04(パラリンピック)
トニー王国外交島。
ハルミとクラウドは 新都市長のリックに都市長室に呼び出された。
「えっ…私達がパラリンピックに?」
「そうです…ぜひ、ハルミに参加して頂きたい。」
新都市長のリックが言う。
「オリンピックの時は断っていただろ…。」
私の隣のクラウドが言う。
「ええ…オリンピックの時は、バイクもローラーシューズの使用も、パイロットスーツの使用も禁止と言う事で断念しました」
「それを陸上競技に持ち込むのは如何かと思うけど…」
リックの言葉に私が少し呆れた様子で言う。
トニー王国人の人間は、遊び程度なら競技を楽しむ事もあるが、ガチでやる アスリートは いない。
わざわざ苦痛に耐えて筋肉を強化する価値観が無く『100mを速く走りたいならバイクで良いだろ』とか『パイロットスーツの筋肉アシストがあれば バーベルも余裕だよね』とか言う連中だ。
人の脆弱性を技術で補う その思想は 正しいのだけど、それを競技に持ち込むのは 流石に如何かと思う。
「ですが、パラリンピックなら義体として道具を持ち込めます。」
「ああ…なるほど…公式で全身義体のお披露目か…。」
「ええ、ベトナムで 死にかけた人達を回収して、全身義体にする人体実験をする事で、技術的な蓄積は飛躍的に高まりました。
適合不良の問題も、20歳以下なら実用レベルで修正可能です。
とは言え、まだ不適合が1%位あるので、命を賭けるにはリスクが高いですが…。
それで、男子陸上をクラウドに、女子陸上をハルミに頼みたいのです。」
「やっても良いが…パラリンピックは2人じゃ出来ないだろ…メンバーは?」
クラウドが言う。
「リハビリで成績が良い 5、5の10人を揃えています。
ただし、サブ脳の機械アシストを使って ギリギリ適合レベルに持ち上げた選手達です…成績はあまり良くありません」
「そいつらを私達が鍛える訳か…OK…やろう。」
「私なら医療方面も見られるが…生身の部分が殆ど無いからな~果たして役に立つか…」
私は そう言い、クラウドと一緒にエアトラで選手達がいる研究島に向かうのだった。
研究島、スポーツジム。
日本のジムを真似したのか 突貫工事 感がぬぐえない スポーツジムで全身義体の選手達がルームランナーで走っている。
首にはマグネットの端子のケーブルが繋がれ、コンピューターに接続されている。
「走っている時の違和感があるか?」
ハルミが女性ランナーに言う。
「ええ…もう ちょっと速く…イメージと足が同期しないんですよ」
「まぁ当たり前か…」
今の主流の義体の入力は セミオート操作…。
これは行動をイメージした時の脳波を入力キーに設定して、予め設定されたモーションを実行する…と言うシステムだ。
まぁ日常生活でなら そこまで違和感を感じないレベルにモーションのアシストも進化し続けている訳だが、今回はセミマニュアル操作…手足の感覚を完全に同期させる事で、日常の安全基準 想定で作られたモーションを超える性能を発揮出来る。
「あ~今 良い感じ、あっ外れました…右足、足首かな…」
「はいはい、おおよその値が分かった…じゃあ、詰めて行くよ…」
私はコンピューターを見ながら、義体の動作イメージをマニュアルで調整して行く。
これがアスリート用の義体制御システムの大本となる。
顔を上げると別の所でクラウドが選手達の走りを見ている。
クラウド側は、最新の自己学習型…。
これは 義体を操作しているコンピューター側に脳波を自己学習して貰う事で、誤差を自動調整してくれるシステムだ。
ユーザーのフィッティング的には こっちの方が人気みたいだが、義体の安全基準の上をいけない…手堅く成績を残すならクラウドの方が良く、故障と言うリスクを受け入れても能力の限界まで使うなら私だ。
