03 (何処までがズル?)
神奈川県 横須賀市、防衛大。
「では始め!」
今日は防衛大での筆記試験だ。
他の連中が頭を抱えている中、ナオはスラスラとテストの用紙に答えを書いて行く。
別に苦労する事なんて無い…何故なら教科書の内容を一字一句 暗記しているからだ。
俺が思考をすれば 頭の中で関連項目が検索され、予めインストールしていたデータからお目当てのデータを見つけて表示してくれる。
日本では それは カンニングとされる訳だが、人も脳に不完全な形でインストールした情報を参照しているだけなので、本質的には変わらない。
だが、これが出来るお陰で 皆が必死になって勉強していた受験勉強が馬鹿らしくなる程に簡単になる。
「ここの連中もスマホ持ち込み可の状況なら良い点数を出せるんだけどな~」
人はテスト中に外部ツールを使って情報を仕入れる事をカンニングとし、不正とする。
だが、脳を増設出来ず、記憶出来る容量に 制限がある 人間に それは有効なのだろうか?
自分が覚えていなくても、カンニングペーパーに記録して読めば、テストを問題無くクリア出来る…自分の脳だけで問題を解決する事に そこまでの価値があるのだろうか…。
「そこ!テスト中は私語禁止」
「はい、すみません…真面目にやります。」
そう言い 俺は 何の苦労も無く、全教科 満点を取るのだった。
「今年は豊作ですね」
試験官の部下が試験官に言う。
「ああ、ただ この人物…神崎直樹を如何するか…」
「高校の成績、筆記試験の点数を見る限り、かなり優等生じゃ ないですか…。」
「そうなんだけどな…筆記試験は全教科満点、これで面接が最悪だったと しても採用するしかない。」
「神崎直樹を採用したくないのですか?」
「個人的にはな…彼の経歴に問題があってな…ここ、神崎家の出身だ」
「神崎家?いったい何があるのですか?」
「忍者の家系なんだよ、神崎家の専門は諜報と暗殺、前大戦では 近衛師団や皇族のボディガードもしていた らしい。
今は、自衛隊、警察、入国管理局など からの依頼で、表に出せない暗殺任務を請け負っている。」
「十分エリートじゃないですか…あっ『実戦経験あり』って普通 履歴書に書きます?
海外で民間軍事会社経験者が自衛官になる事は稀にありますが、高校生では ありえません。」
「バレてないだけで、確実に何人かは 殺ってるだろうしな。
いっそう、神崎家を反社会的組織と認定して切り捨てる事も出来るが…」
ヤクザなどの暴力団やテロリストは自衛官になれないし、落とすなら そこを突くしかないか…とは言え、学生運動などの暴力行為で就職難になったヤツも自衛隊で採用しているからな。
「自衛隊なのに殺しの専門家を採用出来ないなんて…」
「敵兵を1人も殺せないってのが、今の自衛隊だしな…」
実際、警察予備隊の時代に比べれば武装も船も戦闘機も増えた…。
だけど、毎週の様にソ連から北海道にやって来る戦闘機を追い返すだけで、撃墜する事が出来ない。
有事になったら おそらく敵兵を殺す事も出来るだろうが、自称 平和主義のマスコミや国民達に大パッシングされる事は確実だし、それで下手な社内規則を追加されたら、いくら強力な武器を持っていても 何も出来なくなる。
「はぁ…取りあえず面接をして見て決めるしかないか…ただ採用を拒否するのは難しいだろうな…」
そう言い、試験官は会場に向かうのだった。
憲法9条…GHQに押し付けられた日本を蝕む、防衛面に大きく関わる憲法だ。
第1項。
『日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は 武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久に これを放棄する。』
この為、日本は武器の保有する事は出来るが、外国に対して銃を向けた交渉をする事が出来ず、発砲する事も出来ない…つまり『外国が攻めて来たら大人しく殺されろ』と言う事だ。
第2項。
『前項の目的を達する為、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。』
