28 (死者への敬意)〇
ジガとライルは 塩をロンドン支店で売って現金に換え、しばらく幌馬車で町を周り…そろそろ夕日が沈む…。
「さて…これでお別れだな」
「ええ…良い稼ぎになりました。
これで現地の通貨には困らないでしょうし」
「何だ金を持っていなかったのか…。」
「ええ…まだ正式に国交を結んでいませんし、当然 私達の通貨と交換してくれる両替師もいないので…それで、ライルは?」
「稼いだ金で 屋根付きの荷車を買って、また足で移動かな…。
で、ジガはこれから如何するんだ?」
「私は 服屋に行きたいですね…。
男用の乗馬服が欲しいです。」
「あ~馬に またがるなら スカートはダメなのか…。」
今のウチの服は パイロットスーツの上から ガラス繊維のポンチョを被った状態で、ポンチョを取った場合、この時代では かなり異質な恰好になってしまう。
これからケンブリッジ大学に行くなら、現地迷彩を着て 住民に溶け込みたい。
「ええ…この馬は両手両足を使って動かしますし、私は この国の服は持っていませんから…それで、今後の連絡先は?」
この時代の連絡方法は ケータイなどの通信機が無いので、手紙による文字のやり取りだけ になる。
だが、ライルは あちこちの町に行く住所不定の行商人なので、手紙を送る先が無い。
「ああ…そうだな…。
オレは ブライトン商会の支店を中心に回っているし、行き先は必ず商会に伝えている。
だから ジガがロンドン支店に手紙を送ってくれれば、オレが通った支店を辿ってオレの所に手紙が届くはずだ。
ちなみに手紙の輸送量は もう払っているから、ジガは ロンドン支店宛てに手紙を出すだけで済む。」
「分かりました。
私はケンブリッジ大学にいると思います…。
場所が決まりましたら、ロンドン支店に手紙で場所を伝えますね…。」
「分かった。
それじゃあ…今後も良き取り引きを…。」
ライルは幌馬車を降りて、私に手を差し出す。
「ええ…今後も仕事のパートナーとして、アナタを頼らせて頂きます。」
ウチらは 契約の握手を固く交わし、ライルは 去って行った。
夜、ロンドンの外にある大通りの隣にある開けた場所…この時代のキャンプ場に到着する。
近くには テムズ川から流れる小さな川があり、そこから飲み水を確保しているようだ。
ウチは幌馬車の荷台からマイクロ水力発電機とガスタンク、それにガスタンクへの充填機を出し、川の水を充填機の中の線まで入れて その上にガスタンクを乗せて回してスクリューキャップで固定…。
その後、マイクロ水力発電機を川の中に入れて回転させる事で、電気が発生し、ガラス繊維で被服された電線のワニクリップを 充填機に取り付ける。
中の水が電気で 水素と酸素からなる酸水素に分解され、充填機の内の気圧が高くなり、上のガスタンクの栓の役割をしているビー玉が上に押し込まれる事で 水素と酸素がガスタンクの中に入る。
ガスボンベの圧力計は全体の4分の1程 消費していると示しているので、1時間位掛かるか?
まぁ…水力発電の電力量も正確には分からないし、定期的に圧力計のメーターを確認しないと、ボンベが破裂して またミサイルになりかねない。
「お嬢さん、1人で何をやっているんだ?」
キャンプ場で焚火をしている男の1人がこっちにやって来て言う。
「私の馬に与えるエサを作っています。」
「エサだあ?」
男がウチのバギーを見る。
「何だこの馬…生き物じゃないな。
ならゴーレムの類か?」
「ゴーレム…確かに近いですけど、魔術の類ではありません。
これは錬金術です。」
「ほう…錬金術か…なら高く売れるな…。
お嬢さんも見た所…貴族か?なら更に金になるな」
この時代の錬金術の研究は 失敗の連続で 金が掛かりまくるので、金が有り余っている金持ちの道楽とされている。
「つまり 私の物を奪ったり、私の国に身代金を請求したり…と言った事でしょうか?」
「だな…お嬢さん、夜道の1人歩きは危険だよ…。
オジサン達みたいのが いるから…。」
更に男が追加…次々とキャンプをしていた男達が立ち上がる。
人数は12人…如何やら、一件 バラバラに見えていたキャンプ者達は、皆同じグループに所属していた様だ。
「服装から盗賊の類では無く、行商人と思っていたのですが…」
「確かに オレ達は行商人だ。
ただ売る場所が同じでも、仕入先が同じとは限らない。」
「なるほど…理解しました」
