09 (人材教育)〇
午後3時…。
「それじゃあ…オレは戻るよ…」
ジガからの箱に入ったお土産をバギーの車体に無理やり くくりつけて言う。
「ああ…気を付けてな…。」
「実際、気を使って無いと本当に事故るからな~」
ナオは苦笑いしながらバギーを押して飛び乗り、アトランティス村に向けてバギーを走らせた。
午後4時…。
現在 体感での時速は 40km…。
燃費の計算によると40km前後が、一番 燃料消費量と距離のバランスが良い巡航速度で、今はそれを維持している。
バギーの後ろの廃熱も順調に行われていて、熱くなっては いるが許容レベルだろう。
そして、おおよそ1時間で目的地のアトランティス村に到着した。
ゆっくりと速度を落としながら冒険者ギルドの横の川のそばに駐車…。
あ~駐車場も作らないとだな…そんな事を考えながらオレはバギーを降り、ボンベを回してガスの供給を止めて、圧力計を確認…。
雑草紙に残量を書いて、お土産を持って冒険者ギルドの中に入った。
「戻ったか…お帰り…。」
ギルド内のテーブルで書類作業をしながらクオリアが言う。
「取り合えず、車体が扱い難いって問題があるけど…概ね問題無し…。」
オレはクオリアに報告書を渡す。
「ふむ…思ったより燃費が良いな…。
これなら間にガススタンドを作らなくても良いな…。」
クオリアが高速で黙読しながら言う。
「まぁ今は 安全の問題からボンベが空になるまで、再充填 出来無いけど 予備のタンクを1本持てば問題無いし…」
「ただ…改善点は廃熱か…。
スターリングエンジンの都合上、燃費に直結するからな…。
よし…明日は 一回バラして、各部の熱を見よう…。
とは言え 荷台を炭素繊維で作るから荷台側に熱が行く事になるだろうが…」
「放熱板代わりか…。」
「そう…。」
「あっ戻って来たな…ナオ」
クラウドが 今後の輸送部隊の計画を雑草紙に書きながらオレに声を掛ける。
「早速だが、この書類を確認してくれ…。」
「ああ…」
オレはお土産の箱を床に置いて クラウドから書類を受け取る。
書類を見て見ると クラウド商会が出来た時からの記録で、オレ達が中心に行っていた工業製品の労働者の数と労働賃金の書類だ。
「電気にバーナー、モーターが登場して工業機械の自動化がされた事で、大量の失業者が出ている。
アトランティス村占領 直後の時点で、素材採取から製造まで 含めると全部で 100人近く働いていたんだが、自動化した事で人がいらなくなり、現在は30人程で運用出来ている。
この7割の失業は大きい…。」
「だろうな…。」
書類を見て見ると確かに マズイ事になっている。
通常の状態で7割の失業者なんて出したら、消費は大幅に落ち込み、経済は衰退…犯罪者と自殺者が大量発生するレベルだ。
だが、トニー王国では 例えニートだろうが、毎日の夕食が保証されており、医療も受けられるから、人員が余る分には そこまで問題に なって無い。
が、このままだと、働いている労働者が働いていない労働者を虐待する『ニート叩き』が始まる可能性も出て来る。
「畑の種まきも終わっているんだよな…。
そろそろ そっち からも失業者が出るな…。」
アトランティス村の湖の近くに大規模な畑をハルミと農業のエキスパートである農奴を中心に森を開拓して色々と植えている。
中には 先祖代々農業をやって来た経験則から人の排泄物を使った肥料の調合が出来る奴隷もおり、ハルミが成分分析をすると、手に入れられる素材の中での組み合わせでは最高の肥料で ハルミからの評価は驚くほど高い人材もいる。
こんな優秀な人材が 肋骨が見えるまで肉体労働をさせられ、危うく潰される所だった。
本当に希少な人材がいるってのに 奴隷商人は何をやっていたのか…。
ハルミ達が肥料を大量生産して土に混ぜていたので、取れ高は それなりに期待出来るが、収穫は半年後で、それまで肉体労働者が いらなくなる。
「クラウドの判断は?」
オレはクラウドの考えを聞いてみる。
「人材教育をするべきかと…まずは文字と計算。
