06 (暗闇に勝った日)〇
数日後…。
ドライゼが キッチンの黒鉛炉を使い、綿あめ機の部品を作る為の型に動物性脂肪を塗り込んで 鉄を流し込み、出来た鉄に水につけて冷却する事で 鉄が収縮し、密度が上がる。
これで 綿あめ機のパーツが完成だ。
それをウチの指示でドライゼが 次々と組み合わせて行き、綿あめ機が完成する。
「これは?」
「綿あめ機です。」
「ん?それは何です?」
ドライゼがウチに聞き返す。
「ここに融かした砂糖を入れると甘い綿が出来上がります。」
「砂糖が…ジガの国には 砂糖があるのですか?
サトウキビから砂糖を作るとなると結構、大変なのでは?」
「いいえ、私の国はサトウキビを使わずに砂糖を大量生産 出来る方法が見つけましたので、その方法で砂糖を作っています。」
「へぇ…砂糖を大量にねぇ。
それで、砂糖を使うのですか?」
「いいえ…これで、ガラスの綿を作ります。
ワット頼みます。」
「分かった」
ウチが 融けたガラスを真ん中の容器に流し込んだ所で、綿あめ機の中の容器の上部に取り付けられたワットの車のタイヤが、蒸気機関を使って高速回転する…。
こうする事で 容器に開いた極細の穴から細いガラスの線が出て来て、これを棒で巻き取る事で、ガラスの綿…グラスウールになる。
「いや~動力があると ラクで良いですね~。
それじゃあ ここのガラスを全部 綿にしますので、皆で頑張ってください」
「ははは…こんなにですか」
ドライゼが これから融かす大量のガラスを見て言う。
この中で鋳造などの鍛冶の経験があるのは、自分で銃を自作しているドライゼだけだ。
彼の部屋に飾ってあった銃も 実は構造を完璧に把握する為にドライゼが造った物だったりする。
綿が出来たら次は グラスウールを糸車で紐にする作業だ。
これは アルとワットが担当をしていて、アル達が 椅子に座ってペダルを踏む事で 木製の糸車が回転し始め、グラスウールが細く長い糸に変わって行き、それが ロールに まとめられて行く。
「なぁジガ…オレ達は 今何を作っているんだ?
服を作っているんじゃないだろうな?」
確かに蚕とグラスウールの違いはあるが、糸車で糸にして その糸を布になるまで編んでいく…基本は服の作り方と同じだ。
「作るのは布ですね。
ただし、凄い丈夫な布なのですが…。」
ウチはキッチンで作業をしながら言う。
近くには ドライゼがいて、ひたすら型に鉄を流し込んで編み機のパーツを作って行く。
「何て数ですか…このパーツ数…」
「ですから大変なんですって、人手が足りないって言ったじゃないですか…。」
ドライゼは深くため息を吐いた。
更に数日の時間を掛けて、編み機を組んだドライゼがウチに言う。
「うん…ちゃんと組み上がってますね…」
ウチは編み機に糸をセットし、椅子に座ってレバーを左右に動かす。
こうする事で次々と糸が布に変わって編まれて行き、テーブルの下に流れて行く。
「うわっ…機織り機に比べて早いな」
アルが後ろから こちらを見て言う。
「その分 網目が 複雑になってしまうんですが、強度なら むしろ こちらの方が優秀です。」
「ふむ…左右の移動だけなら自動化出来るな…。」
アルと一緒に編み機の動作をじっと見ているワットが言う。
蒸気機関でコレの自動化をしようとしているのか?
