05(人と機械の調和)
パラリンピック会場、グラウンド。
ハルミ達が行う競技は 陸上競技の100m、800m、5000mの3種類…詰まる所、走るだけだ。
パラリンピックは障害の度合いによって等級分けがされており、私達はT42-T47の『下肢または、上肢の欠損や機能障害』のクラスに参加しようとしたのだが、圧勝が確定している為、大会運営側から『義体で補っている為、欠損は無い』と言う理屈で、T61-T64の義足使用者と言うクラスになった。
皮肉な事に 私達は このパラリンピックで一番生身の部分が無い 重度の身体障害者なのに一番等級が低い事になっている。
女子100m走…私が走る競技だ。
私の他の選手達は 片足が義足の選手で『C』の字の様な地面との衝撃を受け止めて バネの様に反動を返す義足だ。
対して私は全身義体…炭素繊維とガラス繊維の身体と筋肉の上から人工皮膚で身体を覆ってるので、生身の人間と区別がつかない。
その為、一緒に走る選手達からは奇異な目で見られる…よく見ると観客もだ。
事前に選手の紹介で全身義体の事を言っているのに、この空気は後で問題が起きそうだ。
「セットアップ!!」
私は 屈んで スターティングブロックに足を付ける。
他の選手は少し腰を下げた感じの姿勢だ。
これは義足の違いだな…速くて軽い義足なら『C』の字型の義足が一番。
ただトニー王国は 人の足を再現したデザインになっている。
元々、人の足は燃費や長距離歩行に優れるが速度は あまり出ない構造だ。
なので、理屈上では 彼女らの方が速度が出るはずだ。
「GO!!」
選手達は一斉に走り出す。
あ~こりゃマズいな…とは言え、加減するのも失礼だし 仕方ないか…。
私以外の選手は 確かに速いが、片方が生身の足があるせいで 速度に制限を受けている。
更に質量差だろうか?重い生身の足と軽量特化の丈夫な『つ』の字の義足との重量の差から身体が傾いて走っている。
で、ゴール…と。
「あちゃあ」
私はタイムを見て苦笑いする…。
タイムは生身の男子陸上選手の最高記録を1秒近く超えている。
私が 表彰台の天辺に乗って金メダルを掲げると、観客からブーイングや罵詈雑言の嵐を浴びせられる。
「まぁそうなるよな~」
続いて男子のクラウドも1位…ただ安全重視の調整だった為、私より遅く、後少しで最高記録と言った感じだ。
で、予想通りと言うか、800m、5000mは男女共に圧勝…。
私達は肺呼吸の必要が無いので息苦しくなる事もなく、短距離走と同じ感覚で走り切ってしまった。
これにより、トニー王国人は 初参加で、参加種目すべてで金メダルとなり、更に最高記録を大幅に更新してしまうのだった。
記者会見室。
奥のテーブル席にはトニー王国の選手と義体製造メーカーのパートナー社の私達 技術者達が座り、奥のパイプ椅子には 各国のマスコミが座っている。
そして その後ろには 三脚に乗せた 巨大なテレビカメラが こちらを撮影している男がいる。
「では質問を…」
「はい!はい!はい!」
記者達が手を上げて質問権を争う。
「では、韓国の記者から…」
「はい、まずは……金メダルの獲得…おめでとうございます。」
男の記者は 苦々しく、建前上 お祝いの言葉を英語で言う。
「ありがとうございます」
技術者が答える。
「さて、我々の質問です…トニー王国は優秀な義体技術を持っている事が この大会で証明された訳ですが、一部では『これは技術者の力であってアスリートの力ではない』と言い、大会の運営に多数の抗議が届いているそうです。
こちらの件に ついての感想をお願いします。」
その抗議の大半は、レースで負けた韓国側による抗議だ。
どんな事をしても勝つしかない韓国選手達は、勝者側の不正を指摘する事で、相手の立場を下げ、相対的に自分の立場を維持しようとする。
「確かに 彼ら彼女らは 殆どが脳と脊髄だけで、大半が機械です。
我々パートナー社の技術が無ければ、走る事は おろか 生命維持も 難しくなって来るでしょう…。
そして、今回の成果は 1人の技術者として大変 嬉しく思っております。」
「ふっ…」
記者が言質を取ったと言うような笑みを向ける。
「ですが、全身義体のアスリートが努力をしていないと言う事でも ありません。
全身義体手術後の適合不良から来る地獄のリハビリに半年、その後一般生活が送れる様になってから、アスリートになって金メダルを取るまで まる一年。
他のアスリートに比べ 圧倒的に練習時間が少ない事は確かですが、それでも 機械の身体を 使いこなそうと 努力しています。」
「1年半で これだけを…」
ガヤガヤと記者が騒ぐ。
「では、大会運営からのレギレーション変更の提案に付いてはどうでしょう。」
今回の件でトニー王国が圧勝してしまった為、弱体化の為のレギレーションが入れられようとしている。
「これに付いて私達は大会運営に厳しく抗議をしています。
と言うのも 変更後のルールだと全身義体による大会の参加が不可能になるからです。
これは、我々を大会に参加させない為だけのルール変更です…絶対に認められません。」
「ですが、ガソリンエンジンで動くタイヤが付いた義足を作ってしまえば、どんな選手よりも早くゴール出来ます。
動力付きの義足を禁止するのは 妥当だと思いますが…」
「では、オリンピックもパラリンピックも全選手がレギレーション違反になりますね…人の筋肉は電気駆動ですから…。
そもそも、なぜ義足が出来たのか?皆さんは知っていますか?」
「それは…足を欠損した人が日常生活を歩めるようにする為です。」
「そうです…そして 技術は進化し、欠損した人も我々の義体技術で、普通に走れる様になりました。
むしろ 私達から すると 人の足の形から外れている 他の義足の方が邪道に感じるのです。
とにかく、人型の足による競技への参加は 妥当であると考えています。」
「では性能面に付いては如何思いますか?
実際、今回は 生身の人より 速く走れる事が証明された訳ですが…。」
「技術方面から言うと、むしろ人の足は構造上、速度を出せない形です。
一番速度向きな足はダチョウの足で、他の選手の義足の方が 理論上の最高速度では速いはずです。
その点も含めて、今回 努力で それらを覆してくれた選手側の頑張りだと私は思っております。」
「むううっ」
如何やら韓国の記者が望んでいる言葉が出なかった見たいだ。
その後、私達は各国の記者の質問に答え続けて行く。
人と機械の調和…そこから生まれる身体能力の強化。
今は受け入れがたい事だろうが、今後当たり前になって来る技術だ。
トニー王国側の説得により、大会運営側は しぶしぶ了承…。
メダルのはく奪や、レコードの取り消しを喰らわず、義体の規制が緩い 科学者の力を競う 生身の人の力を超えた義体競技が 新しく生まれる事となった。
これは、義体を作っている企業が利益を得られると考えての事だ。
そして、これによりトニー王国で義体技術を習う技術者が増え、全身義体とまでは行かなくとも、部分義体の技術が世界中で成長し始めるのであった。




