05 (蒸気馬)〇
ここに来て1ヵ月が過ぎた ある日、ワットが 職人に注文していた道具が出来たとの事なので、ジガ幌馬車を使って 取りに行く事になった。
錬金術師は 実験器具の製作もある程度は出来るが、複雑な物は 専門の職人に外注する事が多い。
ウチは ガラス職人の工房に行き、木箱を受け取りフタを開けて中身を確認する。
「おっ…蒸気機関?」
そこに収められていたのは ガラス製の蒸気機関装置で、緩衝材に大量の藁が敷き詰められている。
見た所、最初期の単動式 首振りエンジンだろうか?
ただ 構造が単純 過ぎて、蒸気を逃がしてしまっている。
人一人を運ぶ位は 出来そうだが、リアカーは引っ張れ無いだろう。
が、これからの実地試験でのデータを反映させて より効率良く蒸気を使えるように改良して行く実験機だと思えば、良い出来た。
中身を確認した所でフタを閉じ、ガラス製の蒸気エンジンを丁寧に荷台に乗せる。
「さて次は タイヤか」
木製の荷馬車を作っている木工職人からタイヤと台座と人が乗る座椅子?を受け取り、ウチは寮に戻って行った。
「おっ来たな」
アルがこちらに向かって手を振る。
如何やら待っていたようだ。
ワットの実験だと言うのに、普段 部屋から出てこない3人が外に出て来ている。
ドライゼは 水の入った消火用のバケツを川から持って来ていて、十が一程度で起きる火災に備えている。
設計者のワットは 10㎏程度の砂袋を6袋 持って来ていて、実験用の重りにするみたいだ。
ウチは幌馬車から箱やタイヤを降ろして行く。
「それじゃあ…手早く組み立てるぞ。
陽が沈む前までにテスト項目を終えさせる。」
車は1時間程で組み上がり、アルは 燃料である木炭をエンジン窯に入れ、上部の水タンクに水を注ぎ、木炭に火を付ける。
ワットは車に乗り込んでいて、エンジン内に水蒸気が溜まるまでハンドルを握って待つ。
ハンドルは ウチのバギーを真似てか、T字のバイクスタイルになっていて前方にタイヤが1本、後方に2本の3輪バギーだ。
「今度は動くと良いな…」
アルが言う。
「あれ、動かなかったのですか…」
「模型では上手く行くんだが、人が乗れるサイズに大きくすると途端に動かなくなるんだ。
原因は 重くなるからだろうな。
だから動力機構を見直す必要があった。
今回は完璧だ。」
「前回も完璧って言ってたよな。
よし、OK…まあ動くだろうな…。
イングランド初の蒸気馬だ。
行ってこい」
「OK…」
アルが蒸気を開放して駆動部に蒸気が入り、アルが思いっきり車体を押す…。
始めは低速だが アルが押した力では無く、確実に自身のエンジンで車輪を回していて、どんどん速度を加速して行く。
「やったぁ~遂に動いた!!」
普段 冷静なワットが、両手を上げて喜んで どんどんと進んで行く。
「う~ん。
ジガの幌馬車より 力も無くて 遅いですね…」
「まっそこら辺は 今後の課題だろ…。
模型エンジンの大型化しても、人を乗せて動かすだけの力を生み出せたってのが肝心なんだ。」
蒸気馬を見ているドライゼにアルが言う。
「でも…ジガのバギーを参考にした方が上手く行きますよね…」
「いいえ…私のバギーは 燃素で動いていますから 蒸気では動きません。
転用は無理でしょう。」
ウチのバギーの酸水素エンジンは、高速で気化した燃料にスパークプラグで点火して、爆発の力でタイヤを回している。
その為、爆発しない蒸気とは相性が悪い。
「なら燃素を作れば…」
「燃素自体は 割と簡単に作れます…。
ですが、空気中にある燃素の150倍の量を あの燃料タンクの中に押し込める事になりますから、タンクの強度も かなり必要です。
強度が足りないと タンク自体が爆弾になりますからね…。」
「爆弾か~作り方は?」
「知ってますよ…。
ただ作るにしても人手が足りません。」
「ならオレが手伝おうか?
