16 (共存個体)〇
冒険者ギルド。
「うわっ…当たりだよ…。
炭化珪素…自然界では まず存在しない物質だ。
ワームの細胞だ。」
熊型ワームの検視をしているジガが言う。
「まずは、電流の確認…電気が無ければ量子通信も繋がらない。
それと 四肢と首の切断…。
これで再起動したとしても動けなくなる。」
ウチが応急処置が終わって帰って来たハルミに言い、チェーンソーを回して 熊型ワームの四肢と首を切断する。
熊型ワームの身体の中は 臓器が無く、砂粒程度の炭化珪素で 構成された 移動能力のある演算素子『コンピュートロニウム』が 身体の中にギッシリと集まっていて、これが動く事により様々な役割を持たせる事が出来る。
つまり全身が脳で出来ている炭化珪素 生命体で、皮膚や筋肉は 本物の熊を忠実に再現している。
「電流の消失を確認した…コイツは死んでいる。
ただ、電気を入れると再起動する可能性がある…気を付けてくれ。」
「分かっている。」
ウチの言葉に ハルミがそう言うと、更に詳細に調べ始めた。
熊の解剖に時間が掛かるとの事で、ナオはトミーに報告を入れて クラウド商会の従業員の怪我の状態を確認し、終わったオレ達は冒険者ギルドで 今回の対策案をクオリアと検討しながら結果を待っている。
「おっ来た来た」
オレが そう言い、ジガ、ハルミ、クラウドと合流し、オレとクオリアが座っているテーブル席に着く。
「ワームだった。」
「やっぱりな…。」
ジガがオレに解析データを量子通信で渡し、オレはそのデータを開いて、流し見をする。
書かれている事は おおよそ 予想通りだ。
「それでワームって何なんだ?
まさかミミズって訳じゃないんだろ」
この中で唯一ワームを知らないクラウドが言う。
「まぁ最強生物ってだけじゃ納得しないのは分かるんだが…どう説明するか…。
この時代、進化論も まだ無いだろうし…説明が難しいな。」
「確かにな…なぁ天地創造は知っているか?」
オレが説明に悩んでいるとキリスト教 文化圏に住んでいたハルミがクラウドに聞く。
「ああ…神が6日間で 大地と生物を作り、7日目は 休んだ。
と言ったヤツだろう。」
「そう、でも神様の時間の感覚は長くてな…6日目まで46億年も掛かっているんだよな…。
で、今の人類、ホモサピエンスが 生まれたのが25万年前…。
その前の人類は 猿人と言われる猿だった訳だ。
文字や農耕、武器、土器なんかの今の一般的な生活になったのが、5000年前…。
その後は一時的に進んだ文明も あったけど、大体、戦争で滅ぼされて技術が消失しながら、生活形態はあまり変わらず今になると。
まぁここから300年の成長スピードが ヤバイんだけど…」
「アンタ達を見れば、もう魔術師としか見えないからな…。
教会に見つかったら魔女裁判に掛けられるんじゃないか?」
「まぁそう言う名目で、画期的な発明をした天才達を異端審問に掛けて殺しちまうから いつになっても文明が 発展しないんだよな。」
クラウドが言い、オレが返す。
「で、そんな感じで猿から今の人に変わって行った訳だけど、ワームに関しては この変化が非常に早くなる。
つまり、厳しい環境になっても すぐに対応しちまうんだ。
例えば 銃で自分が殺されないように身体を固くして効かなくするとかな…。」
「でも、殺せたぞ…。」
「今はな…だが いずれ対応が出来なくなる。
私達でもな…。」
オレの隣に座るクオリアが言う。
クオリアは星を破壊できるだけの力を持っており、彼女の本気の最強技…ガンマレイバーストは 星系すら破壊し、副産物としてブラックホールを生成出来る。
ワームの上位種であるラプラスは それすら耐え、エレクトロンは自分達には 対処出来ないと判断し、ラプラスを封じる為にブラックホールの特異点にラプラスを放り込む事で時間を稼ぐ事に成功した。
ワームも 通常の虫型、マスケット銃兵を真似た二連装砲の戦列歩兵型…。
