10 (貧乏人には 治療を受ける権利が無い)〇
ある日の昼。
「せんせー…ハルミ せんせーは いるか?」
銃の製造工場が動いている仕事中にドンドンと別荘の防弾ドアを必死に叩く男がいる。
「はいはい…如何した?」
ハルミは カチコミ対策に スペクトラM4を片手に持ち、防弾レンズのドア スコープから男を見る。
彼の背中には 5才程の女の子が乗っており、顔が赤く辛そうだ。
「急患か?」
私はドアを開けて言う。
「はい…見て頂ければと…」
「とは言ってもな…。
私は衛生兵だから医師資格を持ってるけど、この国じゃあ無資格だし…20km程 離れたゼブに行けば 公営の病院もあるはず…そこなら無料で…」
「無料?そんな話、聞いた事も無い…。
じゃなきゃ医者に掛かれず、死ぬ人も いなくなるだろ。
娘が医者に掛かれば、高い治療費と薬代の為に借金を負う事になる…そうなれば、遠からず仕事が成り立たなくなって家族が死ぬ」
「仕事?何の仕事をしているんだ?」
「フェリーに乗って主にアメリカとニカラグアに銃を持ち込んでいる」
「あ~こっちが作った銃を運んでくれているのか…分かった…中に入って…。
ここでは 従業員と その家族は 私自身が見て無料で治療している…労働者や その家族に死なれたら仕事に支障が出るからな。
アンタは ここでは働いてないけど、広い意味では 従業員かな…運搬作業に支障が出ても問題だし…」
とは言っても 公営の病院が無いなんて…あっもしかして、アレは これから支援金で造る事になるのか?
「で、アンタ…名前は?」
「ジェイク・マトイ…」
「的射?日本人なのか?」
「日本人とフィリピン人のハーフです。
父が日本軍の兵士で、身重の母を置いて国に帰りました。」
「レイプでも されたのか?」
「いいえ…少なくとも母の話を聞く限り、母は 父の事が好きでした。
父の姓で ある的射を名乗る位には…」
「あ~確か そいつは トニー王国軍が 潜水艦で回収して トニー王国に連れて行ったんだよ。
銃の製造、設計に関わっている的射家の三男坊だったか…。」
「父の事を知っているのですか?」
「まぁ書類上ではな…で、患者の名前と年齢は?」
「サンパギータ…6才です。」
「アラビア ジャスミンの名前だっけか…よし、ここだ…」
ハルミの別荘…3階、診療室。
「なっ…これは…見た事も無い機械だ」
ジェイクが サンパギータをおんぶ しながら部屋に入る。
部屋の中にはトニー王国の最新の医療機器が並んでおり、レントゲンは もちろんの事、歯科用の治療椅子、奥には 無菌室に出来る 簡易的な手術室もある。
「まぁ殆どは 私の趣味だよ…流石に金を掛けた大病院には負けるが、街の診療所と考えれば 十分な設備がある。
MRIも入れたかったんだけど、私が使うのは無理でね。」
ネオジム磁石なんかの強力 磁石では 私の身体は ビクともしないが、MRIから発せられる強力な磁場により、私の中の金属パーツや ブレインキューブが磁気に反応してしまう…最悪だと 私の義体が ぶっ壊れる可能性もある為、私には 扱えない。
「さてと…それじゃあ、見て見ようか…そこの椅子に座らせて」
棚から注射器と消毒液、ガーゼ、それにゴム手袋を出しながらジェイクに言い、ジェイクは サンパギータを歯科用の治療椅子に座らせる。
「はい、熱を測るよ…これを脇に挟んで…」
「うん…」
サンパギータが服をめくり、脇に電子式の体温計を挟む…とは言え、私の目はサーモグラフィ機能もあり、それを見る限り、38.7℃…。
「最初は ただの風邪かと思ったんだが…いつになっても 熱が収まらなくて…」
「症状的には 風邪なんだけどな…倒すよ」
治療椅子の背もたれを自動で倒し、歯科用のライトを サンパギータの口の中を照らす。
