していますので、国民の教養も高くなりますし、治安も良いです。」
「無尽蔵か…相当に裕福な国なんだな」
「ええ…お金は好きなだけ作れますから…。」
「まさか…金を作れるのですか?」
「いやいや…あ~でも似た様な物か…。
まぁそんな所です。」
ウチは苦笑いを浮かべながら これ以上はヤバイと話を打ち切る。
「言って見たいですねジガの国…。」
「止めておいた方が良いと思いますよ。
海が頻繁に荒れて、海流も複雑過ぎますし、しまいには コンパスも効かなくなりますからね…。」
「あ~死の海域みたいな、船殺しの場所なのか」
「ええ…」
と言うより、トニー王国は 死の海域の中の島なんだけど…。
「じゃあ難しいな。
あ~空でも飛べれば簡単なんだろうけど。」
「さっ…私は荒らされた部屋を片付けますね…。」
ウチはそう言い、あちこち荒らされた部屋の清掃を始めた。




