03 (仕事の自動化-オートメーション-)〇
アペールさんの店は、小さなレンガの家で、店の上に飾ってある看板は店名が書かれていなく、瓶詰め の絵が描かれているだけだ。
通りかかった店もそうだが、住民の識字率が 圧倒的に 低い為、絵でこの店が何を売っているのかが、分かる様になっている。
この為 店に名前が無く『○○(店主の名前)の店』と呼ばれるのが一般的だ。
「いらっしゃい…。
あら、見慣れない客だね」
私達が店に入ると店主のアペールが言う…。
店の中には かなりの数の棚があり、様々な瓶詰めが 並んでいる。
「おはようございます。
住み込みでメイドをさせて貰ってます 錬金術師のジガです。
今後は 頻繁に買いに来るかと…よろしくお願いします。」
「おっ…継続客か…ならサービスしないとな…。」
店主のアペールさんが、店の外の幌馬車を見ながら言う。
この国に来て分かった事だが、幌馬車を持っていると言う事は ある程度の金持ちと言う証明になり、店側の対応が良くなる。
「なら僕もサービスして下さいよ…」
荷台から降ろした 6本の瓶を持って店内に入って来たドライゼが言う。
「何だ…オマエん所の寮のメイドか…。
ドライゼは前科があるからな…サービスはしない。」
「何をやったのですか?」
ウチがアペールに聞く。
「コイツが始めて来た時に 瓶代をサービスして、中身だけの値段で売ったんだが…。
その時、コイツは瓶詰めを大量購入してな…」
「それは お客としては良いのでは?」
「いや…瓶を返却しないで 素材として融かしやがった。
お陰でこっちの大損だ。」
「ははは…確かに ガラスの材料を得るだけなら物凄く安くなりますね…。
では、こちらは瓶込みの定価で…瓶を持って来れば、中身の値段で売ってくれますよね…。」
「ああ…。」
ドライゼが返却した6瓶分は 中身だけの値段になるので、ピクルスと干し肉を3瓶ずつ購入…。
瓶は全て 口が広い大瓶で、規格化が されている事が分かる。
中身は 各種ジャムの他に パンや干し肉、小麦粉などの普通 瓶詰めに入れない物も詰められており、食べ物は 何でも瓶に入れている感じがする。
まだ 瓶詰めのやり方が洗練されていないのか?
確か アペールは 経験を元に瓶詰めで長期保存が出来たが、どんな理屈で長期保存出来るのかは 知らなかった。
そもそも この時代…まだ微生物が発見されていないからだ。
まぁ…外の空気との接触を防げるなら 多少の効果は期待出来ると思うんだが…。
「さてと何があるかな~。
おっ…おじさん…コレは?」
ウチは 赤い瓶と白い瓶を指して言う。
「フランスのトマトを使ったジャムだ。
これは卵のジャム」
トマトケチャップとマヨネーズか…。
トマトケチャップは アメリカの植民地時代に開発されたと記録にあるから 割と最近開発された物で、マヨネーズは18世紀中程だから後50年先…。
更に ゆで卵をひき肉で包んでパン粉の衣をつけて揚げた スコッチエッグもある…これも50年後…。
まぁ産業革命前の庶民の食べ物の記録なんて、かなりアバウトだった だろうし、一般普及していなかっただけで、マイナーな料理としては 既にあったと言う事かな…。
「フランスって敵国ですよね…。
貿易は大丈夫なのですか?」
「97年に戦争が終わってから、今は比較的 大人しいかな。
こっちは 牧畜が盛んだから肉を輸出して、向こうからは 野菜や果物を輸入する事が多い。」
大同盟戦争か…。
今年はスペイン継承戦争の始まりの年だが、貿易に対する問題の記録は見ていない。
国家の許可の元、敵国の船に対して略奪行為をして、相手国に間接的な攻撃をする 民間の海賊船『私掠船』が互いの貿易船を攻撃していないかが 気になるが、少なくとも物は普通に流通している見たいだ。
「それじゃあ、トマト ケチャップとマヨネーズにスコッチエッグ…。
いや、トマトと卵のジャムに卵揚げを1瓶ずつ…。
好評なら追加購入で…。」
「はいよ…」
ウチは瓶込み定価で合計6瓶を購入…。
