17 (それぞれの思惑)〇
ジガは この大学の講義で学ぶ事が無い。
ウチの頭には 生まれてから今までの知識が入っていて、尚且つ忘れる頭を持っていないヒューマノイドだ。
ここの教授達は この時代の最先端の研究者達なのだろうが、ウチには皆、非常に低レベルに見え、正直 一番面倒なのは、この時代の科学技術の水準で会話をしなくては ならない事だったりする。
で、それでも ニュートンやフックの講義を受けているのは、ウチに興味を持って貰って、向こうからアプローチして貰う為だ。
この時代の価値観では 大学での雑用を行う代わりに 学費を免除される給費生の立場は、学費を払えない程の低級な身分と判断されて、授業料をちゃんと支払っている貴族出身の金持ち学生からは差別の対象になる。
給費生になる時点で『最低限 上が特別扱いしてくれる位の頭はある』と言う事なんだが、ウチが知性的に男より劣っていると されている女である為、そこら辺は考慮されていない。
なので、こちらから この大学のトップである2人に話しかけるのは、周りの生徒に恨まれる要因となる。
とは言え、実質のワンウーマン講義であるニュートンの講義は もちろん、講義に参加する学生の数が多いフックの講義でも、男装しているとは言え、大学で ただ1人の女性の学生は非常に目立つ。
その内、向こうからアプローチがあるだろう。
そう思って寮でメイドをしながら月1の2人の講義に地道に通い続けていた。
「ミス ジガ?少し良いか?」
フックの講義が終わり、皆が退出する際にウチの背後からボソリと声が掛かる。
先にアプローチを取って来たのはフックだった。
「ええ…よろこんで」
ウチは講義室に残り、フックと共にフックの研究室に向かった。
「キミが来てから半年になるか…。
キミの寮の3人が書いた論文を見たが 非常に良い出来だった。
全員の論文の共同開発者としてキミの名前が載っているしな…。」
「え?共同開発ですか?」
「大本は キミの国の技術を使っているのだろう。
だから彼らは キミの技術のアレンジだと書いている。
おそらく、自分の発明にして特許を取る事に抵抗があったのだろう。
後ドライゼからは『男性錬金術師と女性錬金術師で実験結果が変わるか?』と言う論文も出しているな…。」
「あ~本当に研究していたのですね…。」
「ああ…男でも女でも実験手順が同じなら、同じ結果が出る。
少なくとも この世界の物理法則を作った神は、男と女を区別していなかった訳だ。」
「それで、共同開発の名義の問題ですか?」
女性研究者の名前を載せられないのか?
「それもあるが、問題なのは この論文を見た教会側からNGが出た事だ。
女性研究者を教会は認めないのは まだ理解出来るが、如何やらこの論文は 軍事機密に指定されるらしい。」
「出版して他国に この技術が渡った場合、脅威になるからですか?」
「そうだ。
見返りに十分な程の金は出るだろうが、あの技術は イングランド王国の財産となる。」
「こちらは 友好の証として技術を教え、この国はその技術を買い取って独占する…。
そう言う事ですね。」
「そうなるな。
王立協会としては、他国からの留学生を集めている以上、情報は共有されなければならないと言う立場を取っている。
が、莫大な金が掛かる出版費用を教会が負担しないと言って来ている。
となると技術を国に売る以外の選択肢は実質、無い事になる。」
「自費出版をした場合、如何なりますか?」
ニュートンは自然哲学の数学的諸原の出版時に 王立協会から出版の為の資金提供を行うと約束していた。
が、いよいよ出版という段階になって王立協会が『深刻な予算難』と言う理由で、資金提供を受けられなくなり、エドモンド・ハレーが多額の出版費用を工面した事で、自費での出版に踏み切っている。
最悪、売るルートさえ確保されていれば、ウチが本を作って出版させる事も出来るんだが…。
「ニュートンの様に教会から恨まれるだろうな。
彼は、教会の教える絶対的な真理をひっくり返した。」
「天動説ですね」
「そうだ…教会はそれを認めず、ニュートンを異端や悪魔などと呼んで、異端審問官までやって来た。
自然哲学の数学的諸原が売れて大多数の支持を得られなければ、拷問で自分が異端だと認めさせられて 殺されて いただろう。」
なるほど、王立協会のスポンサーである教会からの働きかけで、出版資金を断られたのか。
確かに 教会の権威が落ちる可能性がある あの本が世の中に広まる事を阻止するには、出版資金を打ち切らせるのが一番だ。
教会も まさか、教会に逆らってまで 自費で出版するとは思っていなかったのだろう。
「それが私達にも起きると?」
「特にキミは女だ。
教会がキミを魔女に認定されれば、民衆が勝手にキミを殺すだろう。」
「問題が拗れて戦争にでもなったら、私の国の国益にも見合いません。
人の生活を快適にする為に技術の独占をしないと言うのが 私の国の方針なのですが、他国の技術交流に付いては 見直した方が良さそうですね。」
「それが良いな…。
さて、堅苦しい話は これで終わりだ。
今 私がやっている光の研究なのだが、いつもの事ながら ニュートンと意見が分かれてな。
彼は光は 物凄く小さな砂…粒子だと言い、私は光は波なのではないかと思っている。
2人で議論はしているのだが、如何も決着が付かない。
キミの意見を聞きたい。」
「あ~ニュートンさんも講義で愚痴ってました。
自分が正しいのに…と、なので 内容は把握しています。」
「それで、キミの考えは?