その爆弾には興味があるし…。」
「ははは…爆発させる前提ですか…」
「作り方を教えて貰えるなら、僕もワットも協力しますよ。
研究に役に立ちそうですし…ワットは蒸気とは言え、専門分野です。
役に立てるかと…」
「確かに そうですね…。
この技術に付いての論文は書かないで、広めない。
少なくとも後50年は…。
発見した技術を自分の研究にアレンジして使う分には止めませんが…。
基本、この寮内での秘密でお願いします。」
「ああ、いいぜ…」
「僕も…」
「………そう言えば ワットは?」
ウチが周囲を見渡し、ワットの車を見つける。
相当に遠くに行ってしまっている。
「そう言えば、アレ…如何やって止まるんですか?」
ウチがふと聞く。
「石炭が燃え尽きれば、止まるだろう…。」
「え~とブレーキは?」
「ブレーキ?」
「あ~次の課題は 止まれる様にしないとですかね~」
幸い、ブレーキが無い暴走 蒸気馬は、ハンドルのコントロールは普通に出来る為、寮の近くを大きく回る軌道を取っている。
燃料の蒸気が切れれば、自然に止まるだろう。
「まさか、ここまで石炭が持つとはな…。
すぐに止まる予想だったのだが…。」
燃料が切れて止まった蒸気馬を押しながらワットが言う。
「今後は ブレーキ…止まる為の機構を作らないと。
制御出来ない馬程、危険な物は無いですから…。」
「そうだな…」
「それで…今、ジガの持っている技術の秘密を守る条件で、燃素のタンクの製作の手伝いをする事に決まったのですが…ワットは参加しますか?」
ドライゼの言葉にワットは少し考える。
彼は自分が作った蒸気機関にプライドを持ってるので、性能が良いと言う理由だけで協力するとは思えない。
「そうだな…更に効率の良い蒸気機関が造れるかも知れない。
私も手伝うよ」
とワットは あっさりと承諾した。
私の内燃機関もそれなりに評価してくれているのだろうか?
ワットは 亜麻紙を取り出し、今回の実験での感想などの記録を書いて行く。
「さて…ワットの実験成功のお祝いのパーティだな。
ジガ…豪華に頼むぜ…。」
「と言いましても、いつもの食事も割と豪華ですよ。
そうですね…厚切りのステーキに野菜とポテトサラダ…。
グラタンも出来ますかね…。」
「こう言うパーティと言うのは、服装が重要なんだ。
皆は 礼服で参加…照明もロウソクを増やして明るくする。
豪華な装飾は無理でも それなりの雰囲気にはなる。」
「ふ~ん照明ですか…。
ではライムライトを使いましょう。
良く光りますよ…」
ウチはそう言うとパーティの準備の為にキッチンに向かった。
「うぉー明るいな」
礼服姿のアルが階段を降りて来て言う。
2人は もう礼服で集まっていて、ウチはメイドと言う立場もあり、私服の上にエプロンと言う形を取っている。
食事は 立食式で、椅子が壁側に寄せられていて、メイドである私が取り分ける形になる。
普段 活躍の場があまりない、総合メイドとしてのウチの晴れ舞台だ。
「ふむ…石灰は 高温になると光るのか…」
熱で光る光る石灰を見ているワットが言う。
「触らないで下さいね…燃えますから…」
ウチは豪華に盛り付けられた料理をテーブルに出して、白いガラス繊維の箱をライムライトに被せてガスの出力を絞る。
「おお白色の光か…」
オレンジに近かった光が白い箱を通す事で、蛍光灯のような目に優しい白色の光になる。
「パーティの準備は整ったみたいだな…。
それじゃあ…グラスを出して…。」
普段 使わないガラス製のワイングラスを皆が出す。
ウチはテーブルに置いていた 普段 飲まない貴族用の高級ワインのコルクを抜き、メイドとして作法をしっかりと守りつつ、美しく見えるように皆のグラスに注いで行く…。
いつもの研究以外は 如何でも良いと言った感じの皆も、綺麗にグラスを傾けて、注がれている。
その光景は ウチも含めた4人で芝居をしている様な違和感がある。
「それでは…ワットの蒸気機関の成功と、今後の更なる活躍を期待して乾杯」
「乾杯~」
3人は互いのグラスを傾けて音を響かせ、ワインを飲む。
メイドのウチは 主人である3人とグラスを鳴らす事も無く、給仕を続ける。
メイドは 主より下の立場なので、共に食事をしては いけないからだ。
なので 一通りの給仕が終わったら、主人達が見える近くの壁に背を向けて 直立不動で次の仕事を見つけるまで 待機をするのが、メイドの作法となる。
なのだが、3人がボトル1本 位のワインを飲んだあたりで 酔っ払い始め、格式が緩くなって行き、2本目で完全に戻った。
ウチに注いで貰うのが面倒になって 自分で注ぎ始め、予め肉を切り分けて盛っていた事もあって、それぞれが セルフサービスで食事を楽しんでいる。
立っていた食事も 今では 椅子を持っていて座っていて、ウチは 新メニューの鶏の唐揚げの追加注文を受けて、キッチンに移る。
最初の静かな雰囲気の食事も趣があって好きだが…ウチはやっぱり、酒場のようなガヤガヤとした雰囲気の方が合っている。
「さて、チキンフライ揚がりましたよ~」
ウチが食事を追加投入し続け、腹いっぱいになって 皆はそのまま椅子に座って状態で眠り始める。
「お客さん…閉店ですよ~」
あ~気分良く、完璧に酔い潰れたな…。
ウチは2階の部屋まで 彼らを背負って運び、背広を脱がしてベットに寝かせて、料理を片付け、部屋に戻った。
翌日、3人はウチの想像通り 二日酔いで、仕事どころ じゃなかった。