これは 日本が軍隊を造れなくする法律…国を守る為の軍の存在を許さず、戦う権利すら認められない…これも『大人しく殺されろ』の憲法だ。
そして、これを押し付けた アメリカは『正義と秩序を基調とする国際平和』の為に他国に対して武力による威嚇と武力行使して国際紛争に参加していると言う矛盾した行動を今も取っている訳だ。
で、通常、戦勝国から敗戦国に突き付けられたルールは、戦後10年位で敗戦国が無理やり破棄するのが普通なのだが、ルールに忠実な日本人は9条を破棄せず、憲法の解釈を捻じ曲げると言う無茶苦茶な方向に向かい出した。
国が持っている権利の中で『自衛権』と言う物がある。
これは外敵からの攻撃に対して領土を守る権利だ。
憲法9条には これに関する項目が無く『自衛をする事が目的の武装組織』で、『武器を持てるが威嚇も攻撃も出来ない組織』なら存在する事が出来る…とした。
だが、第2項では 日本(政府)は戦力を保有出来ない…でも民間なら戦力を保有出来る。
つまり政府が傭兵を雇って、傭兵側が その仕事を契約するかを選び、傭兵内の権限の中で武力行使をする事をアリとした訳だ。
この為に造られたのが『武装警備員法』であり、無茶苦茶な話だが、国が武力を持てないので、世界最大の規模を持つ 民間の独立した 武装警備会社『自衛隊』に日本の国の警備を任せていると言う事にした訳だ。
この考え方は 結構 有用で、これで外国から依頼された武装警備の契約を自衛隊が受ければ、海外でも『拠点防衛の任務』や『治安維持の為の警備』、『重要物資輸送の為の警備』が行える。
更に『現場の部隊が規則を無視して大量殺人を行った』と言う名目にする事で、現場の部隊を無期懲役か死刑にするリスクを取れば、実力行使も可能となる。
とは言え、これにも問題があり、まずは名目上は民間人なので 捕虜になれるかは 敵対組織のモラルに依存し、投降しても現場で殺される可能性がある。
それに 現場で戦っている兵士も、有る事 無い事を押し付けられて切り捨てられる事も普通にある。
で、ナオは そんな無茶苦茶な組織に所属しようと、面接会場の席で待っている訳だ。
コンコンコン…。
「どーぞ」
試験官が言う。
「失礼します。」
ドアを開けて男が入って来る…学生では あり得ない程の値段が高い背広に、ピンと立つまで糊付けされたワイシャツ、おそらく オーダーメイドだろう。
腕には耐久性に優れている実用性 重視のアナログの腕時計をしていて、足元の皮靴は シッカリと磨かれ、光沢を放っている。
髪の色が地毛なのか濃い目の茶色な所が引っ掛かるが、腕の良い美容師の手による物なのだろうか?綺麗にまとめられた短髪だ。
そして、そんな高校生には 不相応な装備を普通に着こなしている。
私が好印象を受ける様に印象操作されている…高校生にしては 非常に異質な存在だ。
「神崎直樹です…本日はよろしくお願いします。」
神崎は腰を45°丁度に曲げ、違和感なくお辞儀をする…本当にコイツ高校生なのだろうか?立ち振る舞いが完璧に自衛官だ。
「席にどーぞ」
「失礼します。」
椅子に座って適度に足を開き、背筋を伸ばす姿勢も良い。
「それでは面接を始める…。
早速だが、筆記試験や高校時代の体育の成績や、キミが山岳部に所属していた事もあり、他の試験官からも高評価を得ている。」
「それは…ありがとうございます。」
「それでだ…この中学からバイトで働いていたと言う、神崎警備だが…詳しく聞かせて貰えるだろうか?」
「はい、業種は武装警備員です。
仕事内容は、銃を持って依頼された重要 施設の警備を行う事です。
その中には 自衛の為の発砲も含まれます。
私の場合、外国人の密入国者との3度の戦闘をし、3度とも対処しています。」
「3度か…」
「ええ…ですが、大半の仕事は 発砲する事はありません。あくまで自衛ですから…」
神崎が微笑しながら言う。
「そうか…自衛か…では、キミは身体障害者雇用促進法に乗っ取った障害者雇用での希望との事だが、キミの立ち振る舞いから見て障害があるとは思えない。
履歴書には 3級の障害者手帳を持っているとの事だが…」
3級だと配慮が必要な軽度の障害だ…見た限り、配慮の必要があるのか?