「ですが、高速で編もうとすると糸が絡まります。
まだまだ精度が足りない みたいで…。」
これを解決するには 速度調整用のギアが必要だ。
「とは言え、これでもかなり早いからな 服にも使えるし、これで布を作ったら相当に早く仕上がるだろうな…。
そうすれば服も どんどん安くなる。」
「それが理想ではあるのですが…。」
アルにウチがそう答えて、自分達の研究の合間の時間を使ってウチらはガスタンクを造って行った。
ガスタンクを作り始めてから1ヵ月…。
寮の近くの川の側に 新型ガスタンクが出来上がって皆が集まっている。
装甲材はガラス繊維の3枚重ねの複合装甲で作られており、酸水素バーナーでガラス繊維を軽く炙る事で接着されている。
上部には ガラスのスクリューキャップ構造になっており、その下の接続分からは2本の銅線が外に出ている。
中に繋がる銅線は 銅板に繋がっており、ここに電気を流せば 電気分解が出来き、充填機が不要…。
と言うよりガスタンクと一体化させる事が出来た。
その他の特徴として 柔軟性を持つ布状のガラス繊維で出来ている為、折り畳みが可能となっていてガスが入っていないと 凄いコンパクトだ。
従来の充填方法では 充填機内の気圧上昇で タンクに注入していた為、充填機に それと同じ位のガスが溜まるので、電気分解した酸水素の半分が無駄になってしまっていた。
まぁ ナオが充填機を作っていた あの時は 銅板の代用に使える炭素繊維もバーナーも無かったし、詰め込むより役割を別々に分けた方が 問題が発生した時の対処が楽だったからなんだが…。
そして 今回のこれで、電気エネルギー換算で10%だった効率が20%まで上がる。
「さて、ここからは ちょっと実験が入りますよ…。」
ウチは袋状のぶかぶかのタンクに150気圧になるよう計算された水を正確に入れ、上下をひっくり返す。
中に入れてある ビー玉が重力で落ちて 給水口を塞ぎ、水が下に落ちないように遮断…。
それを台座に乗せて、皆と新しく作った マイクロ水力発電機のガラス繊維で被覆された銅線を持って来て、電線の先のワニ口クリップをタンクの銅線に接続…。
水の電気分解が始まり、しばらくすると内部の気圧が上がって膨らみガスタンクの形になる。
「これで燃素が出来ます。
後は この位置まで水が無くなったら終わりです。」
ウチは ガラスで出来た充填口を指して言う。
これは水を分解し終わった後に 空気中で電気分解を続けた場合、スパークが発生し、水素と酸素に引火して 吹き飛ぶ可能性があるので、完全に分解するまでに電力供給を止める事で この問題を解決している。
周辺に家は無いが、またミサイルを作る事になるのも問題だ。
「なんで水が燃素になるんだ?
水は熱すると水蒸気に変わり、水と同じく火を消す効果がある。
それが 燃える燃素に変えるなんて…」
ワットが不思議そうに言う。
「これは発電機と言って、小さな雷を作る為の道具です。
この雷を水に使うと何故か燃素になるんです。
如何いう仕組みかは まだ分かっていませんが、この空気は木が無くても 良く燃え、火力も高く、そして燃えると水に戻る。
後、この燃素は 物を膨らませる効果を持っているので、詰め込め過ぎると容器が破裂します。
生成される仕組みが分からなくても、この燃素の性質さえ知ってしまえば、対処 出来ます。」
とウチは仕組みを知っているが それらしく言う。
「やっぱり火のカテゴリーは 難しいな。
燃素の質量は0かマイナスだから、タンクが重くなるはずが 無いんだが…」
「火?」
ワットの言葉にウチが答える。
燃素は水素と酸素の事で、気体…つまり風のカテゴリーだろ。
「何だ?ジガの国には4元素論が無いのか?