「それにしても 本番まで残り1ヵ月の状態で訓練しろって鬼畜でしょ…。
生身なら確実に調整不良になってたし…。」
クラウドが制御系システムの学習結果を見ながら言う。
「まぁ私達は 鍛えても筋力量が上がる訳ないしね…調整だけなら余裕でしょう」
私はそう言うのだった。
1988年10月。
パラリンピック開始1週間前、研究島、エアトラ機内。
「それじゃあ、行ってくるよ~」
機長席にいる私が エアトラの高度を上げて行く。
隣の副操縦席のクラウドは 窓から下を見て、手を振ってくれている住民と地面との距離を見ている。
「安全高度に到達…ウィング60」
翼を斜めにして前に進み出し、巡航高度まで上がりながら徐々に翼を水平に近づけていく。
「巡航高度到達…速度良し、進路良し、燃料良し…と…」
今回の燃料は地球を半周する事もあり 液体水素と液体酸素を使ってる。
一気に加速して弾道軌道に入ってしまえばラクなのだが、今回は積んでいるエンジンの都合上、潜水艦から3回燃料補給を受ける事になる長距離フライトだ。
荷台には 選手が10人、私達の義体の製造メーカーであるパートナー社の従業員が6人…後は機械や応急処置用の予備パーツなどで、そこまで窮屈感はない。
「それじゃあ、コパイ頼んだよ」
『は~い、任されました~』
コパイが そう言うと、私達は最初の目的地であるバミューダ諸島へと向かうのだった。
バミューダ諸島付近の海上で潜水艦による海上給油を受けて再び飛び上がり、続いてミッドウェー島付近の潜水艦で補給。
最後に小笠原諸島で水素と酸素の酸水素に切り替えて韓国のソウルの近くにある空港に向かう。
ちなみに荷物を降ろしたら現地で待っているトニー王国のスタッフにエアトラを渡し、燃料の補給が出来る 竹島に向かう事になっている。
地味に燃料の補給先に困るのが、酸水素を使っているエアトラの特徴だ。
「ふぁあ やっと付いた~」
空港で現地のトラックに荷物を乗せ、観光バスで会場近くのホテルに向かい、その日は早めに眠って長距離フライトの疲れを落とすのだった。
のだが…。
夜…。
ドンドンドン…ガヤガヤガヤ…ジャ~ン、ジャ~ン。
「あ~うるせー眠れねぇだろぉ!!」
こっちの男性選手が窓を開けて、下にいる酔っ払いの韓国人に怒鳴り声を上げる。
「事前に聞いて いたが、こりゃあ酷いな…」
韓国文化では 伝統的に儒教思想が根付いており、上の立場の人間は 下の立場の人間に何をしても許されると言う文化がある。
で、その立場は個人の主観により決定され、自分が仲間だと思っている私達には非常に優しく、それ以外のあなた達は下位の存在になる為、何をやっても許される…。
この為、スポーツ選手は 負ければ 立場が落ち、国民から袋叩きに会うので 選手達は 負けは 許されず、選手達は 上位の存在であり続ける為に勝つ事に非常に固執する。
な訳で、対戦相手のホテルの前で 大会で気分で舞い上がっている設定の雇われた酔っ払いの韓国人が、銅鑼や太鼓を派手に鳴らし バカ騒ぎをして、選手達の睡眠妨害をすると言う音攻と呼ばれる攻撃手段に出た。
「警察とかが止めに入らない辺り、グルなんだろうな~」
「日本側には 大量のいたずら電話に参って 受話器を外したままにしたせいで、重要な電話を受け取れなくした 通信妨害もやっている。
それでも日本側は我慢している みたいだけど…」
「自分の本拠地だと、そんな事も出来るのか…」
選手が窓から下の騒ぎを見ながら言う。
「まぁルール上は 違法では無いんだけど…やっているのは民間人だし…。
ただ、スポーツマンシップ的には 如何かと思うな…。」
私は選手に向かってそう言うのだった。