「ええ…正しいです…私は法的には身体障害者です。
え~と幼少期に とある事件で私の身体がバラバラになりまして、トニー王国の全身義体プロジェクトの治験…と言うより実験体にされました。
現在、生身の部分は 頭と脊髄、一部の消化器官のみです。」
「ほぼ全部じゃないか…キミは その機械の身体を完璧に制御していると?」
「そうです…これを幸いと言って良いのか悩みますが、バラバラになったのが幼少期だったので、生身だった頃の身体の使い方をすべて忘れて、機械の身体の使い方を頭に徹底的に叩き込みました。
その為、今では生身の人より動けます…。」
全身義体の適合者か…当然ながら自衛隊には実例が無い人材だな。
「それは キミの体育の記録を見て知っている…見た所、まるでアスリートの記録だ。
現場では この記録を機械の身体を使ったドーピングだと言う奴もいるが…。
それに関してキミは如何思っている?」
「私はこの身体を私の身体だと認識しています。
それに 人は道具を装備する事で自分を強化出来る生物です。
この道具を装備する事がドーピングだと言うなら、人は 火を使う事も出来ず 猿の生活に戻る事になって しまいます。」
「つまり、不正だと思っていないと…」
「はい、ただこれは 私の価値観です。
アスリート側からすれば、100m走に原付を持ち出すような物なのでしょう。
私は 速さの部分にしか興味が無く、彼らは生身で身体を鍛えてタイムを縮める事に価値を感じます…自衛隊は どちらなのでしょう?」
私は少し考える。
目的である 敵の排除が出来れば 方法を問わない…軍隊なんかは基本そうだ。
だが、自衛隊は法や段取りを優先してしまう…それが例えヤツからして効率が悪い方法でも…だ。
「………キミの考え方は分かった。
それで我々に対して何の配慮を求めている?」
「そうですね…まず私は食べ物も食べられますが、基本はバッテリー駆動です。
充電をしないと3日位しか持ちません…長期作戦には予備バッテリ―の持ち込みの許可と充電を出来る環境への配慮をお願いします。」
う~ん、国内で電力の供給が出来ない場所だと山岳訓練だろうか?
とは言っても、無線用の発電機があるので、補給を出来るように指示して置けば、そこまで問題にならない。
「なるほど…他には」
「治療に付いてです。
私の身体の中には 金属部品が含まれているので、MRIを使った場合、私は高確率で死にます。
あっレントゲンは大丈夫です…とは言っても 装甲を貫けず 全く写らないでしょうが…。」
「では キミの身体を治すには?」
「私の身体の大半は 機械なので、生身の人より頑丈に出来ています。
負傷した場合、作戦後 竹島にいる 私の義体整備師の元に行きます。
なので、私が動けない程の怪我を負った場合、運び込まれる前に死ぬと思われます。」
「分かった…要望は書類に記載して置こう。
おそらく現場で配慮されるはずだ。面接は以上だ」
「ありがとうございます。失礼します」
ドアの前で一礼して彼は部屋を出て行った。
「はぁ…こりゃ合格かな~」
多少思想に問題があるが、全身義体による体力ブーストのデータは、今後の自衛隊の運用にとって非常に有用だろう…流石にサイボーグ小隊を作ると言う事は無いだろうが…。
「はい、次の人」
そう思いながら私は面接を続けるのだった。