トニー王国とは違い 調味料が簡単に手に入るのは有難い。
「それじゃあ…また来ます。」
ウチは瓶を幌馬車に積むとアペールさんに一言 挨拶して次の店に向かった。
次に案内してもらったのは肉屋…。
鶏、豚、牛、ウサギ、ヒツジと牧畜がメインの国なのと、ここが首都であるロンドンの近くなのもあって、肉には不足しないで済みそうだ。
ただ ひき肉とかは無く、全部塊肉での販売の為、こっちで加工する必要がある。
今度 皆の為にハンバーグを作って見るか…。
最後に市場でジャガイモや塩を買う。
寒冷地に対応した品種のジャガイモや小麦は 肉と並んで、この国での主食になる。
少し前まで、食べ物を長期保存する為に 塩漬け用の塩を大量に買い付けた事で 塩が品薄状態になり、塩の価値が高騰していた。
が、ライル達 行商人が 塩を大量供給した事で、値段が落ち付き始めている…が、やはり高い。
ここの塩は 海水を大量の薪を使って煮込んで、水分を蒸発させて 結晶化させる方法が一般的で、海水を太陽光で蒸発して塩を作る塩田は 高緯度で日照時間が短い この地では 出来ない。
その為、燃料代が余計に掛るので、価格が戻っても やっぱり塩は そこそこ高い。
まっそれでも 砂糖やカレーなどの香辛料と比べれば 非常に安いのだが…。
「何でも手に入りますね~」
「ここは ロンドンに近いですから…」
市場を通り過ぎた所で ドライゼが言う。
今は 人口の7割が農業や牧畜の仕事をしているだけあって、食料には困らない。
これが 産業革命に入ると 工場で仕事をする労働者が全体の7割まで増え、食料生産者が3割にまで減り、食料不足の為 食べ物の価格は軒並み上昇…。
労働者はフィッシュ&チップスを ひたすら食べ続ける事になる。
「さて、ここが最後ですね…。」
最後に付いたのは、ドライゼの目的でもあるケンブリッジ商会…。
ここの商会は 他の商会とは違って、ケンブリッジ大学の顧客をメインとした商会で、高価な羊皮紙や比較的安価な亜麻の紙、それに インクなどの筆記用具…。
研究の為に必要な 各鉱物や薬品も扱っており、ここで研究に必要な鉄などの重い鉱物を積み込むのが、ドライゼがウチに付き合ってくれた理由でもある。
荷受け場で、ドライゼに一括で値段交渉をして貰い、ドライゼは麻袋に入った鉄を一袋…。
ウチの分の鉄と銅、珪砂…後は 燃料となる大量の薪を購入して商品を持って来た屈強な男達が、荷台に次々と積んで行く…。
「いや…いつも持ち帰るのが大変でしたが、助かりましたよ…」
商会を出て しばらくした所でドライゼが言う。
「結構、買いましたね…」
ウチが 後ろを見るかぎり まだ積めそうだが、結構の数の荷物で荷台を占領している。
その中で一番多くの面積を取っているのは燃料の薪になる。
「そう言えば、ジガは何の研究をしているのですか?」
ドライゼが聞く…。
あ~詳しい研究まで決めていなかった…如何するか…。
「私の研究は 仕事の自動化です。
既に内燃機関で、熱を回転運動に変える事が出来ます。
なら、その回転運動を利用する事で、私達の仕事を道具に置き換える事も可能な はずです。
最終的に人の肉体労働のすべてを道具に任せてしまうのが理想ですね…」
「この馬も移動の自動化と言う事ですか」
「ええ…この馬で分かる通り『走る』と言う分野では、人より道具の方が優秀です。
次は精密作業を行う職人の仕事の自動化が目標です。」
「マスケット銃兵の自動化も可能と言う事ですか?」
「いずれは…ですが…。
兵士も自動化出来れば、国の防衛もラクになりますね…。
そこが私の研究のゴールでしょうか?」
兵士の自動化…ドローン兵士がトニー王国が目指す最終地点になる。
人口が圧倒的に少ないトニー王国を他国から守る為には この方法しかない。
「さっ見えてきましたよ…。」
「やっぱり速いですね。
さて…荷下ろしを手伝いますよ…」
寮に戻って来た私達は寮の横に幌馬車を止め、荷台の荷物を倉庫へ降ろして行った。




