29 (研究者の町 ロンドン)〇
「Hello(こんにちは)…。」
外観が綺麗な服屋に入りジガは店主に挨拶をする。
「いらっしゃい…」
「乗馬用の服を作りたいのですが、頼めますか?」
「ええ、もちろんです。
私の店は貴族 御用達の店ですから…。
どのような 服がお望みですか?」
「え~乗馬用の男性服を私のサイズに合わせて調整して下さい。」
「男服…スカートがダメなのですか?」
「ええ…馬に またがるので…。」
この時代の女性の乗馬服は長いスカートで、片方向に両足を下ろす 横乗りが基本だ。
が、また がらないとバギーのシフトレバーが踏めない。
「乗馬ですか…アレは良いものです…。
分かりました…他の用途でもお使いになりますか?」
「ええ…実は私…異国からケンブリッジ大学に留学する事になりまして…。」
「え?女性で学生さんですか?」
「ええ…私の祖国では 女性も高等教育を受けられますので、国の代表として私が選ばれました。」
「なるほど…事情は分かりました。
乗馬が出来る 学生服ですね…しかも男物のデザインで…。」
「出来ますか?」
「ええ…今、絵で書き起こしますんで…」
そう言って店主は、羊皮紙に服の完成図を絵を描いて行く。
「こんな感じですかいね」
「絵が綺麗ですね…。
ですが…そうですね…ここを こうして貰って…こんな感じで…。」
店主の描いたデザインが スーツぽかったので、デザインを少し加えて、ノーネクタイのスーツぽくして見た。
このデザインは19世紀の物で、100年ほど先取りしたファッションだ。
「ありがとうございます…生地は こちらです。
ここからお選びください。」
「ありがとう…それでは、これで…」
生地の目は全部 細かく綺麗にそろっていて 流石 貴族 御用達と言った所だろう。
これを手動の織り機でやるとなると相当な労力になる はずだ。
色の数も この時代にしては多く、ここが良店だと言う事が一目で分かる。
その中で ウチは 黒っぽい生地を選ぶ…。
「最後に寸法ですね…アイシャ!」
「はい 寸法ですね…こちらの部屋に どうぞ」
ウチが別室に入り、パイロットスーツを脱いで下着姿になり アイシャに渡す。
周りを見ると編みかけの布が入ってる機織り機があり、あの布はアイシャが作っている事が分かる。
「見た事のない服ですね…それに下着も…。
それに このローブ…素材は何なのでしょう?」
服をハンガーラックに掛けながら アイシャが言う。
「グラスウール…。
ガラスの糸を編み込んだ物です。
防水性に優れた素材です。」
「ガラスが服に変わるなんて聞いた事もありません。
外国には もっと色々な服があるのですね…私ももっと見て見たいです。
はい 動かないで下さい…測りますね」
アイシャにメジャーで身体の寸法を測って貰う。
「はい…お疲れさまでした。」
寸法が測り終わり、ウチは再度パイロットスーツを着てポンチョを被り、店頭に出る。
「それで、おいくらに なりますか?」
「え~と、この金額になりますね…」
店主がウチにそろばんを見せる。
その値段は 中級階層の労働者の1ヶ月分の給料に相当して かなり高い。
が、服のサイズ規格化や工業機械の導入が始まる 50年ほど前なので、今は 1着ずつ注文を受けて布から服を作って行く完全 オーダーメイド方式の 手作業なので、それだけの金が掛かる…十分に適正金額だ。
ウチは先払いで 支払いを終える。
「それで、何日掛かりますか?」
「7日程 ですね…学校は 間に合いますか?」
「ええ…8月の最初に到着する予定になっていますので…。
それでは7日後…また」
「ええ…「ありがとう ございました。」」
店主とアイシャが言い、ウチは服屋を後にした。
「さて…1週間如何するか…。」
この時代の大衆娯楽と言えば 酒とギャンブル…性風俗 位で、あまり楽しめる所は無い。
と言うより、機械化の導入が無く 皆手作業で仕事をしている為、娯楽が発展する為に必要な『暇』を確保出来ない。
まぁその金持ちが暇を持て余して研究していた錬金術が のちの科学になる自然哲学や錬金術になる訳だが…。
「まっ見る所が無いけど観光かな…」
幌馬車に乗り、町を低速で走る…。
町の建物は 芸術性を感じる煉瓦や石造りの建物が並び、木造建築が無い。
これは、パン屋からの出火が原因で燃え広がり、4日に渡って木造のロンドンの町を焼き尽くした『ロンドン大火』の影響で、木造建築が禁止されているからだ。
まぁ住民にとっては災難だったが、当時大流行していた致死率の高い伝染病…黒死病も、この火事の熱で殺菌され、被害が止まったと されている。
さて、ロンドン大火の後の再建計画には、ケンブリッジ大学の研究員の集まりである『王立協会』が全力で支援し、その中には ロバート・フックやアイザック・ニュートンなどの偉人達も参加している。
その為、建築家や芸術家の参入でロンドンの建物が美しくなり、フックが都市が再整備した事により、狭かった道幅が広がり ウチの幌馬車も普通に通れている。
更に周辺には黒死病の原因であるネズミなどの大規模な げっ歯類の駆除が行われ、周辺にネズミなどの姿が見えない。
衛生面では 一応 石鹸が普及しているので、通りかかる住民は 多少臭いが気になる程度まで、改善されて来ている。
が、まだまだ 石鹸は高価で、一番不衛生で 石鹸が必要な低所得者は 高すぎて行き渡らない。
なので、低所得者が住む スラム街に行くと衛生環境が飛躍的に悪化する。
服は何度も店に売られた中古品のボロ布に代わり、身体は酷く汚れ、見るからに不衛生で治安も悪く ネズミもいる。
次の黒死病は ここで発生するかもしれない。
幸い ここの治安が悪いからか 一般人の立ち入りが無いので、大規模な集団感染は ある程度避けられるだろうが…。
と言った所だ。
「そろそろマズイな…」
ウチはヒューマノイドなので 感染とは無縁だが、また襲われて 死人が増えても面倒だ。
ウチは幌馬車を進ませ、スラム街を離れた。
1週間後。
「お似合いですね…」
「ありがと」
ウチは 新しい黒いスーツを着て言う。
これでそれっぽくなったか…。
幌馬車の中には、市場で掘り出し物として売られていた1回売られた中古品の私服が入っており、当然 これも男物だ。
「それでは…」
「それが アナタの馬ですかい…。
お客さん…立派な学者になって、ロンドンをもっと豊かにしてくれると助かります。」
「ええ…そうだ 私の名前はジガです。
今後 服の関係の相談は こちらを頼る事になります。
こちらの国には 私の人脈は まだ少ないので…。」
「ジガさんですね…覚えました。
今後とも 当店をよろしくお願いします。」
「はい よろしくお願いします。」
私達は契約の握手をして バギーに乗り、馬車に見えるような 低速で動かし、ケンブリッジ大学に向けて向かって行った。




