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14 (ジガの帰省)〇

 寒くなり始めて来た冬前…。

 もう そろそろ雪が降るかもしれない時期になり、運送業であるクラウド商会は、冬休みになる。

 冒険者ギルド内では、従業員がトランプやアナログゲームで遊んでいて、昼間なのに酒も結構飲んでいる。

「あ~チーズがあればな…」

 昼食を取っているクラウドが ぼやく。

「あ~確かに乳製品は まだ無いよな…」

 彼は昼食と一緒にエールを飲んでいて、酒の(さかな)を欲しがっていた。

 確かに 乳製品は栄養価が高いので何処(どこ)の民族でも食べられている事が多い。

 が、この島には 牛はいないのでミルクの製造が出来ない。

「う~ん…そうだ、ジカにお土産を頼もうか…」

 ジガは イギリスの冬に1回帰省する予定になっている。

 まぁ向こうの(りょう)の皆には 片道 半月掛かるとされるトニー王国に帰省すると言う訳にもいかず、行商人の友人に会いに行くと言う()()にするらしい。

『ジガ…こちらナオ…こっちに帰省する時のお土産なんだが…』


 数日後の12月24日…夕方。

 冒険者ギルドの中は クリスマスの(かざ)り付けがされており、窓の外には雪が積もっている。

 中には ハルミや子供達も かなりの数来ていて、宗教行事とは無縁にお祝いをしている。

 クリスマスケーキを作って見たかったのだが、乳製品である生クリームが無い為、ジガにケーキを頼んでおいた。

 リンリン…。

 夕日が沈んで辺りが真っ暗になった所で 鈴の音色が冒険者ギルドに響き渡る。

 それを聞いた子供達は 冒険者ギルドの外に出てオレ達も後に続く。

 オレ達が上を見上げると 空飛ぶトナカイでは無く、空飛ぶ幌馬車(ほろばしゃ)を引くバギーが クリスマス仕様の冒険者ギルドの前に着地する。

「メリークリスマス」

 サンタクロースの格好をしているジガがオレ達に言う。

「久しぶりだな」

 ジガの衣装は こちらでは作れない良い生地を使っていて、このクリスマスの為にジガは わざわざ服屋で発注した物だと分かる。

 ジガが荷台から降ろしているのは 6箱の紙の箱で、開けてみると 生クリームの上に果物が乗った 大きなクリスマスケーキが入っている。

「うわぁあ」

 子供達が見た事も無い食べ物に、嬉しそうに はしゃぐ。

 (さら)に七面鳥では無く、フライドチキンもあり、ジガは子供達にケーキとフライドチキンを渡して テーブルに置き、食堂のおばちゃんに 切り分けて(もら)っている。

「転ぶなよ~」

 ジガが子供達に言う。

 オレが荷台を見ると12匹の小さいヒツジと大きな袋が複数 乗っている。

 ヒツジには角が生えていなく、頭部と四肢(しし)には 羊毛が無く、黒色の毛で(おお)われている。

 この特徴から年に2回出産出来、成長も早く、良質なラム肉と羊毛、羊乳を効率良く 生産してくれるイギリスのサフォーク種だと言う事が分かる

「おおヒツジなら粉ミルクが作れるな」

 ハルミが荷台の中にいるヒツジを見て言う。

「ヒツジなら?…牛乳じゃダメなのか?」

「ダメって事は無いが、母乳と成分が違うから混ぜ物をしないと赤ん坊に飲ませられない。

 だけど ヒツジのミルクなら人の母乳と(ほとんど)ど同じ成分だから直接与えても大丈夫…」

「なるほど…来年はベビーブームだからな。

 ミルクの需要も増えるか…。

 脱脂粉乳(だっしふんにゅう)…いや これだと全粉乳(ぜんふんにゅう)になるのか?

