23 (クリストファーの月面開拓日誌)〇
14話(地球への帰還)の続き、クリストファー編。
月面 静かの海。
クレーターの横に大穴を掘ったクリストファーは、4本の足と2本の手を使い 早速 発電施設の建設に取り掛かります。
この静かの海は 地球から見て常に月の正面…つまり太陽光を得られないのです。
物凄く広い面積の太陽光パネルを広げれば 地球からの光で電力を賄える可能性はあるのですが、今度はエアトラに詰め込めません。
今月の軌道上を物凄いスピードで走っている通信用衛星は太陽が見える為、太陽光パネルが使えるのですが…。
と言う訳で、この月面で電気を製造するには 原子力発電しかないのです。
両手に抱えられる程の大きさの炭素繊維のスクリューキャップ式のカプセルに、地球から持って来て貰った国際問題になりかねない危険物 低濃縮核燃料が入っています。
中の成分は 核分裂しにくいウラン238を94%、核分裂しやすいウラン235を6%です。
ここに減速材の水を入れれば核分裂が始まり、熱を放出し始めます。
キャップを閉めてカプセルを密封し、その後は 一回り大きい炭素繊維の容器に入れ、その中に水を入れる事で沸騰された水蒸気を作る事が出来、その水蒸気でモーターを回せば発電が出来ます。
ただ、一番の難点は冷却して沸騰した水蒸気を元の水に戻す工程…。
真空中では熱を伝える物質が無い為、熱を赤外線にして宇宙に放出するラジェーターが必要なのですが、これがテニスコート位のサイズのラジェーターの布になってしまうのです。
この為、トニー王国の潜水艦が使っている標準サイズの小型核分裂炉が廃熱の問題で使えず、更に小さい特注サイズとなっている訳です。
1日辺りの発電量は72kw…1人家庭の人が使う一日辺りの消費電力は 大体6kwなので地上で12人分の生活が賄える計算の電力です。
私1人が生活する分なら問題無いのですが、これから工業製品がどんどん増えて行く事になると不安な発電量です。
この方法で発電した電気は カーボンナノバッテリーで蓄えて、必要な時に使って行く事となります。
さて、最後に 小さなパラボラアンテナを地球に向けて建てて、ひとまずは 作業完了です。
『妹島観測所、聞こえますか?Jes、Neで答えて下さい。』
私は中継衛星を使って地球の妹島宇宙観測所に文字で連絡を入れます。
答えはNe…うん ちゃんと繋がっていますね。
「ふう…これで ひとまずは、ライフラインを確保出来ましたね。」
私はそう言い、ナオが作ってくれたテントに戻りました。
1週間後。
最近の私の仕事は移動出来る範囲で あちこちに行き、砂を持ち帰る 月の資源の把握です。
アポロ11号が持って帰って来た月の砂の解析から、ある程度の予想は付いていましたが、月の主な資源は チタン、鉄、アルミニウム、シリカ、どれも 何処にでも ある月の砂、レゴリスから少量ずつですが採取が可能です。
そして その下には 氷が混じった砂があります。
ただ 大きな鉱脈の発見は 私1人の能力じゃ無理でしょう。
「はぁ…一番必要な炭素が無いのは キツいですね。」
厳密には月にも 炭素は ありますが、それは表面に ごく微量で回収不可能な量です。
まぁ当たり前と言えば当たり前で、草も生き物も いないのですから燃やして採取出来ないのですよね。
低重力とは言え 掘削はショベルで普通に出来てますし、私にとっては 月でも地球上と大して変わりません。
今日は月の砂のレゴリスを固めて土器を作ります。
ただ、真空中では水が蒸発してしまうので 一気圧に保たれたテントでの作業です。
作業は月のレゴリスに 水を入れて練り、後は酸水素のバーナーで焼き上げるだけです。
「出来ましたね~」
本場の職人さんに比べれば大した事が無いのでしょうが ここは月です…多少性能が悪くても贅沢言ってられません。
取りあえず、これで入れ物が出来ました。
入れ物が出来れば、型も出来ます。
この要領でレンガブロックを次々と作り かまどを作ります。
ただ室内がクソ熱いです…酸水素の温度は3000℃。
テント内の室内温度が100℃近くなっています。
一応、空調装置が温度も管理してくれているのですが、室内では圧倒的に廃熱が追い付きません。
と言う事で 私は かまどを持って外に出ました。
粘土を真空の月面に出して それをバーナーで熱します。
回りに空気が無いせいで 熱のまわりが非常に速く、焼き物は 地上より月面の方が向いているかもしれません。
そして、月面に3mのドーム型のブロックハウス…イグルーが経ちました。
月に私の手でお家を建てました…一応 植民成功です。
現在、静かの海の人口1名…名前、クリストファー。
入植してから1週間。
1気圧に加圧されたドーム内に入り、どんどんと地下に掘って行き、資源採取をしながら地下施設を作って行きます。
ここは将来、人達がやって来る為の お部屋になります。
そして、取れた鉱物を砕いて比重選別…。
鉄、チタン、アルミニウム、シリカをGETです。
