01 (胃袋を掴めない相手)〇
焼け焦げた地面に小さなクレーター…。
そして、さっき川の水を使って2人で消火した 黒色火薬が爆発したニオイ…。
「ふう如何にか なりましたね…」
ウチ事、ジガ・エクスマキナが小柄な少年に言う。
「ええ…感謝します。
僕はドライゼ…よろしく。」
「こちらこそ…」
ウチはドライゼの手を握る。
「オレは、アルフレッド…アルだ。
爆発の研究をしている」
なるほど…この爆発は彼の研究か…。
「よろしくお願いします、アル…」
「ジム・ワット…ワットだ。
専門は蒸気機関」
「よろしくお願いします…ワット」
「ふん…私は部屋に戻る」
真面目そうなワットは 私に軽く挨拶をすると すぐに寮に戻って行った。
「あちゃー」
アルがワットを見て言う。
「何か私はマズイ事でも…」
「アイツは 蒸気機関の研究で最先端に立つ男だからな…。
実際に完成した馬を見せられれば、こうもなる。
それ、異国の蒸気機関だろ…。」
「まぁ…私達は内燃機関と呼んでいますが…。
マズかったでしょうか?」
なるほど…フックがウチを この寮に入れたのは、蒸気機関の専門家がいるからか…。
「いんや別に…完成した物があるんだったら、それを解析して同じ物をこっちで造れるようにすれば良い。
で、その技術を元に こっちは それ以上に凄い物を作る。
その凄い物は、アンタの国の錬金術の発展に貢献して、また凄い物が造られる。
パクリ、パクられは 錬金術の基本だ。
オレのやっている事だって、大学の図書館にある膨大な本を書いてくれた先人の苦労の上に成り立っている訳しな。」
「これは国の資産です。
そんなに簡単に渡せませんよ。」
「なら錬金術の発展が遅くなるだけだ。
それなら アイツが望む環境になるかもしれない…。」
「はぁ…アルの研究は凄いんですが、危ないですよね。
まっ僕の研究にも必要なのですが…」
「ドライゼ…キミは何を?」
ウチが聞く。
「僕は、安全な銃の設計をやっています。
銃と火薬は密接に関わっていますから…ん…それは?」
ドライゼは ウチの腰に下げているリボルバーを見る。
「あ~ダメですよ。
護身用で銃を持たせて貰ってますが、残りの弾が少ないんですから…」
「本当に優秀なんですね…トニー王国って…。
なるほど フック会長が気に入る訳だ。」
「それは どーも。
さて、馬車を移動しないと…」
ウチはバギーに乗り、幌馬車を寮の横に移動させる。
「へぇちゃんと動いてますよ…しかも力がある。」
バギーを降りたウチは、皆と一緒に寮の中に入った。
「あら…意外としっかりしてますね…」
壁は火災対策の為にレンガが使われていて、窓ガラスがある事から ガラスが一般に普及している事が分かる。
入り口から中に入ると 6人テーブルがある大きな部屋に入る。
テーブルの上には 文字が書かれた羊皮紙が無造作に置かれて アルが片付けをしている。
更に奥には 暖炉が設置されている。
ここは 皆が食事をしたり集まったりするリビングか?
