02 (安全な銃を求めて)〇
翌日の昼前…。
全部屋を丁寧に掃除をし、埃が一切無い状態までにしたジガは、幌馬車の荷下ろしをドライゼと共に行う。
「せーの…」
炉や紡績機に織り機、鋳造用の型と持って来た さまざまな機械を1階の倉庫に押し込み、荷台には 発電機と酸水素ガス充填機とガスタンクだけが残る。
「よーく、これだけの道具を持って来れましたね…。」
「こうでもしませんと、このバギーの部品を確保出来ませんから…。
さぁ乗って下さい。」
ドライゼが空の瓶を乗せて幌馬車の荷台に乗り、ウチがバギーに またがり、アクセルを回して低速で発進する。
速度は 速い馬車の速度で、時速10km程度…人の徒歩の速度の2倍だ。
「おー動いた」
「うわっ軽っ…」
200㎏位の荷物が荷台から減ったので、簡単に速度が上がる…多分燃費も良くなっているだろう。
「ありがとうございます…手伝って貰って…」
本来なら メイドが荷下ろしを全部やるのが普通で、寮の研究員は一切 手を出さない。
何故なら『金を払って雇っていると言うのに 雇用主に手間を掛けさせるとは何事か』と言う考えになるからだ。
「いえいえ、これが普通のメイドなら僕も手伝いません…。
ただ ジガは同じ錬金術師ですから…同業者には敬意を払わないと…」
ドライゼが ウチの腰のリボルバーに視線を移しながら言う。
「私、錬金術師の前に女ですよ…」
「女だと物理法則が変わる訳じゃ…無いですよね?
いや…まだ証明はされていないから、断言したらマズいのかな?
むしろ、法則が変わってくれるなら触媒としての使い道も…。
今度、性別によって実験結果が変わるか比較検証して見ましょう。」
「ふふ…ぜひ、喜んで…」
ドライゼは 若く小柄なのに、証明された事実を重視する。
それは、まだ科学と宗教の結び付きが強い この時代では貴重な人材だ。
「そう言えば、何故ドライゼは 銃を作ろうとしているのですか?
戦争に使う為ですか?」
この国…イングランド王国は、近隣の国と休戦を挟みつつも 数百年は戦争を行っている。
そうなると如何に性能が良い武器を作って人的損耗を抑えるか が、重要になって来る。
「……それも ありますが、僕の父は勇敢なマスケット銃兵だったのですが…」
「敵に殺されましたか?」
「いえ…銃の暴発で殺されました。
敵に殺される訳でも無く、一番 不名誉な死に方です。
銃の扱いに慣れている優秀な兵士でも、暴発やケガで運が悪いと死ぬことも普通にあります。
僕の父は ただ単に運が悪かっただけ なのでしょう。
が…それで切り捨てるには 僕にとって 父は、あまりに偉大な存在過ぎました。」
ドライゼが思い起こす様に言う。
「父が死んだ後、その日の食事にも困る僕の家では 僕を育てられないと判断され、教会に預けらました。
そこで 文字を教わり、写本を作りながら教会に勉強をする機会を頂きまして、今では大学で研究生です」
「それで、新しい銃を作っているのですね…。」
「ええ…味方には 暴発しなく安全で、敵に対しては威力が高く 危険な銃をと考えています。
ジガ…あなたは それを持っていますよね…」
ドライゼが ウチのリボルバーを見て言う。
「まぁ…ありますが、この銃は 私の身を守る為にと 私の国の国王から頂いた物です…。
弾も銃も特注品で、大量生産して 兵士全員に持たせるのは不可能です。」
「そうですか…国王から貰った物なら仕方ありませんね…」
まぁ そのナオが運営しているトニー王国は 人口200人程度の超小国なんだが、少なくともドライゼは国の規模を数万人位と想定しているだろう。
ナオが この銃をウチに渡した時点で、ある程度の技術流失は 覚悟している。
フルオートや ボックスマガジンなどの技術を教えないなら、技術交流として教えても問題無いだろう…。