 とにかく、減圧室でドライ加工して粉にしとく。」

 最近は果物や果汁をフリーズドライ加工したり、して保存しているので、冬でも水で戻せば普通に食べられる。

 真冬なのに果物や果汁のジュースが普通にパーティで出されているのは これが理由だ。

 生産ラインも同じだし、そこまで 時間を掛けずに やれるだろう。

「助かる」

「それで、コイツらのヒツジ小屋()は?」

「こっちだ」

 オレがそう言うと、ジガはバケツに入った大量の(ワラ)を羊達に見せてヒツジを荷台から下ろす。

 ヒツジ達は一切逃げずに、ジガが持つ エサに釣られて、お行儀 良く後に付いて行く。

「賢いな…いや馬鹿なのか?」

「ウサギと違って逃げないのはラクで良いね…」

 ジガが そう言い、オレとハルミは ヒツジ小屋までジガを案内する。


 ヒツジ小屋は120m四方を金網(かなあみ)で囲んであり、中央の小屋以外に屋根は無く、雪が積もっているが、軽く動き回れる位には広い。

 ただ 逃げない為か、ウサギに比べて設備(セキュリティ)(ゆる)くなっている。

「よし十分だな…。」

 (ワラ)を持ったジガとヒツジと一緒に小屋の中に入って ジガが中心にある 屋根と扉の付いたヒツジ小屋に向う中、オレは しっかりと金網(かなあみ)のドアを閉める。

 中央のヒツジ小屋の中には ロウが大きな飼料箱に大量の(ワラ)とビートの残りカスを配合した飼料を入れていて、給水タンクに付いている蛇口のバルブを緩めて水箱にホースを使って水を流す。

 ジガがヒツジをエサで誘導すると小屋まで行って もしゃもしゃと飼料を食べ始めた。

「いっぱい食べて、いっぱい産んで、いっぱい美味しくなって…」

 ロウが食べているヒツジの身体を()でながら言う。

「オス3、メス9匹の計12匹…。

 最初の1年は 肉にしないで毛と乳だけだな」

 ジガが言う。

 来年には メスのヒツジが 18匹程 子羊を産んでいるので、産まれたオスの半数は肉に出来る。

 まぁウサギ達がバンバン子供を産むせいで、肉には一切(いっさい)困っていないのだが…。

「それじゃあ…ここは任せるぞ」

「分かた」

 オレはロウはそう言い、冒険者ギルドに戻る。


「それで…他には 何を持って来た?」

 冒険者ギルドの前に止まる幌馬車(ほろばしゃ)の前に戻って来た所でオレ達はジガに言う。

 オレが頼んだのはケーキとヒツジだけ だったのだが、荷台には まだ大きな袋がある。

「ああ…こっちはクオリアから。

 まずは トウゴマの種」

 荷台の袋を下ろしてオレに見せる。

 茶色の下地に黒い模様(もよう)が特徴の種で、巨大な虫の様にも見えて 嫌悪感を(いだ)く 不気味なデザインだ。

「ひまし油か…」

 このトウゴマから採取する植物油は、化学合成を使わない エンジンオイルの中では 最強の性能になる。

 現状のエンジンでは 動物性脂であるウサギの脂肪を使っているが、最高速度で長時間走らせるとエンジンが焼き付くので、速度があまり出せない。

 速度を出すなら上質なエンジンオイルが必須になる。

「そ、商人に大量殺人未遂の容疑を掛けられたがな…。」

 ジガが笑いながら言う。

「は?」

 何で エンジンオイルで殺人未遂になる?

「種の中に入っているRicin(リシン)が猛毒でな…」

Lysine(リシン)

 確か アミノ酸だったよな?」

 確か肉、魚、乳製品、豆類に多く(ふく)まれていたはず…。

 と言う事は オレが生身の時には 普段から その猛毒を摂取(せっしゅ)していた事になる。

 健康被害が出るレベルの量を摂取(せっしゅ)していなかったから、問題なかったのか?

「いや、それ(つづ)りが違う別物…。

 確か 致死量(ちしりょう)は2mg位だったか?」

 薬品に詳しいハルミがオレに言う。

「そう この時代だと食べ物にリシンを混ぜて毒殺するらしい。

 摂取(せっしゅ)してから発症まで10時間もある遅延式だから犯人の特定も難しい。」

「そんなのが 良く手に入ったな…」

「薬品調合って言う名目で買った。

 実際、用法 用量を守って正しく使えば 下剤になるからな。

 で、こっちがホップ これでビールが出来るぞ…。」

「あれ?イギリス…あ~今は イングランドか…。

 だと ホップは毒草とか言われてなかったっけ?」

 ビールの苦味、香り、泡にとって極めて重要で、雑菌(ざっきん)繁殖(はんしょく)(おさ)え、ビールの保存性を高める働きがある。

 つまり、エールの保存性を上げて 大量生産が出来る事になる。

 それだけでは無く、飲料用のアルコールの抽出(ちゅうしゅつ)も出来るので 様々な カクテルも作れ、蒸留(じょうりゅう)すれば 医療用のアルコールも作れる。

 ただ アルコールの度数が高い 蒸留酒(じょうりゅうしゅ)は、酔っ払いを増やして治安の悪化を(まね)き、治安維持をしている こちらの手間が増える為、医療目的以外では あえて作っていない…。

