23 (Hello World-ハローワールド-)〇
実りの秋が過ぎて冬になる…。
ナオ達は、春から夏までに文明を一気に急成長させて、第二産業革命中盤まで上がって行った。
第一産業革命の定義はいくつかあるが、農耕の発展、布や服を大量生産する道具の開発、馬などを使った高速運搬方法の確立、そして 資本経済の成立だ。
これにより、肥よくな土地をわざわざ、戦争をして奪わなくても肥料を使って土地を豊かに出来るので、文明のリセットが掛かる 要因の1つが 減り、乗り物の一般化により、世界が狭くなって 物流が活発になり、商売の活発化する事によって誰もが豊かになれる。
で、その次の第二次産業革命は、木材を卒業して 石油や電気などを使って物を大量生産出来るようにし、映画や蓄音機などの娯楽の増加、内燃機関の開発が主だ。
特に 文明のリセットの要因には、森を切り倒して禿山にしてしまい、燃料が無くなって生活基盤が崩壊してしまうと言った理由が多く、オレ達は燃料の枯渇が無い様に、最短で電気と燃料に使える酸水素を作りに行った。
これで 100年程 短縮になったはずだ。
ただ、娯楽の普及や船や飛行機の開発などの発展には時間が掛かり、ここら辺がスタートダッシュの限界となる。
今までは『取りあえず 素材が出来れば良い』と 最速で作って行った機械達の品質を上げて 安全に精度の向上させる事が 今後の課題となって来るだろう。
船も航空機も 安定した精密部品が必須だからな。
そして冬の中盤、1月…この極寒の地で2人の新たな命が生まれようとしていた。
外が雪の為だが 室内の工場は生きていて、ガソリンエンジン…。
いや酸水素エンジンを量産中…。
スターリンエンジンを使った性能の悪いバギーで雪道を移動する事は自殺行為の為、この機会に バギーをスターリンエンジンから酸水素エンジンに交換するアップデート作業に入っている。
つまり、バギーを使う 輸送部隊や工事部隊は休業状態で、皆が量産化された スターリング暖房を入れた冒険者ギルドに集まって来て、トランプなどのゲームで遊んでいる…。
雨天以外の決まった休みが無い、労働者達の実質の長期休暇だ。
川が凍結して マイクロ水力発電機が停止し、暖房が使えなくなる事も考えて、ガスタンクも大量に備蓄していたが、川を見る限り 問題 無く流れている。
アトランティス村の住人に聞いて みると、如何やら凍結するまえに水が流されてしまうので凍らない見たいだ。
そんな訳で書類作業をしつつも、ナオ達は比較的 暇だったりする。
「女の子…未熟児です」
保育院の女性保育士が 新しい命が生まれた一報を冒険者ギルドに届ける。
が、村人の大半が浮かない顔をしている。
「ほら…新しい、村人が生まれたんだ祝おうぜ。
まだ酒は無いけど、一人一杯おごるよ…。」
オレが陽気に皆に言う。
「なぁこれから死ぬ命に、何を祝えば良いんだ?