「見るだけなら、友好の証として良いですよ…。
そこで得た発想に付いては文句を言いません。
流石に この機構を丸パクリした挙句、自分の名前で特許申請なんかしたら、私が あなたを 殺さなければ なりませんが…。」
「構いません…。
僕も相当 研究に悩んでいますので…異国の発想が欲しいです」
ウチは幌馬車を止め、リボルバーの弾を抜いてポケットに入れて、荷台に座るドライゼに渡す。
流石に銃を受け取ったドライゼが、ジガの後ろ頭を撃たないように弾を抜きますよね…。
ですが、弾をポケットに入れる その瞬間に僕は弾の形状を目に叩き込みます。
ジガの銃弾は 弾丸の後ろに 火薬が詰められていて それを何かの素材で覆われて、外の環境から保護されています。
確かに 予め規定量の火薬を入れて置けるなら、いちいち撃つ度に火薬を測って入れる手間が無くなるので非常に便利です。
僕も弾丸と火薬をセットにする事を考えていました。
が、火薬に火が付いて 暴発してしまわないように火薬を覆ってしまっていると言う事は、火薬に火を付けられないと言う事…。
安全性は 各段に上がるとは言え、撃てないのでは 意味がありません。
そこで僕は行き詰っていたのですが、見た所 ジガの銃は その問題を解決しています…。
一体 如何言う 仕組みになっているのでしょうか?
僕は ジガの銃を持って良く見ます。
マスケット銃と比べて かなり銃身が短く、持ち運びがし易いと言う事が分かります。
親指でレバーを押すと 中の大きな筒のロックが外れ、横に筒を出せるようになっています。
穴の数は6個…なるほど…ここに弾を入れるのですね…。
と言う事は 前装式では 無く、後装式…。
マスケット銃の前装式だと暴発や不発が起きた時に弾丸が手に当たる危険があるので、後装式の機構を考えていましたが 確かに これなら射手の安全を確保出来ます。
そして、このシリンダーを回転させる事で 次弾の装填が早くなると…。
しかも この筒は 主軸に取り付けられているだけなので、兵士には この筒を何個も持たせて、撃ち終わったら筒ごと 交換すれば、更に多くの弾を相手に撃ち込めます。
僕は人が いない方向に向けて、引き金を絞ります。
カチッ…。
筒が回転して銃の後ろに付いているハンマーが下がり、勢い良く前に戻ります。
この回転の仕組みは 検討も付きませんが、この銃が銃弾の尻をハンマーで思いっきり叩く仕組みになっているのは確実です。
となると、思いっきり叩くと火花が発生する物質を使って火薬に火を付けている事になります…そんな物質ってありましたっけ?
後で図書館で調べて見ますか…。
「ありがとうございます…。」
僕は銃をジガに返します。
「もう良いのですか?」
「ええ…この回転する筒に、弾丸と火薬をセットにして ハンマーで尻を叩いて火花を発生させて発射する仕組み…。
この銃は 僕が研究している銃の理想系です。
僕がやって来た研究が 間違いじゃなかったと分かりました。」
今まで『僕の研究のやり方は正しいのか?』とずっと思っていました。
が、ここまで芸術の様に完成された銃を見た事で、その迷いは完全に吹き飛びました…これは 今後の研究に非常に重要な経験です。
うわっ…。
この1分程度の時間で リボルバーの構造を理解して、更に銃弾の発射方式まで見抜いた。
構造は単純だが、この時代では異質だらけの この銃を理解する辺り、銃の基礎知識が半端ない事が分かる。
ジガは目的地のアペールさんの店の前で 幌馬車を止め、リボルバーの再装填を行い、腰のホルスターに仕舞う。
そして、その一連の動作をドライゼは見逃さず 真剣に見ている。
ウチのちょっとした動きから最大限の情報が盗まれそうだ。
そう思いながらアペールさんの店に入って行った。