 酒は ほろ酔い程度が一番良く、オレは『ジン横丁』より『ビール街』の方が好きだからだ。

「ああ…ウチも そう思っていたんだが、100年位前に解禁されていたらしい。

 普通にビールの材料として使われていて、一般にも流通しているから簡単に手に入った。」

「そっか…」

「次は コレ…モルトビネガー…。

 酢酸菌(すさんきん)が入っているから ビールを水で薄めてコイツを入れば、アルコールを食べて、菌が増え続けて1週間程で酢が出来る。

 まぁ…コイツは大麦で、こっちは小麦な訳だけど…。」

「ビールと酢は一緒に作った方が良いよな…。

 施設(しせつ)の移転か…」

 現在エールも発酵(はっこう)と言う事で、発酵(はっこう)施設で作っているが、酒蔵を作って、酢も一緒に製造して貰った方が良いかもしれない。

 面倒ではあるが、施設解体をせずにコンテナの輸送だけで済むので比較的ラクではある。

「で、野菜のトマトと紫キャベツ…。

 これは トマト ケチャップとザワークラウト用な。

 後は、赤と黄色パプリカ…それに クチナシの実。

 これは 着色料に使える。

 鶏も持って来たい所だけど、ロウが過労死しかねないから今は無理…。」

「人に(まか)せているとは言え、家畜は 全部ロウが管理しているからな…。」

 現在、竹の森とアトランティス村で ウサギは500匹程度いる。

 何でも かんでも自分でやるロウに 業務のマニュアル化を教えて、労働者に仕事を任せて負担を減らしているが、家畜の最高責任者の為、定期的に小屋を確認しないと行けないし、飼料の不足が無い様に管理する必要がある。

 その為、結構 忙しい。

 そして、これからは まだ育てた事が無い ヒツジの調子を頻繁(ひんぱん)に確認しに来るだろうから、一通り育て終わって人に任せられるように なってからになる。

 こっちも7歳の幼女に頼り切りの状態は如何(どう)にかしたいんだが、ロウは 長い間 極寒の森で雑食狼と生活していた事もあり、動物の微妙な仕草で表現される非言語的コミュニケーションを正確に理解出来る。

 声に出して発言しないと理解出来ない オレから見ると、もはや それは一種の超能力に感じる。

 まっしばらくは 今の状態が続くだろうな…。

 

 翌日、昼。

「もう行っちゃうのか?」

「ああ…3日の小旅行と言う事になっているからな。

 ここまで陸路と船で半月は掛かる()()になっているから、国に帰省したとは言えないし…。」

「そっか…あっ一体型のガスタンクは役に立った。

 今 生産ラインを作っている。」

 ジガからは 定期的に量子通信で情報の交換を行っており、先日ジガ達が完成させた一体型のガスタンクをこちらでも導入し、空になったタンクをリサイクルして 順次 新型に入れ替えて行く予定だ。

「他に何か作る物は?」

「他か…ロータリーエンジンだな。

 ミニチュアの試作機は 作っているんだが、ガソリン用の設計だから 酸水素用に細かい所を調節する必要が出て来る。

 こっちは 4ストの耐久テストとバギーの改良を繰り返しているから、新型エンジンにリソースを割けない。」

 今のエンジンの問題は、エンジンに使われている鉄の純度が悪いのか、規定の強度が出ていない。

 それに 時速60kmで30分程走るとエンジンの焼き付きが発生して壊れてしまう事だ。

 この為、エンジンの製品寿命は著しく短い。

 まぁ その分新陳代謝(しんちんたいしゃ)が早いと言うメリットもあるんだが、最低限ドライバーの安全を確保しないといけない。

「分かった…それじゃあ早く戻らないとな…」

「ああ…」

 オレが答えて離れるとジガが乗る幌馬車(ほろばしゃ)が空高く浮かび上がり、ケンブリッジ大学に向けて進路を取ったのだった。

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