08 (スターリングバギー)〇
アトランティス村の広場から、ヘルメットを被ったパイロットスーツ姿のナオは 前輪が1輪、後輪が2輪の 3輪バギーに乗り、竹の森の拠点に繋がっている直線道路を走る。
3輪バイクの形状の後部には メイン、サブの2本のガスボンベを横にして乗せている形になっていて、そこからガスが機体に供給され、内部でガスバーナーとして使われている。
このガスバーナーの熱をスターリングエンジンに当てる事で熱を生み出して 内部の空気を膨張させ、その膨張でピストンを動かし、連動する形で主軸の回転運動が起り、主軸が回転する。
そうすると今度はピストンが押し戻される機構が働き…と 熱を加える限りピストン運動が行わる。
そして この主軸の回転部分にタイヤを取り付けると回転してバギーの駆動部が出来上がる。
タイヤには 炭素繊維強化プラスチックを使用した エアレス タイヤになっているが、タイヤの基礎部分を炭素繊維で作り、空気を入れるはずの内部に大量のグラスウールを詰め込んで緩衝材にしている。
「性能は それなりに良いな…」
タイヤ自体がある程度の衝撃を吸収してくれているので、乗り心地を最低限 保証してくれる。
ハンドルの右に付いているアクセルを回すとガス栓が開き、ガスバーナーの威力が上がって駆動部に伝わり、バギーが加速する。
「おっと」
ただ、速度を上げると舗装されていない地面で飛び上がってタイヤの空転が始まり、途端に足回りが悪くなる。
現在、体感の時速は60km程…体感なのは 速度メーターが無いからだ。
スターリングエンジンが自動車に採用されない理由は、空気圧を利用して駆動部を回す都合上、どうやっても エンジンスペースが必要になるので、機体が 重量化…大型化してしまう…。
実際、このバギーも機体の殆どが スターリングエンジンで占領され、装甲も炭素繊維と外側のガラス コーティングで大幅に軽量化しているが、逆に機体が軽いせいで速度を上げると地面から浮き上がり易く、かと言って重くすれば スターリングエンジンの出力が足りなくなってしまう。
「よっと…。」
オレはアクセルをニュートラルに戻し、バーナーを最小出力にして速度を下げ、左右のブレーキレバーを握る。
ブレーキは 自転車と同じで原理で 前輪を締め付ける事で、回転速度が低下し、それに合わせて速度も低下…。
ただ、スターリングエンジン内には まだ最大出力時の熱が残っており、温度が下がるまで エンジンパワーが下がらない。
それをブレーキレバーをしっかり握って 無理やり タイヤを締め付けて減速する事で解決している。
つまり アクセルもブレーキ性能もクソで、急に止まれないので、交通事故の確率が高くなる。
世界中で燃費が良いスターリングエンジン車が使われないのは 既に高度な安全が保障されている別の車と同等以上の安全性を確保出来ないからだ。
「とは言え、まだ技量で如何にか なるレベルだし、これだけ ガラガラの直線道路だったら、あんまり問題には ならないんだろうな~」
オレは制動距離を多めに とってゆっくりと停止して バギーを降り、機体の確認をする。
スターリングエンジンの出力を上げる方法は、中に入っている空気の量を増やすか、高温部と低温部との温度差を高くする事だ。
高温部分はバーナーで熱しているので最高出力が3000℃…。
流石に出力上限を設けているが、こちらの温度は問題無い。
問題なのは低温部で 熱伝導率が高い炭素繊維を使って、バギーの後部に放熱し、走行中に発生する風をその部分に行くようにして 空冷しているが、やはりトップスピードを出した後だと熱くなる。
熱くなると もっと熱を上げてやらないと出力が出せなくなってしまい、燃費が悪くなる…廃熱問題が今後の課題だろうな…。
燃料のボンベの先に付いているメーターを見る…。
ガスボンベの圧力計で、これが燃料メーター代わりだ。
走った距離と速度…メーターの残量を雑草紙に記載…この記録からすると、酸水素 1Lで おおよそ700m走れる計算だ。
非常に燃費が悪く見えるが、ボンベ内には圧縮された7000Lの水素と酸素が入っていて、これを全部使うと500kmは 走れる計算になり、電気分解する前の水で計算するなら1Lあたり50km程で、機体の積載量と その環境で出せる出力を考えると、50㏄バイク…原付程度の能力がある事が分かる。
さて再発進だ…オレはアクセルを限界までひねり、スターリングエンジン内の空気の温度を上げ、ニュートラルに戻して 数m程 バギーを全力で押してタイヤを回し、自走を始めたと感じた瞬間にバギーに飛び乗って、アクセルを回して加速する。
これもスターリングエンジンの弱点で、タイヤが止まってしまうと 外の力を加えてタイヤを回してやらないと進まなくなる。
