26 (大学生にウチはなる)〇
春が終わり、1701年初夏…。
小麦の収穫が終わり、万能食品 ソイフードの製造ラインが完成し、大量生産が始まった。
これで食事のバリエーションが増やせるし、料理が工場で生産出来るようになる。
これで、ジガは 当分 必要無くなる。
学校の先生も集めたし、風呂屋は ユフィに任せておけば大丈夫だ。
ウチは荷物をまとめて バギーで引く幌馬車に乗せ、陽が沈んだ所で、ナオ達が集まる冒険者ギルドに向かった。
「よっ…」
ナオとクオリアとクラウドにロウの4人で、テーブル席に座っている所で、リュックサックを担いだ ジガがやって来る。
「荷物?旅行か?…ならヒツジの土産を頼む。」
ジガはレトロ文化が好きだから、過去に戻れると言う一度しか無い この機会に過去の世界を満喫したいのだろう。
だったら 今、この国に無いヒツジを手に入れて、乳製品と羽毛が入手出来れば、食や服のバリエーションも増える。
「いや…必要なら すぐに買って来るけど…。
数年間は いなくなるかな」
「何処に行くんだ?」
「イギリスのケンブリッジ大学で大学生になろうかと…。」
「ニュートンか?」
アイザック・ニュートン…。
万有引力や光の粒子説で有名の現代の基礎科学を発明した人物だ。
「いや…フックの方かな…。
フックは1703年に死ぬから 後2年しかない。
ニュートンが フックの研究資料を焼く前に それを回収する」
「分かった…。
とは言え、大学に入れるのか?」
「テストだったら問題無くクリア出来るし、学費も稼げる…」
「いやいやいや…。
いくらジガが頭が良くて 金を持っていたとしても、女性研究者が まともに評価される訳 無いだろう。」
この時代のイギリスは、女は育児と家事さえ出来れば良いと言う考えで、しかも 女は高等教育が受けられない男尊女卑社会 なので、女が学者になる事は まずない。
更に優秀な論文でも書こうとするなら、握りつぶされて自分の研究として盗用される可能性すらある。
『将来の子供の能力が決まってしまう子育てこそ、高度な教養が必要』と言う理由で 女性をメインに教育を行っているトニー王国とは根本的に価値観が違う。
しかも、一番厄介なのは あのニュートンだ。
彼の研究は 科学の基礎を作って科学の発展を50年進めたと言うが、彼は優秀な研究者を妨害し続け、彼の間違った理論は、宗教の様に残り続けて 科学の発展を100年停滞させたと言われている。
彼は 自分の理論は正しく、反論は 全部 自分の理論で論破出来ると考え、相手が自分の考えを正しいと認めるまで議論し続け、自分が反論 出来無くっても 落ち度を認めず、相手のネガキャンに走って社会的信用を落としに掛かる。
なので、ニュートンに潰された 研究者が死後、再評価されて偉人となる事例は かなり多い。
しかも 今のニュートンは、ロバート・フックの死後に、彼の資料や実験機材や肖像画を廃棄して 更にネガキャンの為の本を出版する少し前の一番ヤバイ時期だ。
歴史の偉人だからと言う理由で会うには 非常にリスクが高い。
「入学 出来るなら それだけで良い。
この時代なら 色々と抜け道はあるからな…。
それに、私の研究成果が闇に葬られるなら、歴史改変のリスクも少なくて済む。
ウチがやりたいのは『ニュートンに量子力学』を理解させる事だからな…」
「つまり、ニュートンの光の粒子説とフックの波動説の融合か…。
あの自分の説を曲げないニュートンに宿敵のフックの理論を認めさせるなんて相当な物だぞ」
「分かってる…。
でも、それをやりたいんだ。
ニュートンが神聖視されたせいで、この後の学会が硬直するからな。
ウチは もっと科学は自由で あるべきだと 思っている。」
「異端審問に掛けられ無いと良いんだがな…。
分かった…これを使ってくれ…」
オレは お守りに使っている6発式のリボルバーをホルスターごとジガに渡す。
無煙火薬が出来るのは 後100年後 位だが、リボルバーなら現地の黒色火薬を入れても問題無く機能する。
ジガの事だ 雷酸水銀さえ 手に入れば、銃弾の自作も出来るだろう。
「別に銃なんて…良いのか?」
「そりゃジガなら普通に殴り殺せるだろうが、相手からは 生身として見られるんだ。
大人の女性が 非武装で他国に乗り込んだら不自然だろう。
それと場所さえ言わないなら トニー王国の名前を使っても良い。
外交官とか留学生とか色々な立場を作れるだろう」
「やけに協力的だな」
「まぁな…オレも会って見たい人がいるし、しかも第二次世界大戦の時だから、オレは戦争に参加できない。
だから その時はジガの方から協力して貰うよ…」
「分かった。
それじゃあ行って来る。
夜の間にイギリスに入りたいしな…」
皆で冒険者ギルドの外に出ると、そこには バギーとガラス繊維の布の屋根を取り付けたリアカーが積まれていて、馬役のバギーに かなりの違和感が出ているが、全体的なデザインは幌馬車に似せてある。
中を見て見ると 小型黒鉛炉、ガスタンク、ガスコンロ、ライムライト、それに 水を電気分解してタンクに供給する充填機…。
これで時間が掛かるが、水流がある川さえあれば、燃料補給が可能だ。
その他には いくつかの鋳造用の型にビーカーや薬品などの実験器具。
メチルアルコールランプに 現地の通貨と交換出来る ダイヤモンドの宝石ぽくカットした クリスタルガラスの宝石。
後は 寝袋もメインとサブの2袋あり、色々詰め込んだせいで かなり狭くなっているが、この中で寝泊まりする事を想定している様だ。
「それじゃあ行って来る」
ジガがバギーに乗り込んで言う。
アレ?ファントムを使わないのか?
そう思った瞬間、幌馬車が量子光で包まれ、車体が浮かび上がる。
空間ハッキング…空間内の量子情報を書き換える事で起こせる科学の魔法だ。
ジガの背中のリュックサックが光っている事から、ファントムのキューブを使って この現象を起こしている事が分かる。
冒険者ギルドの中にいた人達も この奇跡を見る為に外に出て来て ジガが乗る幌馬車を見上げる。
住民達は オレ達が行う奇跡なんて見慣れているので、そこまで驚いていない。
星空の暗闇に緑色の光が上がって行き、十分に高度が取れた所で一気に速度を出して進み、見えなくなった。