しかも地球とは違って月には酸素が殆ど無い為 酸化しておらず、酸素を取り除く為の作業が必要ないのは有難いです。
更に この中でシリカ…二酸化ケイ素からは ガラスが作れ、これは ガラス繊維の重要な材料になります。
入植から3ヵ月後…。
月に来て初めての補給物資の日です。
エアトラのパイロットは ジャックとケビンです。
軌道上から浅い角度で正確に投下された2本の荷物は、月を何周も回りながらゆっくりと降下して 静かの海の地面に派手に衝突して転がります。
「何と言うか凄い乱暴な降ろし方ですね…」
落ちてきたのはバルーン方式のシリンダーで、今回はエアレスタイヤが付いています。
私は引っ張ってシリンダーを運び、私の家の近くに降ろします。
シリンダーのハッチを回して開けてみると、中から色々な補給物資が出てきます。
こちらが送った現地の情報を元に最適化された色々な道具がトニー王国で開発され、大量の炭素繊維の紐とジェニー紡績機、機織り機、黒鉛炉のパーツなどが梱包されて運ばれます。
これで炭素繊維とガラス繊維が造れる様になります。
「あっこれ、無線式のラジコンに出来そうですね。」
台車だったタイヤ付きのシリンダーに主軸とハンドルと取り付けて上げれば、月面車の完成です。
動力は酸水素ガスのスラスターです。
出力を誤ると月面車が 飛んで行ってしまいますが、徒歩で物資を引っ張っていた時と比べて断然効率が良くなりました。
最初に持って来てくれた水素と酸素が車の推進剤とバーナーの燃料で無くなって来た頃。
「さぁ燃料を作りますよ~」
まずは穴を掘って地下で発見した氷の層から砂に含まれた氷を運び、1気圧の室内の炉を使い、バーナーで100℃にして沸騰させ、その水蒸気を回収します…これで水が出来ます。
その水をシリンダーのタンクに入れて電気分解…水素と酸素が混ざった機体…酸水素が出来ました。
これでエアトラが運んで来る補給の燃料の他に自前で燃料を造れる様になりました…宇宙計画の第一歩です。
「はぁ…大きな氷の鉱脈が欲しいですね。」
私は月面で宝石の様な地球を見ながら そう言うのでした。
入植から1年後。
事故が発生しました…アメリカのアポロ13号が爆発して月に降りられなくなったのです。
一時は こちらに退避をして、救助を待つと言う話も出ていたのですが、月に降りず周回軌道を通って そのまま地球に戻って行きました。
着陸地点に月面車で向かって 歓迎会の準備もしていたのですが…非常に残念です。
ただ嬉しい事もありました。
私の情報は世界で非常に価値がある物だと認められ、アメリカから地中探査衛星を貰えました。
と言うのも、アポロ13号の事故の問題を解決する為にロケットの生産数が減り、積み込めない探査機が発生してしまったので、トニー王国のエアトラに月軌道への投入を手伝って貰ったそうです。
探査機に搭載されている 近赤外線の異なる波長に調整された4本のレーザーを照射して、月面に反射して戻って来る光の量を測定する事で氷の位置を調べられました。
その結果、月の南極と北極の付近の表面に大量の氷の存在が確認。
あの場所は 常に日陰に当たっていますから、氷が溶けなかったのでしょう。
月は ほぼ真空の為、水の状態では維持出来ません。
ただ氷としてなら地中に存在する事が出来ます。
静かの海にも、海と までは行きませんが地下に大きな氷の層がある可能性が出ていて、私はひたすら可能性がある場所を掘って行きます。
学者さんが氷が『ある』『無い』の議論をしている間に 実際に私が掘って見に行ってみた方が早いのです。
「やっと見つかりました~」
と言っても 今までの様に私がちまちまと掘削していては間に合いません。
一番良い方法として ホースを氷の側に降ろして ヒーターで熱する事です。
月のガラス繊維で編んで作ったホースを氷の付近まで降ろし、そこに月の鉄で作った鉄パイプにガラス繊維のワイヤーを螺旋状に入れ、炭素繊維の電線に繋いで月面に上がります。
後はホースと電線を通して穴の上部を塞いで二重に気密し、超小型原子炉から電線に高圧の電気を送ってあげると、ガラスの絶縁体を無理やり通ろうとする電流のエネルギーで発熱が始まります…石英ヒーターです。
これは時間は掛かりますが周りが真空で保温が完璧の為、着実に温度が上昇して 氷を融かし始めて蒸発が始まります。
後は上って来る水蒸気がホースを通って月面に上がるので、穴の周りに1気圧に出来る テントを設置して、ホースに蛇口を取り付ければ完成です。
布状になっているシリンダーの燃料タンクを蛇口の下に設置し、蛇口を緩めると熱した水蒸気がポタポタと落ち始め、燃料タンクの下に溜まって行きます。
まだ時間は掛かりますが、これは氷を採掘する為のテストです。
私の仕事は月を開拓が出来ると証明する事…。
地球の人にそれを証明する事が出来れば、宇宙企業への投資が増えて月の開拓がもっと進むはずです…私の仕事は その土台作り…。
あれっ?