部屋の奥には キッチンがあるが、使用された痕跡が一切無く、埃が溜まっている。
どうやら炊事は長らくしていないようだ。
その他には 共同の大きい倉庫があり、色々な実験の素材などが無造作に置かれている…。
うわっ黒色火薬の麻の袋詰めを見つけた。
他に火打石、木炭などの燃料も積まれている。
引火すれば この部屋は 確実に吹き飛ぶ位の量だ。
なるほど…危険物の管理も ずさんと…。
確かに錬金術の知識が無いメイドが何かやらかしたら、部屋が吹き飛びかねない…。
2階には 各部屋があり、6人部屋になっている。
アルの部屋は 色々と散らかって見えるが、床に座った時に手の届く配置になっており、規則性がある。
こりゃ…物を動かすと怒るヤツだ。
続いて ドライゼ…。
ドライゼの部屋は 6本のマスケット銃が壁に掛けられているのが特徴で、ベッドの周辺や机を見ても キッチリと整頓されている。
銃の種類は火縄式…ホイールロック式…。
それに最新式のフリントロック式が各2丁ずつで、これは長年の研究の上で改良されて来たマスケット銃達になる。
その隣のワットの部屋は 机の上に置けるサイズの小型水車や、水蒸気を利用した動力機関などの試作品をコストの安い木彫りで造られている。
ワットの手先は器用見たいでナイフで、こちらに気付かず器用に木材を加工している。
そして食料備蓄庫…。
パンやチーズ、干し肉、野菜などが備蓄されていて、全部 瓶に詰められてコルク栓で締められている。
皆の部屋にも瓶があったし、ここから適当に持って行って食べている見たいだ。
「あれっでも これって…」
「ああ…瓶詰めって言うらしい。
こうすると、中の食べ物が腐らなくなるんだとか…。
確か…何だっけ?あのオッサンの名前…」
「ニコラ・アペール?」
ウチがアルに言う。
「そうアペールだ。
良く知ってるじゃねーか…。」
「だけど、店主の名前って二コラでしたっけ?
アペールさんの店は保存食の専門店で、ビンを返却すると割引してくれるんで、よく買いに行っていますね…」
ドライゼが言う。
ニコラ・アペールは 1804年にナポレオン率いるフランス政府の新しい食品貯蔵法の懸賞に応募して合格した人物で、瓶詰めの発明者とされている。
だが、今は アペールが産まれる 50年も前で、本人ではあり得ない。
と言う事は、そのアペールさんは ニコラの爺さんで、瓶詰めは アペール家に代々伝えられる保存食技術だったと言う事か?
それで 2世代掛けて、敵国であるフランスに移り住んだと…。
距離は300km程度だから 最短で半月、最長でも1ヵ月程度なので、この時代の基準で考えれば 十分に可能な距離だ。
「食べている物は パンと干し肉にピクルスですか…」
飲食店から回収したと見える色々な クズ野菜を適当に入れて塩水に浸して発酵させたピクルスは 栄養価が高い。
それに 何処かのルートで伝わったのか ドイツ生まれのキャベツを発酵させた壊血病の特効薬であるザワークラウトもある。
多少 塩分が取り過ぎの様な気もするが、栄養面では問題無い…。
イギリス人は『不味い物を平気で食べる』とか『食に重きを置かず、腹が膨れればOK』とかジョークで言われているが、少なくとも この寮では『食に無頓着』は 本当のようで、塩味と酸味が好まれている みたいだ。
「明日辺り、市場に言って みますか…。」
「あ~僕も 明日 商会に行くので、案内しますよ」
「ありがとうございます。」
さて ウチの部屋ドアを開ける。
内装は 棚とベッドがある位で、他には何も無く、長い間 使われていなかったのか埃っぽい。
ロクに掃除も していないんだろうな…。
「まずは掃除かな…」
皆が自室に戻った所で 1階の倉庫から掃除用具を持ち出し、寮の一斉清掃が終わった所で 陽が沈み、ウチはパンにピクルスと肉を挟んだサンドイッチを作り、ロウソクを照らして作業をしている研究員達の部屋に持って行く。
皆、本を読んだり、実験をしたりしながら、皿に乗せられたサンドイッチやピクルスを摘まんで食べている。
彼らは一緒に食事を取らないし、決まった食事の時間は無い見たいだ。
人である以上 食事は絶対に必要なので、美味い食事をウチが提供して胃袋を掌握してしまえば、効率良く好感度を稼げる…。
と言うのがウチの いつもの戦略なのだが…。
「食に興味を持たないって やりにくいな~」
ウチはそう言うと、自室に戻って行った。




