10 (大量殺戮兵器 硝酸)〇
3ヵ月後…。
ナオとハルミは、工業村の精留塔の正式稼働が始まるとの事で、ハルミが運転するバギーの荷台に乗り、元 木材の拠点…現在は『工業村』と言う名前が付けられた、村に辿り着く。
この村のシンボルとなっているのは 一番高い構造物である精留塔で、高さは6m…。
横にすればコンテナにギリギリ収まるサイズだ。
その周りには、フリーズドライの為の冷凍庫や減圧室があり、素材を製造する為の工場も見える。
そして、それを維持する為のマイクロ発電機に冒険者ギルドと風呂屋に働く従業員の家と一通り揃っている。
精留塔の隣を見るとリアカーに載せられた ままのスターリング冷凍機の冷却部分が接続されていている。
スターリング冷凍機の廃熱部分は、工場に接続されて炉に熱を追加で送り、工場では 炭素繊維とガラス繊維が造られ、室温は20℃前後に徹底調整されている。
従業員も皆 ガラス繊維のエプロンをしており、暑がって上半身裸になっている人はいない。
精留塔の上には4ストロークエンジンで造った減圧器が、下には スターリング冷凍機と減圧器を反対に接続しただけの加圧器があり、加圧器と減圧機がホースで繋がっている。
上のホースの先に取り付けられているのは ガスタンク…下のホースは加圧器で650気圧になるまで、ひたすら空気を送り続けている。
そして 加圧器に繋がっているのは 冷凍コンテナ。
今は空気を入れる為に扉を開けてあるが、ここを閉じれば コンテナに取り付けられているスターリング冷凍機で 食べ物を凍らせられる。
まぁ最近は 精留塔で製造される液体窒素を食品に吹きかけて急速冷凍させてしまうのだが…。
で、凍った食べ物は 精留塔に空気を送る事でコンテナ内を真空状態にし、容易にフリーズドライ加工が出来る。
次々と扉が開いた冷凍コンテナから 空気が圧縮して 精留塔に無理やり押し込まれ、上を見ると空気が熱せられて陽炎が見える。
最近では フリーズドライ食品の需要が急激に高くなっているので、施設の効率化と規模を上げて大量生産に挑戦中だ。
後は 少し離れた所に 酸水素、アンモニア、硝酸の製造施設がある。
そして、そこに働く労働者用のコンテナハウスに 食事や仕事を管理する冒険者ギルドに、2階の浄水施設と風呂屋。
他には 各村に工業製品を輸送するクラウド商会の工業村支店も建設されている。
施設の横の川には 土を掘って造った迂回路があり、大量のマイクロ水力発電機が綺麗に並べられ、ひたすら各施設に電力を送り続けている。
ちなみに この迂回路を通った魚は金網の出口にぶつかり、食用の魚となる。
こうして、各村に食品や工業材料を供給する立派な工業地帯になった。
「いよいよだな…」
「ああ…。」
ハルミが精留塔を見上げながら言い、オレが答える。
液体窒素で凍らせた冷凍食品を入れ終り、減圧室のコンテナの扉が閉じられ、急減圧が始まる。
スターリング冷凍機に電気が入って動き出し、精留塔の冷却作業が始まる。
オレ達は 作業員と一緒に気圧計を見る。
精留塔内の温度が下がるにつれて、気体が液体に、液体が個体に相転移して行き、650気圧だった精留塔の気圧がドンドン下がって行く。
現状では -200℃を測定する為の温度計は無い。
ただ 650気圧のタンクが1気圧程度まで下がれば、そこが おおよそ-200℃だと分かる。
ここら辺の計算は、予めリスト化しており、作業員はバインダーを見て手順を確認しながら、他の作業員に指示を出している。
タンク内が-200℃になった事で、上部のホースからガスを開放する。
この温度でも気体の状態を保っていられるのは、-250℃で液体になる水素だけ…とは言え、空気中にある水素の割合は全体の0.00005%…。
これでは タンク1本にもならないので そのまま空気中に排気。
すぐにタンク内の気体が出なくなり弁を閉鎖…。
冷凍機を止め、外気で少しずつ温度を上げて行く。
液体だった窒素が温度の上昇で気化し始めた所で、窒素ガスを作業員達が手早くボンベに充填し始める…。