「じゃあ、口を開けてあ~って言ってみようか…あ~」
うん…喉が腫れているな…ピピッ…体温計が測り終わり、私が数値を見る…38.6℃か…。
「やっぱりな…これだと、インフルエンザかな~」
「インフル?…それは どんな病気なのです?」
「重い風邪みたいな物…熱が出てキツイが、栄養のある物を食べさせて 安静にしていれば そうそう死ぬものじゃない。
ただ、老人や乳幼児だと話は別、死んだり 頭に後遺症が出るかも しれない…。
アンタが ここに連れてきた判断は 正解だったって事。」
「はぁ…治るんですね…」
「ああ…ただ息苦しそうだな…意識はあるけど、脈も速い…。
私の思い過ごしなら良いんだけど…それじゃあ、最後に血を抜いてみるな」
私がゴム手袋をして サンパギータの腕をゴムバンドで締め付け、注射器の針を血管に刺して血を抜いて行く。
普通、子供なら先端の尖った物を多少なりとも嫌がる素振りを見せるのだが サンパギータは そんな気力も無いようで ぐったりと している。
「はい、終わったよ…よく頑張ったな…」
私が サンパギータの頭を優しく撫でる…意識レベルは ギリギリ…これは当たるかもだな。
私は サンパギータの腕の傷口を消毒して絆創膏を張り、注射器の針を外して トニー王国製の血液検査機のフタを開けて中に注射器の容器を入れ、フタを閉めて スイッチを入れる。
「これは?」
「血液検査機…光を当てて 血の中の細菌や微生物の数を種類別に識別して、その数を数えて 表示する機械。
人は血液で栄養や病原菌を運ぶから、血液を調べて異常増殖している微生物を探せば病気の原因を特定出来る…そんな機械だ。
まぁ検査に10分位 時間が掛かるんだけど…」
10分後。
「さてと…結果は…」
モニタには 血液内の微生物の個体数…そこから導かれる症状が出て来る。
「よし、肺結核じゃあ無いな…肺炎だ。」
「肺炎!…あの不治の病とか 言われている?」
「30年ほど前まではな…今は薬で普通に治る。
ただ、この手のウイルスは しぶとくてな…少しでも 殺し損ねると、耐性を獲得して薬が効かなくなる。
と言う訳で しばらくは ここで入院だな…ジェイク…仕事は?」
「明日の昼に フェリーで ニカラグアに行きます。
嫁も預かって貰って良いでしょうか?サンパギータの側に いさせたくって…」
「ああ…構わないよ…。
と言うか 私も常時 面倒を見る訳にも いかない からな…」
「さっ…個室に運ぼう…」
個室。
サンパギータに薬を飲ませて ベットに寝かし、針を刺して点滴を打つ。
「今 飲ませたのは アセトアミノフェンって言う解熱剤…これで少し熱が下がる。
まぁ本来は 熱が出る事は 良い事なんだけど…。
で、この点滴の中身は ペニシリン…まぁウイルスをぶっ殺す 抗菌薬だな。
そのペニシリンに脱水症を防ぐ為の生理食塩水と栄養剤を混ぜた物。
これを毎日2時間掛けて身体の中に入れる。
で、後は状況を見て薬を調節したりして、臨機応変に対応かな…」
「ありがとう…この恩は忘れない…」
「そう思うなら…ちゃんと仕事を成功させてくれ…今日は泊まるのか?」
「ああ…いったん 家に帰って嫁に伝えてから戻って来る。」
「分かった…取りあえず点滴が終わるまでは ここにいるかな。
後は病院着かな…ある事には あるけど、アレ大人用だからな…サイズも調整しないと…」
私が そう言うとジェイクが家に戻って行き、私は空調を調整して、ゴム手袋を外す。
「な…お…る?」
ベットで寝かされている サンパギータが、掠れた声で音を紡ぐ。
「大丈夫、大丈夫…私は治る患者には 嘘は つかないから…」
私は笑顔で そう言うと サンパギータは安心した様な顔をし、熱でうなされてロクに寝れて無かったのか 解熱剤が効いて来た事で 安らかな顔で眠り始めるのだった。