23 (義体換装)〇
数日後、月、ホープ号、ハイブリッド義体保管所。
今年もホープ号は元気…もう トニー王国で義体の整備が出来るので ここに来る事も少なくなったのだが、今回は そうもいかない。
ホープ号のハイブリッド義体保管所では、培養液に浸されたカプセルの中で保存されていた160cm裸体の男が浮かんでいる。
その隣にはクオリアのハイブリッド義体がある。
ホープ号が過去に向かう前に積み込まれ、280年もの間 培養液の中で保管されていた義体だ。
「まさか…ここまで義体の乗り換えが遅れる何てな…」
ナオがカプセルの中の俺を見ながら言う。
「結局、コイツが必要になるレベルの技術衰退は無かったからな…よし、準備OK…」
「それじゃあ、リモート操作で動かしてみますか…」
培養液が排出され、裸の俺は中から出る。
「うっわ…動きにく…」
俺はすっ転び、ジガに抱き かかえられる。
「あっぶな…身長に体重、身体のバランスに姿勢制御システムまで全部違うんだ…無茶するなよ」
「分かってる…」
俺はバスローブを着て ジガが用意した車椅子に乗り、前の義体の俺が車椅子を押す。
旧ボディから新ボディを量子通信で操る、2体同時の義体制御…。
「なぁ一応スペックが下がったんだよな…」
「使っている筋肉が 量子演算素子を組み込んだバイオ筋肉に皮膚だから義体での最大出力は元のボディに劣る。
とは言っても 身体が大きくなったから 量子演算素子の量は 増えているし、何より、人工細胞による自己再生機能があるメンテナンスフリーの義体だ。」
「メンテナンスフリーって言っても回復に時間が掛かるだろう…パーツを取り換えちまえば すぐだってのに…。」
「設計コンセプトが違うからな…とはいえ、これで食事が出来る。
その義体は 胃の中に食べ物を電気変換してくれるマイクロマシンが入っているから、食べ物と電気、どちらから でもエネルギーの補給が出来る」
「食事ね…こっち来てから食事をしてないし、280年ぶりか?」
「後で備蓄している保存食を食べてみると良い。」
ホープ号 ブリッジ…。
ホープ号のブリッジはプラネタリウムの様なドーム型の天井に外の光景が映され、下にはコンピューターが並んでいる。
「ホープ号の定期メンテナンスは問題無し…燃料の補給は終了と…。」
ジガがキーボードを叩いて確認しながら言う。
後ろの客席に俺の本体を電源に繋いで座らせ、パイロットスーツを着た新しい俺は お湯を入れて膨らませた フリーズドライ加工された牛丼を食べている。
「うん、全然 味がしないな…。」
「舌の味覚センサーは?」
「システム的には正常…多分、脳が味として認識していないんだろうな…。
味覚センサーから味覚パラメーターの数値が送られてくる事は 確認している…。
んだけど、味の体感が出来ない…ただ数字を見ているだけって感じかな…」
「感覚質が壊れたか?」
「まぁ多分ね…これはリハビリが必要かな…。
とは言っても 電気を食べられれば 困る事は ないんだけど…」
試しに調味料の辛味パウダーを袋ごと一気に飲んでみるが、辛いと数値的には分かるが体感が無い。
「義体の操作は?」
「バリバリ適合不良…やっぱり規格が違うと合わせるのもね…。
今、俺用のコンバーターを作って、動作プログラムを最適化している」
「前の義体がサンダル規格、今のナオは ウチと同じパートナー規格だからな…」
義体にも いくつかの規格があり、前の俺の義体は 後に日本が開発するサンダル社の規格。
この会社は日本の『失われた一生』の不景気で子供を作れなかった 中年男女の為に息子、娘型の介護ヒューマノイドを創っているロリショタ義体専門の会社だ。
で、人を完全再現しようとした パートナー社のパートナー規格。
快楽を追求したセクサロイドのキス規格。
後はドラムのデータが元になるハウスメイド規格の4種類だ。
とは言え、歴史的には まだ生まれていない規格なんだけど…。
「よし、これで多少は 動けるかな…。
量子演算素子も問題無し…」
俺は6分の1Gの室内を空間ハッキングで身体に掛かる位置エネルギーをいじくって飛び回る。
「相変わらず 機械 適正が高いな…適合不良を起こしてても、数分でパッチを作れるんだから…」
「とは言っても、この位 ジガでも出来るだろう。」
「そりゃ出来るけど…ナオよりは時間が掛かるかな…。」
「世間の全身義体使いも、自分でコンバーターを作れる様になれば良いのに…」
「人の脳に それを期待するのは酷だよ…。
今の技術じゃ脳の個体差が大き過ぎて、義体側の修正プログラムじゃ カバーしきれないし…」
「脳に対する解析能力が圧倒的に足りないからな…。
それじゃあ、本体は こっちに置いて地球に戻ろうか…」
「持って行かないのか?ナオなら2体同時操作も出来るだろう…」
「出来るけど、こっちから この義体を遠隔操作すれば 俺が死ぬ事はない。
ホープ号に攻撃を仕掛けるヤツは いない からな…」
「とは言っても今のナオを殺せる人間なんているのかね…」
「用心に越した事は ないからな…また地上で核戦争が起きるかも知れないし…」
俺はそう言うと、ファントムに乗ってジガと一緒に地球に戻って行くのだった。