どちらが正しいと思う?」
「う~ん…私は2人の意見を聞いている訳ですが、どちらの主張も間違っているとは思えません。」
ウチは正直に答える。
「だが、どちかが間違っている事は確かだ。
波でも粒子でも互いに計算が合わない所がいくつもある。」
「そうですね…。
それなら 私の場合は、必要な用途によって計算を使い分けます。
光が粒子で都合が良い計算なら粒子で、波の方が都合が良い問題なら波で計算すれば良いと思います。
つまり『光は粒子でもあり、波でもある』。
ただ計算する用途によって光の性質が変化する。」
「そんなバカな…」
フックは笑いながら言う。
「ですが、ドライゼは『男と女で実験結果に違いが出るか?』と実験結果に性別が影響するかを疑っていました。
光も特定の条件によって実験結果が変わるのかも知れません。
なら、その変わる条件を見つけさえすれば、2つの説を統一出来るかと…。」
「ふむ…なら、波と粒子の相性が良い計算を比較して、その条件とやらを割り出す事になるな。」
フックは早速、書いていた羊皮紙を手にして 何かを書き始める。
如何やら研究に行き詰っていた所へ良い刺激が入った見たいだ。
ウチは 研究室の書類を整理しながら、速読して頭の中にコピーして行く。
やっぱり史実よりフックの研究は進んでいる。
未解決で世の中に出回っていなかった研究内容も結構な数ある見たいだ。
ニュートンは 天体に発生している星を動かす強力な力が、この星にも発生していて、あらゆる物を星の中心に引き付ける力があるとした。
これが万有引力だ。
だが、ニュートンは その力の法則を解明はしたが、何故その力が発生しているかは、この世界の仕様として そのまま受け取っていた。
だが、フックは この引力を重さの力と考えている見たいで、いずれ 地球が太陽の周りを周る遠心力が太陽の重力に負けて太陽に地球が落ちると考えている見たいだ。
別の書類にイタリアの物理学者『トリチェリ』の名前が出ているので、真空の概念自体は 知っている見たいだが、数値を見る限り、宇宙が 大気が無い真空状態だとは まだ気づいておらず、空気がある地上での測定結果が基本になっている。
多分、真空だと気付かないのは 望遠鏡による目視観測から来る誤差だと思っているから だろう…。
「茶を入れてくれるか?」
「とは言いましても、まずは暖炉を付けないと…」
この部屋の火の元は暖炉だけで、今はその暖炉に火が入っていない。
火打石で火を起こす所からやらないとな…。
「いや、大切な書類を燃やされたら敵わない そこの粉を使ってくれ」
フックの指の先には白い粉が入った大瓶がある。
「う~ん…これは石灰?」
テーブルの上には いつもやっているのだろう…大小2つのビーカーがある。
大きいビーカーに生石灰と水瓶から 少量の水を入れて、生石灰が発熱。
その上に水を入れたビーカーを乗せて、水が沸騰した所で紅茶の茶葉を計量スプーンで入れ、ガラス棒で かき混ぜる。
紅茶に程よく色が付いた所で、陶磁器のカップに少し熱めの紅茶を丁寧に注ぎ、温めていないカップの温度と混ざり、65℃と丁度良い温度になる。
「おおっ完璧…メイドとして雇いたい位だ。」
フックは小瓶から砂糖を小さじ一杯をカップに入れて スプーンでかき混ぜ、優雅なティータイムを楽しむ。
「ありがとうございます。
ですが、溶鉱炉が無いキッチンでは 私はお役に立てません。」
「キミの国では溶鉱炉で調理をするのか…。」
フックは苦笑いしつつ、窓から夕陽が差し込んでくるまで、フックの仕事を手伝った。