まぁ機体のクセは強いし、当然 燃費と速度が落ちるだろうが、今 人が引いている積載量200kgのリアカー位は 十分に引けるだろう…。
最初の自動車としては 十分な性能だ。
「とは言え 流石に本格的にトラックとして使うには無理そうかな…。」
そう言いながらオレは 竹の森の拠点までバギーを走らせ続けた。
「お疲れ~」
竹の森の拠点に入った所でジガが手を振り、オレを迎える。
オレは制動距離を多めに取りつつ ジガを通りすぎ、ゆっくりと止める。
「タイムは?」
「出発してから2時間…信号機が無い状態なのに遅いな…速度は?」
ジガが歩きながら言う。
「十分に出てたよ…Maxで60km。
まっ 機体の機嫌を見つつ慎重に来たからな…」
「スターリングエンジンでも結構な速度が出るんだな。
ナオが造ってくれて助かったよ…これでコンテナハウスを受け取れる。」
「だけど…コレはオレ達の成果じゃない…。
オレ達は持って来た図面から多少のアレンジを加えて造っているが、分かるのは これだけ高性能でシンプルに設計出来るのは相当に凄いって事…。
そして、オレには この発想は出来ないって事だな。
この図面を描いた天才達の成果だよ。」
「天才達ね…。
でも、実際にそれを作り出しているのは ナオだろう。
ウチはそっちに感謝しているんだ…もちろん 設計者にもね…。」
ジガがそう言う。
「そっか…」
「で、海岸を見に行くんだろ。
今は牡蠣とテングサの養殖をやっている所だろうな…。」
「分かった…そんじゃ行ってくるよ…。」
オレはバギーを押して勢いが付いたバギーに乗って 海岸まで向かって行った。
海岸では大量の住民が働いており、網目が細かい金網で出来た籠に牡蠣の貝に牡蠣の卵を30個入れた物…。
それと テングサを入れて、海岸の引き潮の位置に次々と置いて行く。
「おお…ナオ…来たな…。」
作業を手伝いつつ、作業員の監督をしているハルミが言う。
「それで…牡蠣の養殖は?」
オレがこっちに来た理由は バギーの試運転の他に牡蠣の供給がストップされ、貝殻を使う炭酸カルシウムが取れなくなったからだ。
理由は牡蠣の枯渇だ。
それで産卵時期の今に牡蠣の養殖する事で来年に繋げる事になった。
「まっ生産効率をあまり 考えなければ普通に行けるな。
今回チャレンジしているのは シングルシード式って養殖方法。
中身の無い牡蠣の貝殻の中に卵を30個程入れて、波がある所に置いておくと、波で籠の中の牡蠣が揺れる…。
この時 牡蠣同士がこすれて削れる事によって出た炭酸カルシウムが、牡蠣の成長を早める栄養になる。
で、テングサは海底の石の上に生えるから 牡蠣の貝殻が石の代わりになっている。」
「で、収獲は?」
「来年の春。
ここの品種が3年物じゃ無くて、1年物の品種だったのは良かった。
今は海岸線を牡蠣の籠でいっぱいに するつもり」
「それまでは ガラスが作れなくなるのか…。」
炭酸カルシウムは ガラスの生成に必要な素材だ。
これが無くなると ガラス繊維が作れなくなるので 致命的になる。
「いや…炭酸カルシウムの役割は ガラスの融点を下げる事だから それが無くても 精々が1600℃…。
ガスバーナーで3000℃を出せる今となっては、火力でゴリ押しすれば作れる」
「良かった…ガラスが止められたら面倒な事になっていたからな…。」
「とは言っても、医療を任せられている身としては 炭酸カルシウムは重要だからな…。
錠剤や農業の肥料、食品添加物…。
代用も出来るが、海から取るのが一番効率が良い。」
「それじゃあ…オレも手伝うよ。
まぁ夕方までに戻るから3時位には帰るんだが…。」
「流石に まだ夜は走れないか…。」
「まぁな…コイツには ライトの類は付いていないからな…。
ナンバープレートも付いていないし、これじゃあ 確実に整備不良で切符切られる。」
オレが冗談交じりにハルミに言う。
しかも50㏄程度で操作がバイクと同じ とは言え、バギーは普通自動車免許が必要で、オレは原付の免許しか持っていない。
「それは法の不遡及だ。
何せ まだ その法律は 出来ていないんだから それより前なら違反し放題だ。
実際、私やコイツらも牡蠣の密漁で 警察にしょっ引かれるだろうしな…。」
「法の不遡及はタイムマシンで過去に戻る事を想定していないからな…。
まっこっちは それを利用して、法律が無い所で こんなに自由にやっている訳なんだが…。
それじゃあ…やり方を教えてくれ、オレの理想の国を創る以上、下から上まで把握して置く必要がある。」
独裁者は 国のすべての判断が集中する都合上、何でもかんでも知っていないと、間違った知識で国民を殺す事になる。
「ああ…それじゃあ、まずは金網からだな…」
ハルミがそう言うとオレと一緒に製鉄所に向かった。