未熟児は劣った血を持ち、人としては不完全な状態だ。
絶対に生き残れない」
クラウドが言う。
「あ~えーと、その女の子の体重は?」
「1250gです。」
「なら、大丈夫だな…十分生きられる。」
「本当に大丈夫なのか?」
「ああ…1㎏越えていれば 大丈夫。
例え、その子がクラウドが言う劣った血だとしてもな…。」
優勢思想か…別にその価値観自体を否定する気は無い。
劣った個体を淘汰して優秀な環境に適応した個体が子孫を残して生き残る…生物の進化の基本だ。
だが、DNA検査もしていないと言うのに あの子が劣っていると言うのは 客観的な証明がない。
「未熟児が劣っていると主張するなら、10年間、同年代の子供と比較検証して見ないと 結果が出ない。
今 決めつけで、結論を出すのが一番マズイ事になるな…。」
オレは倫理的にでは無く、学者の視点でクラウドに そう言うのだった。
「は~い、頭は出たよ もう少しだ頑張れ…」
ハルミが保育院の2階の滅菌室で 妊婦から子供を取り上げ、産声が上がる。
「はいHello World…。
ようこそ、この世界へ…私は あなたを歓迎するよ お嬢さん…。」
私は新生児に必ず言っている言葉を紡ぎ、随分と軽いお嬢さんのへその緒を切断して、抱きかかえ、喜びの表情を浮かべている母親に見せる。
が、一気に表情が曇る…。
「未熟児…」
母親が言う。
アトランティス村での未熟児は、ほぼ確実に死ぬ。
理由は 色々とあるが、大きく分けて3つ。
1つ目、病気への耐性が低い状態で感染症を起こして死ぬ衛生問題。
2つ目、産まれた時の気温の問題で、寒すぎれば身体が発熱して体温を維持し、暑すぎれば、身体の冷却の為に汗をかく。
しかも、皮下脂肪な少ない新生児は外の温度の影響を受けやすいので、体温の維持に膨大な体力を使い、衰弱死してしまう。
そして3つ目、この1と2を経験則とし、未熟児は生きられないと判断され、遺伝子的に劣った不完全な子供として殺される。
残酷かもしれないが 医療技術が発展していない この時代では、普通の事だ。
むしろ私達、医師がこう言った欠陥を抱えている子を救ってしまうので、この子達が子孫を残して、結局、人の生物的進化を阻害してしまう。
だが、私はそれが間違いだとは思わない。
何故なら、人は猿が科学や道具で自分を強化した種族であり、道具の進化で十分にカバー出来るからだ。
「ほら、ちゃんと見て見ろ。
この娘は こんなに小さい身体でも ちゃんと生きようとしている。
ただ、少しせっかちで腹から早く出て来た だけだ。」
そう、早く出て来ただけ…。
そもそも 健康優良児まで新生児が大きくなった場合、頭が引っかかる難産になりやすく、母体に多大な負担が掛かる。
その為、現代医療では あえて負担が少ない 未熟児の状態で産んで貰い人工子宮で適正体重である3㎏程度まで育てるのが普通だ。
なので、調整された人類であるネオテニーアジャストは、全員が1.5㎏程度の未熟児出産で、保育器が無いと種族が絶滅する欠陥があるし、ロウなんかの獣人は、保育器が使えない環境を想定されている為、腹に育児嚢があり、産まれた500gの超未熟児を腹の袋の中に入れて育てる。
私はお嬢さんを ぬるま湯の産湯に付けて、綺麗に洗う。
持ち上げた感覚で確実に1㎏は以上だと分かる。
500g以下だった場合、今の保育器では難しい為、ロウの育児嚢を借りる事になっただろうが、今回は大丈夫のようだ。
私は 大きなキャスター付きの台に載せられた 両開きの棚の扉を開き、棚の上段にある竹のコットンで作ったタオルの上に彼女を乗せる。
下段には ぬるま湯が入っており、それを メチルアルコールランプで温度を一定に保温している。
私は扉を閉じて転落防止の為に扉をロック…。
扉の向こうに設置されている温度計を見て 規定温度の範囲に収まっている事を確認して、壁際まで押して行く…。
私は 手早く部屋を消毒して行き、シーツを新しく交換して母親をベッドに寝かせる。
後は泣いたら母親の母乳を飲ませ、その度にタオルを交換して行けば 大丈夫だ。
私は、産まれた子供の情報を待ち望んでいる下の階の保育士達に状況を伝え、保育器の監視の交代を頼む。
この為の訓練も保育器を作った秋から徹底的に始めていたので、保育器に入れてしまえば 十分にやれるだろう…。
私は産まれてくる子供の為にあえて保育院の隣に作った診療所 兼 研究所に戻って行った。