12 (ウサギ 美味しい かの山)〇
翌日。
「あ~憂鬱…。」
冒険者ギルド内の役所のテーブルでうつ伏せになり、ナオが言う。
「別に徹夜で鑑賞する事は無かっただろうに…自分の精神を守る為にフィルタを掛けるのは重要な事だぞ。」
書類を見ながらクオリアが言う。
「分かっているよ…。
散々人を殺して、死体は見慣れてたと思っていたけど…流石に胎児はキツイな…。
それで?」
「ああ…ロウの注文通り、ウサギ小屋が完成した。
あれをウサギ小屋と言うならだが…。」
「分かった…行く。」
クオリアに言われてオレは冒険者ギルドを出て、ロウが注文した ウサギ小屋に向かった。
ウサギ小屋は 先日出来た保育院のすぐ近くにあり、保育院と同じ位の面積を持っている2階建てのウサギ小屋だ。
屋根は コンテナハウスの壁と同じ炭素繊維とガラスコーティングで、ウサギ小屋としては かなり広い。
ナオは 金網のフェンスに取り付けてあるドアを開け、小屋の中に入る…。
小屋の中に入ると更にフェンスとドアがあり、開けたドアを閉めつつ、小屋の中に入って行く。
これは、ウサギが逃げ出したとしても、何処かの扉が閉じているので檻から逃げる事が出来なくなる仕組みだ。
床を見ると 土の上から金網で敷き詰められていて、 作業員達が金網の床の上に大量の竹のコットンを上に敷き詰めている。
小屋の真ん中にには 穴に金網を敷き詰めて 水を入れた 水飲み場用の池があり、今は天井からホースで池に水を入れている。
上を見上げると2階の床は金網で出来ており、ここからエサである竹のコットンの雨を降らせたり、ホースで池に水を入れたりする。
これで、2階にコットンと水を備蓄していれば、後は 下の状況を見て落とすだけの簡単な作業になる。
そして これも時期に自動化されるだろう。
ちなみに、ウサギが出す糞や尿は金網の下に落ちて土と混ざって自然に返るので、一々小屋を掃除する必要も無く、出入り口のドアが開くのは ウサギを回収して それを肉にする時だけだ。
「大将…終わりましたで…。」
先日、竹の森の拠点から こちらに来たゲイリーが言う。
彼はリアカーで移動可能な 小型炉の開発者で、オレ達が造る新しい物に惹かれて こちらにやって来た。
そして、ここに来てからは ロウの要望を聞きつつ ウサギ小屋を作って貰っている。
「助かった…。
流石に同時に色々と作っていると手が回らなくてな…。」
「それにしても…ウサギを育てるのって こんなにスペースが必要何ですかね?」
「必要…ウサギ すぐ増えるから、この位必要…。」
ロウが言う。
「何せ500匹は入る事に なるだろうからな…。」
「500もですかい?」
「そ、オス6匹、メス6匹の合計12匹を まず確保する。
ウサギのメスは 1ヵ月で 子供を5~10匹産む…。
ただウサギのメスの場合、子宮が2つあるから最大で20匹だな。
となると 1ヵ月で最大120匹産れる事になる。
産まれた 子供達が生殖能力を得るのが約6ヵ月だから それまでに720匹の子供が産まれる。
最小でも360匹だな。
で、今度は 二世代目の そいつらがドンドン子供を産んでいく訳だ。」
「うわっ…そんなに増えるんですかい?」
「まっ…その位の数を産まないとウサギが生き残れないって事だ。
で、半年経ったら それ以上増えないように1匹ごとに個室に入れてウサギの数を管理をする。
食べられるレベルまで大きくなるのに3ヵ月…。
ウサギは1年で成長が止まるから その時が食べごろかな…。」
「ウサギ、音に敏感…バギー 使えない。
リアカーで行こう…紐も必要」
「分かった。
狩りのプロに任せるよ…」
オレ達はウサギの捕獲の為の準備を整えるとリアカーを引いて森の中に入って行った。
さてウサギ狩りだ。
野生のウサギは 非常に警戒心が高い為、狩るには それなりの技術が必要だ。
特に重要なのは傾斜…。
ウサギを追いかける時は 必ず斜面の上から追いかけるのが有利とされていて、逆に下から追いかける場合 不利となる。
これは ウサギが 後ろ足が長く 前足が短い為、上り坂では体の傾き具合が水平になるから 坂を上るのに強く、下り坂では 前かがみのようになってしまうので、坂を下るのは苦手になるからだ。