ミサイル型、魚雷型、戦闘機型…レーザー型…DL型…ワームホール型と 苦労してワームを殺せば殺す程、相手を学習して更に強くなり、最終的にはワームの圧倒的な繁殖力による数の暴力に対応出来なくなり負ける…。
ワームは毎回負けるが、トータルだと必ず勝つ無敵性を持っている存在だ。
さて、そんな無敵な存在に勝つには データを空間ハッキングにより実体化出来るファントムが必要で、最終的にはワームホール型を使い、敵の星系に各コロニーを脱出させて、現地のワームを皆殺しにして移住。
残った個体はブラックホール化させた木星に巻き込む事で、如何にか対処出来た。
オレ達は 過去に行く為に離脱したが、あの後 未来のオレとクオリアが中心のポジトロン部隊が 何らかの方法で 戦闘を終わらせている はずだ。
「で、熊型ワームの対処法は?」
「対応は普通の熊と変わらない。
余計な事を学習されても困るからな…。
それに…このワームは 共存個体かも知れない。」
ジガが言う。
「共存個体?」
「そ、現地の生物に擬態する事で自分の生存を確保する方法だな。
ロウに寄生していた個体も 多分 この共存個体だな」
獣人のロウは、生身で空間ハッキングを行えると言う特殊能力を持ってる。
ただ、実際は 頭の一部にワームの細胞が寄生しており、ワームの力を無意識に借りていたと言う結果だった。
今回の熊型ワームもロウから学んだ情報を学習して反映した結果だろう。
時系列的には 今から900年後になるが、ラプラスが過去に情報を送れる都合上、時間的な整合性が意味をなしていない。
「それで、このワームの処分は如何するんだ?」
ワームをガスバーナーで対処出来たと言う事は 2500℃で完全に機能を消失と言う事だ。
もしくは20mm弾を当てる事による衝撃で細胞自体の繋がりを破壊する事で無力化が出来る。
「そうだな…高純度の炭化珪素…半導体だ。
コレがあれば集積回路を作れる。」
クオリアが言う。
「真空管を飛び越えるのか…。」
「そう…結局 こっちが主流になるからな。
ただ、セルを素材として使う都合上、処理スペックが各段に下がる事になる。
まずは 家電製品のマイコンを作って普及させつつ電卓を作り、コンテナハウス1個分サイズで64bitの処理が出来るコンピュータを作る。
更に それを小型化…最終的には毎秒64GBの処理能力があるコンピュータが出来れば 次の段階に進める。」
「オレが使っていたPCと同じ位か…。」
「ああ…ノイマン型の限界はこの辺りだ。
このコンピュータが一般に普及すれば、ネットを使った並列処理で莫大な計算をこなせるようになる。
そして、この処理で 佐藤コンピュータの基礎計算をする。」
「佐藤コンピュータ?」
「別名プレ・シンギュラリティ コンピュータ…。
これを複数台 並べて 並列処理を行ったのが エクサだ。」
「あ~エクサね…。」
天尊カンパニーが造ったスパコン『エクサ』。
毎秒1エクサバイトの処理が可能で、人間のアシストが まだ必要だが、自分より優秀な次世代機を自分の手で開発が出来る能力を持っている。
そして その次世代機が更に自分より優秀な次世代機を作るループの始まりになる。
それが技術的特異点の始まりだ。
「そう、20~30年は掛る大規模プロジェクトだ。」
「やっぱり、その位の時間が掛るか…。」
「エンジニアの数が圧倒的に少ないからな。
子供の製造から教育、そして 大人になって活躍するのが 大体20年。
私達の手でも集積回路は作れるが 量産は不可能だ。」
「段取りを重視すると そうなるか…。
分かった…予算だけは不自由させない。
プロジェクトは クオリアに任せる。」
「了解した。
早速だが、家電用のマイコンの試作機を作ってみる。
まずは そこからだ。」
「それじゃあ オレは 今後の犠牲者を減らす為に自衛用の銃を作るか…。
あっその前に冷凍庫だな…そろそろ作れるかな…。」
オレはそう言うと、部屋を出て パーツが製造されている工場に向かった。