月面での植民から3年…。
日に日に私のブレインキューブの使用可能メモリがどんどん壊れて減って行きます。
原因は おそらく月の放射線でしょう。
私の全身は放射線を防ぐ炭素繊維で分厚く構築されているのですが、僅かな放射線がほんの少しずつ身体を蝕んで来たようです。
何というか予定通りと言いますか…そろそろ寿命見たいです。
『健康状態が悪いな…メモリ関係がイカれている。
バックアップは定期的に取っているからデータの抜けは そうそうないだろうが…。』
地上のナオがチャットで言います。
手足は送られて来る補修パーツと交換する事で対応が出来るのですが、頭だけは別です。
私のブレインキューブを取り換える作業には 私自身を取り外す必要がある為、キューブの接続配線を抜いた瞬間に 私は取り換え作業が出来なくなって停止してしまいます。
『私は現場に廃棄と言う事でしょうか?』
悲しい事ですが 私は道具…。
元々、補修をしつつ使い捨ての前提の計画です。
この月開発プロジェクトに参加出来た事を喜ぶべきでしょう。
『いや、クリストファーのお陰で、後任の月専用のドラムの設計が完成した。
近々、本格的な月の開拓が始まる…クリストファーは引退して帰って来て良い。
と言うかアランが そろそろヤバイ…戻ってやってくれ』
『向こうにも私が いるのでは?』
私はアランの元にいるクリストファーのコピーで、定期的に情報を共有しているので同一個体のはずです。
『そのアランは キミを同一個体だとは思っていない。
詳しい日時やスケジュールは これから決める。
そのつもりで…』
『了解…』
アランが死ぬ…確かにアランの健康状態が悪い情報は 私も受け取っています。
でも、この記憶は私の記憶じゃありません…。
私は あれからアランに3年もあっていない…例え別個体だと認識しているとしても、私と会う価値はあるのでしょうか?
出発当日。
月面から上空を見るとエアトラ2機が こちらに向かって降下を始めています。
初めてエアトラが翼を垂直にして減速し、静かの海に ふわっと軟着陸しました。
今までのエアトラは上空から無理やり補給物資を落としていたので、エアトラでの着陸は今回が初めて になります。
エアトラの後部ハッチが開き、パイロットスーツを着た男性と女性が手を振っています。
『おっ…クリストファー…迎えに来たぞ』
「あれ? もしかして ミラーとコクランですか?」
『ええ…私達は もう引退して 今は後輩の育成をしているんだけど、ナオが迎えに行けって…3年間お疲れ様…。』
「来てくれて ありがとうございます。
こちらは?」
後ろにある もう1機のエアトラを見て私が言います。
『あれは エアトラ スペースジェットだっけな。
宇宙用のスラスターに換装した宇宙専用機…。』
「宇宙用のスタスターだけでは 周回軌道まで来れない はずです。
周回軌道でエンジンの交換をしないと…まさか出来る様になったのですか?」
『そう、エンジンの保持する為の規格を統一したから、思いの外 簡単な作業だった。』
ミラーがそう言うと、後ろのエアトラの後部ハッチが開いてドラムが降りてきます。
『で、後任のニール、コリンズ、バスだ。』
「アポロ11号のパイロットの名前のドラムですか?」
『そう…彼らは ここに人が滞在可能な宇宙基地を作る。
宇宙用のエアトラの整備も ここで するつもりだ。
あのエアトラは 月を移動したり、地球の衛星軌道上に燃料を届けたり出来る様になっている。』
降りてきたドラムの姿は 私が送ったデータを元に 月専用の姿に改造されたのでしょう…僅かですが、私との違いがあります。
『さて、こっちのエアトラに燃料の補給を頼めるか?』
「ええ…1時間程で終わります。」
エアトラの翼にジョイントを差して燃料タンクと繋ぎ、バルブを解放して液体水素と液体酸素を入れて行く。
ここで作ったエアトラに供給するのは初めてですが、普段から月面車を動かす為に使っているので非常に慣れた作業です。
「燃料満タン。
それじゃあ、帰りましょうか…。」
「ええ、アランが待っています。
戻りましょう…地球に…。」
私はそう言うと私と乗せたエアトラが みるみる高度を上げて月から離れて行きます。
月面ではアポロ11号のパイロットの名前を受け継いだドラム達が、エアトラから月基地の建設の為の資材を降ろしていました。
「さようなら…」
月の周回軌道に乗り、月一周して 私達は光り輝く宇宙の宝石である地球に向けて針路を取りました。