ただ、それでも巡航速度で40km…最高時速で80km程出せる動物であり、一度逃げられた場合、追いかけるのは かなり困難になってしまう。
なので 弓やクロスボウで狙える距離まで近づいて、撃ち殺すのが基本なのだが、今回の目的は 捕獲でこの手は使えない…と言う訳で 今回は ウサギの知恵と習性を利用した追い込み猟だ。
オレとロウは斜面の上でウサギを見つける。
ウサギは斜面の下に30匹程度…ベストポジションだ。
反対側では アトランティス村に オレ達が攻撃を仕掛けた時に森で オレ達を襲った狩猟犬部隊6人と6匹がいて 追い立てを手伝ってくれる。
ウサギの目は横に付いている為 ほぼ365°の物を捉える事が出来る が、立体視が出来るのは前と後ろの10°だけと視野は狭く、視力も0.1程、遠近感の能力も低い。
オレが生身だった時の視力位で、相当に見にくいはずだ。
だが、光の感知能力が人の8倍なので、常時 暗視スコープを使われている状態になっている。
そして、長い耳も良く聞こえるのかと言うと そうでも無く、可聴域は低音が聞き取りにくく、高音は超音波まで聞き取れるが、イヌ、ネコと 同じ位で、そこまで秀でている訳では無い。
なら、音がどの角度から聞こえたかを特定する『音源定位』の能力が高いのかと言うと、人が1~2°に対してウサギは15~20°と性能が悪い。
では何で、敵を認識して逃げられるかと言うと、嗅覚が鋭いからだ。
仲間のウサギを日常的に食べている捕食者は 身体や排せつ物から 特定のニオイを出しているらしく、そのニオイの強度を感知して脅威度を図っているらしい…。
まぁ これは あくまで仮説の段階だったが…。
そして、鼻で脅威度を感知し、耳と広範囲を見れる目で怪しい場所を おおまかに特定したら逆の方向に逃げる。
敵から逃げるだけなら おおまかな方向さえ分かっていれば十分だからだ。
ウォーン~ウォーン。
狩猟犬の遠吠えが始まる…これは仲間への警報だ。
意味は『敵(得物)を発見』『狩れる』だな…。
ロウに狼語を教えて貰っていて良かった。
音に追い立てられたウサギ30匹は 音の反対方向にあるオレ達の所に向かって走り、生き残りを確保する為、更に3方向に群れが分かれて走って来る。
が、それぞれの ウサギの先には 赤色に着色されたガラス繊維のネットが木に取り付けられており、次々と赤いネットにウサギが突っ込み、捕らえられていく。
ウサギの目は 人と違い 赤色が見えない…。
その為、赤を黒と認識して通れると判断してネットの中に突っ込んだ。
「よし!!」
前のウサギがネットに詰まった事から通れないと即座に判断して 別の方向に逃げようとするウサギをオレとロウで確保…。
素早さ優先で乱暴に背中に背負っている竹の籠の中にウサギを放りこんでいき、満杯になった所でフタを閉じる。
中のウサギは乱暴に籠に入れた事で頭を打ったのか…死んだふりのつもりなのか 大人しくなり…それをバギーの荷台に乗せて行く。
回収出来たのは26匹…4匹はオレ達の包囲網を見事に突破して見せた。
「上手く行った」
「ああ…それで オスとメスが6匹以上いるかね…。」
オレがそう言うとロウはテキパキとオスとメスの籠に仕分けをして行く。
ハルミに事前に見分け方を教わっているが、生後3ヵ月までのウサギは見分けが 殆ど つかなく、確実に分かって来るのは生殖能力を持つ6ヵ月後からだ。
だが、ロウは分かるらしく…それぞれの籠に迷いなく入れている。
オレとロウはオスとメスを仕分けして別々の籠に入れて フタをし、数匹の小さいウサギは 協力してくれた狩猟犬部隊に渡して、その場で狩猟犬達の血肉となった。
赤いネットを回収して籠をリアカーに入れると ウサギのストレスを考慮して速めに戻る。
そして、アトランティス村のウサギ小屋の中で籠を開けてウサギを開放する。
放たれたオスとメスは すぐさま子孫を残そうと オスがメスに のしかかり、交尾を開始。
事前知識では 知っていたがオスは超早漏の3秒で交尾が完了し、ぐったりとし…メスも交尾がトリガーになって排卵される仕組みの為、ほぼ100%で妊娠するらしい。
「まぁこれで良いだろう。」
オレはそう言うと、ロウと施設がちゃんと機能しているかを確認し、落ち着き始め 竹のコットンを食べた ウサギを見た所で オレは役所に戻って行った。