25 (衣食足りて礼節を知る)〇
6月…。
小麦とニンニク、テングサの収穫が終わり、ソイフードの素材が全部 手に入った。
後は毎年、これらを畑で育てて行けば、取りあえずは大丈夫だ。
「それじゃあソイフードを作るぞ」
農業を専門としている食料生産部門の人達を呼び、ハルミがソイフードの作り方を教えている。
この部門は、これから暇な時は 食品加工の仕事もやって貰う事になるだろう…その為の教育だ。
「まずは テングサからだ。
色が抜けるまで干しておいた テングサを、大鍋に大量の水を張って洗い、30分程付けて置く。
その後 水と熱湯と入れ代えて 大鍋でじっくりと30分程 煮込む…。」
これは簡単で、寒天チームが それぞれの大鍋にテングサを入れて煮込んでいる。
「さて、次はニンニクだ フライパンで 火を通し、すり潰して ガーリックペーストにする。」
この作業をやっているのは、もう1チームのガーリック組で次々とニンニクを潰してペーストにしている。
「よし、そろそろだな…良い感じ。
30分経ったテングサは 融けて液体ぽくなり、それを 竹のザルで漉して、完全な液体にする。
これが寒天だ。
それじゃあ 寒天とニンニクを冷めない内に容器に入れるぞ…」
大量に出来た寒天とニンニクを 別々の容器に入れて バギーの荷台に積み、冒険者ギルドの隣の冷凍庫に入れる。
これで凍るまで6時間入れておき、氷漬けになった これらを減圧室に入れて、更に1日待つ。
「よーし、出来たぞ…」
ハルミがフリーズドライ加工された、大豆、ニンニク、寒天、砂糖…それに塩を積んで、料理教室の再開だ。
パサパサになった、寒天とニンニクを皆で粉にする…。
これで 粉寒天とガーリックパウダーが完成した。
さて、秋に収穫した粉大豆と砂糖を持って来て準備完了。
「後は分量を正確に測って入れるだけだ。」
大きな袋の中に、粉大豆5、ガーリックパウダー1、粉寒天1、砂糖、塩などの味覚剤1の割合で粉を配合する。
それを摘めるサイズの長方形のガラス製のショートブレッドの型に入れ、その後から 融かしたウサギの脂2を型に入れて混ぜ込み、後は窯で焼くだけだ。
ブレンドした ペーストが こんがり焼けた所で 窯から出し、型から取り外せば、ソイフードのショートブレッドの完成だ。
「よし…良い感じに焼けたな。
皆、1本食べて良いぞ…」
皆が食べ始める。
「うん普通に美味しい…」
「私は砂糖が足りないかな」
各自がお好みで砂糖をまぶして 食べている。
「これはプレーンだし、味は これからかな…。
フルーツなんかの果汁を混ぜれば、結構なバリエーションを作れるだろうな」
ソイフードの材料は、大豆、脂、ニンニク、寒天、砂糖、塩…。
大豆は 加工が容易の為、主成分にした場合 麺類やパンなどの麦製品や米も再現も可能になる。
脂の目的は カロリーで、人間の活動に必要なエネルギーを与えてくれる。
ニンニクは、栄養価が高い万能素材で、昔は薬として使われていた事もあり、栄養剤の枠として これ以上適任の素材は無い。
寒天の役割は腹持ち…。
食物繊維を大量に含んでおり、胃の中で膨らむ事で少量でも満腹感が得られ、更に便秘の解消などの整腸作用がある。
最後に砂糖と塩…。
これは、味を担当しているので 色々な味の調合をする事で食品のバリエーションを増やす事が出来る。
「はいはい…2本目はダメ。
ちゃんと袋詰めして行くよ…。」
ガラス繊維の袋にショートブレッドを2本入れて、袋を折り畳み、紐でしっかりと結んで行く。
このショートブレッドは 2本で1食分の栄養が取れる優れ物で、ブレンドした粉を油で固めるだけの為、大量生産が可能で 生産コストも安く出来るし、味覚剤を変えれば味の変更も容易だ。
更に 軽くて かさ張らないので、物資輸送や兵士の携行にも優しく、兵站への負担も最小限で済む。
難点としては、他の国のレーションと比べて 代わり映えが無い為、飽きやすく、ジャムを使った味変を入れても 1~2週間位の連食が限界とされる。
とは言え、多少 補給線がやられたとしても 飽きつつ文句を言いつつも 取りあえず食事が出来るので、軍隊で一番やっていは 行けない餓死者を 防げる。
これを怠ると、第二次世界大戦の日本軍の様に、軍の戦死者の半数が餓死と言う 一番不名誉な戦死が待っている。
そうなれば、いくら軍の崇高な目的があろうとも、人は野生化した猿に戻ってしまい…理性を失う。
野生化した兵士は、不必要な暴力、強姦、略奪が始まり、最後に敵兵の肉を食べ始める。
衛生兵として、人を助けるヒトとして、もう あんな野生化した人は見たくない。
だから、私は 真っ先に携行食料であるショートブレッドを作った。
取りあえず腹が満たされれば、余裕が生まれて理性で物事を考えられる様になる。
人がちゃんと人らしく物事を考える為には、相当なエネルギーが必要なんだ。
「おっ出来たか」
夜、冒険者ギルドで ナオとクオリア クラウドとロウが 食事をしていると、ハルミ達が大量のショートブレッドを持って やって来た。
多分、試食品だろう。
これが出来たと言う事は、後は 加工次第で、いろんな料理が作れる。
「何と言うか…。
フリーズドライの時もそうだったけど、豪華さが無いんだよな。
丸一年 時間を掛けて 作った物が 堅パンなんだから…」
ロウの隣に座ってショートブレッドを見ているクラウドが残念そうに言う。
「熱量も栄養もこれだけで 十分。
って言っても この時代に栄養学はないか…。
まぁ日持ちする携行食料なんだが、1つ食べてみ」
ハルミがショートブレッドを取り出してクラウドとロウが一口食べる。
サクッ…。
「ほう…普通に美味いし、柔らかい…。
堅パンとは 大違いだ。」
「鉄板?」
クラウドの言葉にハルミが聞き返す。
「この時代の長期航海で使われるビスケットの保存食。
めっちゃ堅いから そう呼ばれている。
ポケットにビスケットを入れておいたら、マスケット銃の弾から身を守ってくれたなんて逸話もある位だ。
相当に堅いんだろうな…」
オレがロウを見ながら言う。
ロウは 前に食べた事がある為、食べ慣れた様な反応だ。
「でも、これなら普通に食べられる。
船の中でも1ヵ月位は 食べてられそうだ。
それで、これはどの位 持つのか?」
「ああ…ちゃんと袋に入れれば、常温でも3年は普通に持つかな…。」
「そんなにか…」
「えーと 食べ物の中には 物凄く小さい生き物がいて、それが繁殖して増えると物が腐るんだ。
これを腐敗菌と呼ぶんだが、食べ物を加工して コイツの繁殖をひたすら邪魔してやったのが、日持ちする食品だな。
具体的には 過熱して殺すか、腐敗菌が食べる 水を抜くか、後は 水に塩を混ぜれば 食べにくくなって繁殖を抑えられる」
「何だ 当たり前の事じゃないか…」
「でも理屈は知らなかっただろう。
クラウド達は それを経験則でやってたと言う事だ。」
「なるほど…魔法に見えても、元を辿れば簡単なんだな…」
「まぁ過去だろうが未来だろうが、物理法則は一緒だしね…」
ハルミがそう言い 皆にショートブレッドを配り始め、味の改善が必要であるとの事だが、皆には そこそこ好評だった。