私は 計算は出来るが ひらがなとカタカナは まだ完全には 使えない。
それと意思疎通が出来る 語学教育…。
秋になったら冬越えの準備の為に忙しくなるからな…。」
「やっぱり、そうなるか…。
そろそろ教育に入らないと危ないしな。」
次に使う工業機械は プレス機と旋盤だ。
どちらも絶対に必要な機械だが、安全意識を持っていないと片腕を持って行かれる労働災害が起きる。
「だけど…単純に情報を頭に詰め込んでも人は覚えないんだよな。
ある程度、楽しく遊びながら覚えられれば良いんだけど…。」
例えば 学校の教科書…。
あれは ただ記憶しているだけで、テストが終わると完璧に忘れている事も多い…。
人は頭の中で繰り返し 引き出す情報には、重要度の高い物として よく記憶され、興味のない事は、思い起こす機会も少なく、脳の要領削減の為に情報を圧縮…または消去されてしまう。
なので、思い返す機会が多い 楽しい出来事と関連付けるのが一番記憶に残り易くなる。
実際、オレが文字や計算を覚えたのも ハマっていたゲームが始まりだったし、ゲーム内容に興味を持てば 関連情報をネットで検索する可能性も出てくる。
そう知識の連鎖が始まる事で 知識の幅がドンドン広がって行き、テストに強い人材では無く、より実践的な知識を持つ 頭の良い人材が育つ。
「娯楽で覚えるか…なら丁度良かった。
最近、働き詰めの労働者の為に娯楽を充実させようとジガに頼んでいた。
ジガから箱を受け取っているだろう。」
別の席で作業中のクオリアがオレに言う。
「ああ…これか…。」
オレは床に置いていた 抱える程度に大きい箱を クオリアに渡す。
「これだ」
クオリアは床に箱を置いて開けるとテーブルの上に中身を並べて行く。
それは 24×24のマス目が彫られた 板とサイコロが数個…。
頭、胴体、下半身が分離出来、それぞれ組み換えられるチェスのコマのような物が更に数個。
他に おはじき があり、全部ガラス製だ。
それとトニー王国語で書かれたカードが数枚、2つ折りのガイドブックが1冊…と。
後は…雑草紙をフェノール樹脂で固めたトランプが、ガラスケースに収められている。
「テーブルトークRPGでも やるのか?」
「見たいだな…。
まさか、こんな凝ったものが来るとは予想外だ。」
TRPGは ボードゲームの一種で、自分達が 演じるするキャラを作り、サイコロを振って乱数を作り出す事で、プレイヤー同士での対戦や 敵モンスターを倒しに行くなどの物語を作り 楽しむものだ。
今のファンタジー物の設定は だいたい ここから生み出され、これを変数を増やして複雑にし、コンピューターで自動化したのが 現在のRPGとなる。
「だけど これなら、遊びながら計算や言葉を覚えられるな。
夕方になって皆が来たら遊ばせてみて、好感触だったら追加で発注を掛けて見るか…」
多分、これも住民に売り込む為の試供品だろうからな…。
「後はトランプか…。
なぁクラウド…トランプって知ってるか?」
オレは 別の席で今後の輸送部隊の計画を雑草紙に書いていているクラウドに聞く。
トランプ自体は16世紀辺りで貴族を中心に広まったらしいが、一般に普及しているとは限らない。
「切り札?
ああ…PlayingCardsか…。
こっちではトランプと言うのか…。
少し文字が違うが、行商人の中でも一般的な遊びだ。」
「そうか…それじゃあ、娯楽として浸透し易いか…。」
オレがガラスのケースから カードを出して見る。
赤色の塗料が無いので、ハートやダイヤも黒な所が少し違うが、世界標準になるタイプだ。
絵柄カードは ジャックがジガとハルミ…クイーンがクオリアで、キングがオレ…。
ジョーカーはトニー王国の国旗である12の歯数の歯車になっている。
紙幣の印刷と同じでスタンプ方式で一斉に作っているのだろうが絵柄がやたらと凝っている。
ジガは ボードゲームの会社を立ち上げて貰った方が良いのかも知れない。
そうオレは思い、オレは夕方になるまで書類作業をするのであった。