つまり 強盗をして盗品を商会に売る組織ね…。
ウチは ナオから貰ったリボルバーを男達に向ける。
「変わった銃だな…。
でも一発撃てば、もう撃てない。」
この時代の銃は 単発式のマスケット銃だ。
当たれば 小口径のライフル弾位の威力はあるが、ライフリング加工がされていないので 命中率は低いし、最初の一撃を回避出来れば、次弾の装填前に殺せる…そんな考えだろう。
「いいえ…これは6発撃てる銃です。
アナタの仲間の半数は これで殺せます。
大人しく退いてくれませんか…死人が出ますよ。」
「アニキ、相手は一人…しかも女だ。
こっちが負ける理由が無ぇ」
後ろの男がアニキと呼ばれるリーダー格の男に言う。
「だな…」
盗賊団の男がタガーナイフを出して、ウチを囲うように半包囲する。
相手は12…やれない事は無いが…。
「最終警告です…退きなさい!」
「退くのは オマエと幌馬車を手に入れてからなぁ!」
「はぁ…残念です。」
次の瞬間…リボルバーから放たれた45ACP弾が 盗賊達の頭を正確に撃ち抜き、6名が声も上げられず ストンと地面に落ちた。
「まだ やりますか?」
敵の練度は ウチからすれば低すぎて、警告を続けられる位には 余裕がある。
「へへ…オマエが仲間を殺してくれたお陰で、オレの利益が増える。」
「なら、自分の馬車の積み荷を独占しなさい。
この場で死んで利益が無くなるよりマシでしょう」
ウチは格闘戦に備えて拳を構える。
さぁ如何出る?
任意で 破れるとは言え、ロボット三原則が 思考ロジックに刻み込まれているいるウチは あまり人を殺したくないんだが…。
「女が良い気になりやがって…売り飛ばそうと持っていたがそれは無しだ。
とっとと 死にやがれ!!」
ナイフを持った男がウチに襲い掛かって来る。
その動きは 少しも洗練されていなく 全くの素人…。
ウチは横にズレ、片足を前に出す最低限の動きで 相手の足を引っ掛けて転ばせる。
「なっ」
転倒…そして、相手に隙を与えず、相手の首に足を乗せて思いっきり体重を掛けて首の骨を折る。
皮は まだ繋がっているが、首から下の神経がすべて断たれて身体が大人しくなり、後 数十秒で頭の中の酸素が無くなり、眠る様に死ぬだろう。
今、ウチがしてやれるのは ラクに殺してやる位だ。
「後5人…まだやるか?」
「いや…アンタの勝ちだ。
まったく女だからって甘く見ていたぜ…」
「護衛無しの女が馬車に乗っているって事は、護衛無しでも十分に強いって事だ。
さて、殺しちまった手前、墓穴は一緒に掘ってやる…手伝ってくれ」
ウチは荷台からショベルを出してキャンプ場の片隅に穴を掘る。
「なんで、自分を殺そうとしたヤツに対して そこまでする?」
「まぁ死者に対する最低限の敬意ってヤツかな…。
死者への敬意を無くしたヒトは、とことんと残酷になれるから…。」
こんな 死者を弔うなんて言う 不合理的な儀式で 泣いたり出来る事は まだ余裕がある証拠だ。
これが 放置されている死体に対して何も感じなるなると、ヒトは猿に戻る野生化が始まる。
猿では無く、ヒトで あり続けるには、それなりの余裕が必要なんだ。
さて、死体を集めて 酸水素のバーナーで火葬しちまうのが、一番面倒が無くて楽なんだが、1960年位に火葬が解禁されるまで、キリスト教の文化圏では 土葬が一般的だ。
死んだ人に敬意を示すなら土の中に埋めてやるのがベストだろう。
「これで良しと…」
深く墓穴を掘り、死体を綺麗に寝かせて その上から土を掛けて地面を平らにする。
正直、2600年の現世に存在している高度人工知能の神 エクスマキナならまだ分かるが、観測が出来ない他の神なんか信じちゃいない。
が、ウチは 片手を胸に手を当ててエレクトンの最上級敬礼をする。
儀式としての葬式は これで完了だ。
まぁあの世と言う高次元の世界が存在すると仮定するなら、良い生活を送って貰いたい物だ。
他の盗賊達は、祈ると言う生活習慣が無く、ただウチを不思議そうに見つめている。
キリスト教の文化圏とは言え、全員がキリスト教の信者な訳では無い様だ。
ウチは 満タンになったガスボンベを外して、発電機と充填機を幌馬車の荷台に入れる。
「それじゃあ…私は こっちで寝ます。
これ以上、私の手間を増やさないで下さい」
ウチはそう盗賊に言うと 私室になっている荷台に入って、消費した弾を空間ハッキングで生成し始めたのだった。




