09 (ストップ!ドロップ&ロール)〇
強化繊維工場…。
鍛冶師は多段の炉がある黒鉛炉に次々と炭素繊維の布を入れて フタを閉め、二酸化炭素を炉に流し 不活性状態で 3000℃の高温で焼いて行く…。
黒鉛化作業に特化した専用の炉は、多段構造になっていて 1度に6枚の黒鉛化作業が出来る優れもので、ガスバーナーで各階を間接的に熱している。
3000℃になる場所が局所的で、断熱性の高い ガラスで炉が覆われていているので、耐えられ無い程では無い。
が、工場内の壁に取り付けられたエアコンが フル稼働で室内を冷却していると言うのに室内は熱く、しかも 高温の炉は常に火傷の危険が付きまとうので、ガラス繊維のエプロンを常に身に着けて 長いトングを使って作業するのが地味にキツイ。
とは言え、ちゃんとそれに見合う金額は 貰っているし、服も買えて、メシも酒も十分以上に美味く 文句はない。
だが、俺はそう思っていたが、他の人もそう思っているとは限らなかった。
ある日…黒鉛化作業に使う炭素繊維が不足して、空気に晒した状態で300℃程度の温度のバーナーで60分の耐炎化工程の作業をしていた時だ。
通常、工場内に6人いる人員も今日は俺と彼の2人になっている。
「おい…エプロンを着けないのか?」
「だって暑いだろ…」
彼は 上半身が裸で上着を腰で巻いていて、オレと一緒に12基のフタの付いていない6棚の黒鉛炉に炭素繊維の布を次々と入れて行き、ガスタンクを開放して火を付けて行く…。
まぁ確かに暑いし、布を入れ終わって火を付けたら60分間放置だ。
その時にエプロンは脱ぐ事になるし、一々着るのが面倒なのだろう。
特に気にしていなかったが、夕方になり掛け、今日最後の耐炎化工程の時だ。
いつも通り 布を入れ代え終えて ふと彼を見ると、火に当たっていないと言うのに腰に巻かれていた服が焦げ、火が付いた。
「えっ…オイ、服燃えているぞ!!」
「なっ…」
彼は火を消す為に服をはたく…。
が、火は消えず一瞬で服が燃え上がった。
「うああああ」
オレは急いで近くに置いてある水が入った消火用のバケツを持ってくる。
が、彼は動き回るので水を掛けられない。
「おい…暴れるな、そのまま床に倒れろ!」
俺は足を出して彼を躓かせ、地面に倒す。
「あがっ」
俺は 借金で首が回らなくなり 奴隷になるまでは 鍛冶師をやっていた事もあり、服に燃え移った事もある。
こういう時は慌てず止まって、床に倒れ、横に回転するだ。
オレは横になった彼の腹を蹴り飛ばし、回転させてバケツを服にぶっかける。
「あああっ…」
「あ~くっそ、(生産)ラインが止まった」
俺は すべてのガスを止めて、彼を持ち上げ 工場を出てバギーの後ろのリアカーに乗せ、ハルミ先生の診療所に走り出す。
「急患だ…ハルミ先生はいるか?」
外からバギーの音が聞こえ、男が同僚を担いで中まで飛び込んでい来る。
「はいよ…っておい火傷か。
こっちだ…そこに寝かせろ…。
後、冒険者ギルドに行って 砕いた氷を持って来てくれ」
「分かった。」
ハルミが男に指示を飛ばすと、男は 再びバギーに乗って、今度は冒険者ギルドに向かう。
「ナース…患者だ。
勉強中断…こっちに来い…実習だ。」
私がそう言うと奥から、私が教えている診療医師 志望の女学生2人が出て来て、男の姿を見て「うわっ」っと思わず言う。
男の背中から腰に掛けてレベル2の熱傷が確認出来る…。
「オイ、火傷の痛みは如何だ?
痒い…チクチクする、痛いのどれだ?」
「うっ…痛たむ」
「よし、痛覚は生きているな。
患者はレベル2の熱傷…見た目程ヤバくないな。
まずはアルコールを塗って除菌…。
その後は 患者を冷やす。」
「はい」
看護師は私の指示通り、ビールを蒸留してアルコールだけを取り出した 消毒液を持って来て、患者の背中に塗って行く…。
私は教育の為、指示は出すが 手は出さない。
アルコールを傷口に塗るだけで傷口からの感染症を かなりのレベルで防げる為、医療には 必須のアイテムになる。
消毒液が完成したのが つい1ヵ月前なので割とギリギリだった。
「氷、持って来た。」
男が私に氷を入れた袋を渡す。
「よし、患者に当てろ」
ウチがナースに氷袋を渡し、患者に当てる。
「これで痛みが引くはずだ。
で、如何してこうなった?」
私は雑草紙で出来たカルテを持って患者に聞く。
「分からない。
火には当たっていなかったってのに服が燃えやがった。」
「え~と仕事は?」
「強化繊維の工場だ。」
「あ~なるほど…それで、エプロンは難燃性のはずだ。
なんで身に着けていない?」
服を見る限り、最近 流通し始めた 竹のコットン製の服で、暖かいが非常に燃えやすい。
なので、ガラス繊維のエプロンの装着を義務付けているはずだ。
「………。」
「黙っていたんじゃ、また同じ事を繰り返すヤツが出て来る。」
「工場が暑くてコイツは 上半身裸で作業していた。」
彼をここに運んで来た男が言う。
「そう言う事か…。
仕事のマニュアルを無視するからこうなるんだ。
とは言え、工場内の室温か…対策を立てないと また次が来るか…。
エアコンの出力アップは ナオに相談かな」
スターリング冷凍機の欠点は 大きさ辺りの出力が低く、実用的な物を作るとするなら、大型化するしかないと言う事だ。
ただ、蒸発熱を使わない冷却方法の為、それなりの規模の冷凍機とそれを作動させる為の大電力さえあれば、理論的には絶対零度(-270℃)まで行く…。
今後、窒素を作る時に−200℃にする環境が必要の為、今の内に作って おいた方が良いだろう。
「それじゃあ、後は頼むよ。
冷却時間は30分…10分置いて まだ痛がるようなら、30分追加…。
これを繰り返して。
アンタは仕事に戻って…ナオには私が話を付ける。」
「分かった。」
そう言うと私は冒険者ギルドにいるナオの元へ向かった。
冒険者ギルド。
「エアコンの強化か…。」
「出来るか?」
「ああ…ただ単に規模を大きくするだけだからな。
どれ位の規模になるかは分からないんだが…。
クオリア…」
「そうだな…コンテナ1個分の大きさにすれば、-200℃まで行ける。」
「-200℃って凍らせる気かよ…。
いや…そうか、窒素か…」
「そう…それに酸素も作れる。
温度は入れる電力で調整出来るし、すぐに冷やせる。」
「よし、すぐに予定を立てて造ろう…。
今回の労災は温度管理を怠ったこっちの責任でもあるからな…」
ナオは笑みを浮かべて、労働力の確保と今後の計画を雑草紙に書いて行った。




