16 (完成!ロータリーエンジン)〇
「いよいよだな…」
ワットがジガに言う。
「そうですね…」
キッチンにある黒鉛炉では、四角く加工された粘土の器に熱せられて液体になった鉄を入れられている。
その後、固まる前に 粘土を焼いて作ったエンジンパーツを動物性樹脂でコーティングし、エンジンパーツをスタンプの様に押し付けて、後は水を かけて冷やす。
これで、加工しやすい粘土から長期的に使える鋳造用の型が完成する。
後は 出来た型に動物性樹脂を塗って鉄を流し込んで型を作る。
ウチのバギーのレシプロエンジンより パーツ数が少ないが、歯車などの複雑な形のパーツを作らないといけないので、結構大変だ。
出来たパーツを 設計図通りに組み上げ、実際に酸水素を流して確かめて見る…よし、今の所 調子は良さそうだ。
ワットは完成したロータリーエンジンを自分で作った3輪バギーに乗せて、走らせてみる。
フレームの素材には ガラス繊維が使われており、軽量でそれなりに丈夫になっている。
ワットがバギーに乗って 背もたれになっているガスタンクのボンベを閉めて バギーに酸水素ガスを送り、エンジンが回転を始める。
「よし、行くぞ…」
ワットはアクセルを回してエンジンの回転数を上げた所で、左手のクラッチを握り、左足のシフトペダルを1速に入れて進む…2速…3速…問題無し…。
ロータリーエンジンは、パーツ数が少ないシンプルな構造の為、生産性が良く、製造技術が低くても 取りあえずは動き、安全性も高い。
パワーは レシプロの1.5倍となり、酸水素ガスとの相性が良いエンジンだ。
ただ、燃費を限界まで突き詰めた理論値では レシプロエンジンの方が上で、3割程 燃費は悪くなってしまう 欠点を抱えている。
その為、粗悪なレシプロを使う位なら 確実に動くロータリーが良く、技術不足を解決出来るなら 総合性能と発展性が期待出来るレシプロと言った所だろう。
まぁ最近は工場村も出来て、酸水素の大量生産も始まっている見たいだし、燃費に目を瞑って安全性を取っても問題無いだろう。
多分、ナオが ウチにロータリーエンジンの開発を頼んだのは、リスクを分散させる為だからな。
ワットが アクセルを捻り、ガスタンクからのガスの量を上げて加速する。
「おっ良い感じ」
前輪、後輪のブレーキをしっかり効いており、蒸気馬に比べて各段に扱い易くなっている。
ギアの切り替えもスムーズに出来ているし、完成と見て良いだろう。
錬金術の馬はタイヤで地面をしっかりと踏みしめ、速度を上げて行く。
「おっ完成したのかね…」
その声に私はバギーを止める。
「フック会長…ええ お陰様で。
製法が難しいですし、部品数が多いのが難点ですが、私達は錬金術で馬を作り上げました。」
「はは…キミの論文と講義が見れるのを楽しみに待っているよ」
「ええ…ありがとうございます。」
私は会長にそう答え、今度は市場に向かって走り出す。
「ふふっ…これで、補給がラクになる。」
フックは呟く。
この国 イングランド王国は、周辺諸国との戦争が多く、前線の兵士を支える為の補給が必須で、悩みの種だ。
だが、この馬が普及すれば 前線への物資輸送の他に別の戦線に短時間で大量の兵士を送る事も可能になるだろう。
そうなれば常駐している兵の数も減らせるので、戦争の根本が変わり、我々イングランド王国が今後も優位に立てる。
しかも あの銃の技術も凄い…。
マスケット兵は 練度が少なくても 一定の成果を出せるのが特徴だが、これが普及してしまえば、リロード時間が長いと言う マスケットの弱点を補える。
もしかしたら、銃剣での接近戦になる前に長距離から相手を全滅させられるかもしれない。
だが、新たな 疑問が湧いてくる。
これだけの技術を持っていて まだ認知されていない辺境の国…トニー王国。
当然、向こうは これ以上の技術を持っているはずだ。
なら、何故領土を求めて他国を侵略して来ない?
ジガの話では まだ国交が始まる前の段階らしいが、いずれ 我が国はトニー王国と戦争になるかもしれない。
その為には、出来るだけ多くの 情報を手に入れる必要が出て来る。
「そろそろ、話してみるかな…」
彼女は 私とニュートンの講義に毎回出席している。
私の講義は ともかく、ニュートンの講義は 生徒に気を使って分かり易くする事も無く『理解出来るヤツだけ付いて来ればいい』と言わんばかりに、非常に難解な講義で、ギブアップした学生から順に来なくなり、結果 誰もいなくなった教室で ニュートンは一人で講義を続けていた。
が、今はジガだけが講義に参加し、ただ聞くだけでなく講義の内容も ちゃんと理解していて、しっかりと受け答えも出来ている。
その様な事があり、ニュートンは自分と同等の頭を持った彼女に興味を持っていて、私とニュートンとの会話にも優秀な学生として度々、彼女の名前が出て来ている。
人嫌いで女嫌いの彼が、女を褒めるのは 私が知る限り、見た事も聞いた事も無い。
来週の私の講義の終わりに呼んでみるか…。
私はそう思い、私の研究室に足を進めた。