空気中の70%が窒素なので、かなりの量の窒素を回収出来ている。
そして、-180℃より温度が上がると液化していた酸素の気化が始まり、-50℃になるまでに残りの20%の酸素をボンベに充填して回収する。
-50℃で全体の0.03%のドライアイスが 二酸化炭素に変わり、残っているのは氷だけになる。
この一連の行程を 今後は需要に合わせて、最大1日1回の時間を掛けて行う事になる。
「一番 難易度が高い窒素も回収出来たな…」
オレが隣のハルミに言う。
これで、炭素繊維の黒鉛化作業に使う 不活性ガスが手に入った。
今までの二酸化炭素を使った炭素繊維より各段に性能が良くなるだろう。
それに乗り心地の悪いエアレスタイヤから窒素をタイヤ内に入れて衝撃を吸収してくれるエアタイヤが出来る。
乗り心地も相当改善されるはずだ。
「いくらかは、不純物が含まれているんだろうけど、実用としては これで十分かな。」
ハルミが作業を見ながら言う。
「さて、次だ。」
その充填した窒素タンクを別の工場のに持って行き、水素と混ぜて300気圧まで上げる。
それをバーナーで500℃まで温め、鉄の触媒に接触させるとアンモニアが出来る。
1906年にドイツのハーバーさんとボッシュさんが発明した『ハーバー・ボッシュ法』だ。
作業員が生成された アンモニアを液体用のタンクに入れて行く。
「よーし、アンモニアゲット!」
これは尿の主成分で肥料になる。
もちろん、人糞と尿の回収の為にトイレを大量設置して、定期的に回収して 土と混ぜて肥料に加工しているが、大規模な農場を維持するには 圧倒的に量が足りないので、人口が増えると食料の供給が追い付かず、大量の餓死者を出すか、肥よくな土地をめぐって他国と戦争をする事になる。
更に別のタンクにアンモニアを入れて、バーナーで850℃まで熱する。
熱して出来た気体に、オレとクオリアのプラチナの結婚指輪から少量のプラチナを削って触媒として使い、それをアンモニアの水蒸気に当て、プラチナに当たる時間を調節する。
この反応時間が重要で、早すぎても遅すぎてもダメだ。
で、ここから出来るのが『一酸化窒素』…。
これに精留塔で手に入れた酸素タンクの酸素で『一酸化窒素』を酸化させると『二酸化窒素』に変わる。
そして、この『二酸化窒素』を水に溶かして硝酸水溶液を生成…。
それを熱で水分を飛ばして結晶化…これで、硝酸が出来る。
これが『オストワルト法』だ。
硝酸は肥料の用途にも使えるが、最大の使い道は 火薬の製造だ。
オストワルトさんの時代には アンモニアを大量生産出来る方法が無かった訳だが、ハーバーさんとボッシュさんの活躍により、アンモニアの大量生産が出来てしまい 食料難が解決出来て 人口が爆発的に増えた。
が、火薬の生成が容易になった事で 銃火器がメインの火薬の時代にシフトして行き、大量の人が この技術で 生まれた硝酸で死んで行った。
ただ…同時に力の無い人に自分達を守る力も与えてくれた。
「これで後は 硫酸さえ手に入れば、火薬が作れるな」
「とは言え、火薬の調合は相当 キツイんだよな。
配合の割合から考えないと…。」
ハルミが言いオレが これからの面倒を考えて答える。
「そこも含めてやるしかない。
火薬が無いと戦う事は出来ないからな…」
「まっそうだよな~」
硝酸 単体では爆発しないが、周りの物質を取り込んで化学変化をおこしてして爆発する可能性があるので、耐圧用のガスタンクに 次々とブチ込んで保管する。
ハルミは硝酸、アンモニア、酸素のタンクをバギーの荷台に積み込み始める。
「亜酸化窒素か?」
オレは火薬の研究に必要な硝酸とアンモニアを追加で荷台に積み込んで言う。
「そっ硝酸とアンモニアで、硝酸アンモニウム…。
これを融解させると亜酸化窒素になる。
で、酸素を20%混ぜて全身麻酔だ。
これで外科手術が出来る。」
「麻酔無しの手術は、拷問だって言われているからな…。
それじゃあ戻るか…。」
「ああ…」
オレがそう言って荷台に乗るとハルミがバギーに乗り、アトランティス村まで帰って行った。