この世の物質は 土、水、火、風の組み合わせで出来ている。
私が動力に使っている水蒸気は、水を火で温度を上げて風にした物だ。」
なるほど4元素論か…さて如何答えるか…。
「私の国で使われているのは、個体、液体、気体、熱、電気の5元素になります。」
更に これにプラズマを加えて6元素にすれば、正しい知識で最低限の区分が出来る。
「何だ…基本は一緒か…。」
「ええ…ただ、燃素は 火のカテゴリーでは無く、空気…風のカテゴリーです。
火は 物質の振動による小さな摩擦熱の塊で、それを 空気中の『燃素』が補助をする事で 摩擦熱が上がって行き、燃えると言う現象を発生させています。
なので、火自体は物質では ありません。
何ですけど…何故か 光と相性が良くて、熱いや、冷たいは 光のカテゴリーに入れてます。」
「確かに燃素説だと摩擦の説明が付かない所がある。
が、物の振動による摩擦熱で起きる現象が火だと考えれば…確かに説明が付く…。
が、それは 異端の考えだな…。」
「まぁ実際に私は異教徒ですから。
ですが、真実は如何あれ、この考え方だと計算がラクになるんですね…。」
「う~ん」
「別に強制はしませんよ…。
でも、頭の片隅にでも覚えて置いて下さい。
いつか役に立つ時が来るかもしれませんから…」
今の理論でも それが問題になる精度まで科学が進むのに100年後…。
ワットが忘れても たいした問題にはならない。
「分かった…。」
「よっジカ…燃素、出来たぜ」
アルがそう言い、ワニ口クリップを外す。
ガラス繊維のガスタンクは 内部と外部の気圧差で膨らんで筒状になっており、思いっきり押しても ちっとも凹まない。
ウチは 気圧計が付いたバルブをガスタンクに取り付けてバルブを締めてビー玉を押してガスを開放…。
電気分解されずに最後まで残っていた水が勢いよく吹き飛び、すぐにバルブを緩めてガスを止める。
気圧計は 150気圧を指しており、タンクの表面を触って見てガス漏れがないかを調べる…よし、OK…。
最後に川にガスタンクを入れて タンク内からの気泡が出ていないかを調べて無事OK…。
「ふう…完成です。」
「おっしゃあ!!
結構掛かったな…1ヵ月か…」
「そりゃ道具から作れば、時間は掛りますって。
それにしても殆ど鋳造で作り上げましたね…。」
空が赤く夕日になる中で ガスボンベを引き上げながら、ドライゼが言う。
「私の国は 削り出しをする職人がいません。
なので、型に融かした素材を入れて固めて部品を作るのが主流です。
大半の物は ガラスか鉄を融かせば 出来ますので…。」
「ガラスと鉄ですか…強度が心配ですね」
「まぁ…でも壊れたら壊れたらで、また融かして型に入れれば 元通りになりますから…」
「例え粗悪でも簡単に作れた方が良いと言う考えですか…」
「ええ…それに 壊れたら またお客さんに買って貰えますし」
「ははは 確かにそうですね…。
それじゃあ 火を着けて見ますね」
ドライゼが この1ヵ月で ウチのガスコンロを参考にして開発したライムライトを出して、ガスタンクからのホースを取り付ける。
ウチのライムライトと違うのは、小型コンロを組み込んだ所だ。
ドライゼが 摘まみを ひねってガスの解放と同時に火打石に打ち付けて着火…。
夕日の光で赤く照らされる中…新たな生まれた人工的な白い光が周辺を強く照らす。
「おお…」
摘まみを戻してガスの出力を調整して 適切な光量にする。
「これなら ロウソクは いらねぇな…。
部屋を照らすには 十分な明るさだ。」
「苦労した甲斐はありましたね。
色々と研究が捗りそうです…。」
「ああ…次は内燃機関だ。
楽しみだな…」
「ただ…しばらくは 皆さんは ガスタンクや燃素の研究ですね。
前提の技術を把握していないと確実に躓きます。
こちらも新型の内燃機関を作りたいので、時間が掛かります…。」
皆が色々言うなかウチが言う。
「まぁゆっくりでいいだろ。
オレは燃素の実験をもっとしたいし、ドライゼは銃の設計があるだろ。
ワットは蒸気機関の論文 ジガは新しい内燃機関…。
合間合間にやってたけど、これから 忙しくなるからな…。」
「それじゃあ…戻りましょう。
皆が造った そのガスで夕食を作りますよ…」
「ああ頼む…豪華にな…」
「分かりました。」
その後 各部屋には ガスタンクとライムライトが配備されて、ロウソクの小さい光を頼りに作業をする事が無くなり、暗闇に打ち勝つ事が出来たのだった。




