19 (広報活動)〇
エアトラ救助船。
ビニールのトンネルがエアトラから切り離され、今はコールサイン、スターマンが命綱無しの船外活動をし、頭に付いているカメラから こちらに 映像を送って来ている。
ラヴェル達は コックピットのシートに手を付き、乗り出す様に カーナビを見つめる。
コクランが カーナビの画面をタッチして スターマンのカメラから送られてくる映像に切り替える。
「うわっ本当にヒドイな…。」
「詳しい事は地上の解析班に任せるんだけど、よく ここまで これたね~」
コクランが言う。
船体はボロボロで、こっちの推進剤を使おうものなら爆発しても不自然しく無かった。
ナオは 後部ハッチから エアロックに入り、プシューと気化した空気が なだれ込み、辺りは霧に包まれる。
気圧と温度が調節されて エアトラの中に入り、ヘルメットを脱ぐ。
「ただいま」
「おかえり…良いの?顔を隠すんじゃないの」
「まぁ…撮影されている訳じゃないし…スターマン こと ナオだ…よろしく。」
「よろしく」
オレは アポロクルーと握手して行く。
「さて、コクラン…地球に帰るぞ 再加速は?」
「パイロットスーツを着たらね。
はい、早く これで身体を拭いて このパイロットスーツに着替えて…。
この船…スラスターを使う時は 機体が破損しても乗員が生きられる様にパイロットスーツを着る 決まりがあるの」
コクランがアポロクルーに言う。
「了解、そうさせて貰うよ…」
コクランが機長席で計器を見ている後ろで、アポロクルーは服を脱いでタオルサイズのウェットシートで身体を拭いて行く。
一度、エアトラに シャワー室を持ち込んでテストをして見た事もあるが、大量の水を使うのと 水が口や鼻を塞いで窒息に繋がる事もあり不採用。
ここでは 身体の汚れや臭いを良く落ちるウェットシートが使われる。
臭い対策を想定されていない宇宙船に 一週間も滞在していた事で アポロクルーは かなり臭うが、ウェットシートで身体を徹底的に拭けば、臭いもしなくなる…身体を洗い終わった後には 白かったウェットシートが汚れを吸着して茶色に染まった。
で、新しい地上から持って来た 新しい下着を身に着け、その上からトニー王国が作ったツナギ型のパイロットスーツを身に付けて行く。
このパイロットスーツは ベルトやマジックテープを調整する事で ある程度のサイズ補整が出来る 汎用のパイロットスーツだ。
ただ、その分 少し動きづらい…まぁアポロの宇宙服より遥かにマシなのだろうが…。
彼らはパイロットスーツを着た事が無い為、オレとミラーが サポートをする。
パイロットスーツを着こんだら 線ファスナーを上げて その上の面ファスナーで気密を確保…細かい所はベルトで止め、各部分から空気を抜いて行く。
「こんな装備で予備呼吸無しで 宇宙に行けるのか…。」
「まぁ動きやすい分、耐久性には 難アリかな…。
それでも 追加でプレートアーマーでも付ければ、大抵は対応が出来る。
よっと…胸部分の締め付けは強くしてね…宇宙に出た時、空気が吸え無くなるよ」
オレがアポロクルーの着替えを手伝う。
「肺の圧力差か…」
「そう…締め付けが足りないと肺が膨らんで息が出来なくなる。
そうなった場合は、胸を強く押さえ付けて…」
「分かった…」
「じゃあ、最後は ヘルメットと酸素タンク。」
ヘルメットを被せて面ファスナーを強く押して固定…酸素タンクのホースをヘルメットに取り付け、席の横のタンクホルダーに置いて固定する。
「はい、緊急時になったらバイザーを閉じて…そうすれば 酸素が自動で供給されるから。」
「了解」
アポロクルー達は席に座り、シートベルトを締める。
「コクラン、お客さん 準備OK…。」
「了解…乗員は速やかに席に座って シートベルトを締めて…120秒加速するよ…。」
コクランが言う。
オレ達が席に付くと加速を始め、アポロ13号から徐々に離れて行く。
「さようならアポロ13号…」
ラヴェル船長が 軽い加速Gを受けながら そう呟くのだった。
20分後 船内。
『こちらヒューストン…船を乗り換えた事で アポロクルーのバイタルサインが消えて 状況を確認出来ない。
クルーは無事か?』
「こちらエアトラ救助船、ミラー…3人共 健康に問題が あるも無事…。
今、アポロクルーは 寒くて 殆ど寝れて無かったらしく機内で爆睡中。
エアトラの状態は 加速が終わり、現在 慣性飛行中…周回軌道に乗るまで後12時間程…」
ミラーがヒューストンに報告を入れる。
『ヒューストン了解…1時間ごとの定期連絡を忘れずに。』
「了解…次の0分に コパイが連絡を入れる予定…交信終了…ふう…。」
アポロ船の機体のシグナルは 電源を落とした事により 完全にロストし、管制局のアポロ船から送られてくるデータも すべて ブラックアウト。
今だと こちらから の定期的な無線しか確認が取れない…向こうも不安なのだろう。
「さて、コパイ…俺も眠るよ…何かあったら起こして…」
『これは居眠り運転と言う事に なるんでしょうか?』
エアトラの制御AIコパイが言う。
「ははは…パイロットが居眠りしても事故らない為のコパイだしな。
それじゃあ 俺が寝ている間に何か蹴っ飛ばしても 操作には反映しない様に…後は定期連絡も忘れずに…おやすみ」
『おやすみなさい ミラー』
コパイはそう言い、俺は座席を倒して 照明を最低限に切り替え、眠りに付いた。
6時間後…グリニッジ標準時 午前11時。
アメリカ時刻で 朝の6時になった事でクルーが ボチボチと起き始める。
「ふぁああ…起きた。」
『おはようございますミラー…照明を通常レベルまで上げますね。』
室内が明るくなる。
「え~と 俺が寝ている間の報告…」
『はい、ヒューストンとの定期報告は問題無し…。
後は ミラーが右ラダーとハンドルを押した事 位でしょうか?』
「あはは…やっぱり押したか…進路は?」
『予定通りです…周回軌道まで後 6時間の距離…』
「結構近づいたな…そろそろ広報用の動画を撮影した方が良いかな…。」
「はぁ…おはよ…」
副操縦席で起きたコクランがタッチパネルを操作し、現状の確認をする。
「うん、問題無さそうね」
「用心深いな…コパイを信じれば良いってのに」
「信じているけど、自分で確認したいのよ…ナオは?」
「起きてるよ…アポロクルーは 変わらず爆睡中…そろそろ起こそうか?」
オレの席の後ろでナオが言う。
「そうね…今の内に広報の撮影をしないと 周回軌道でやる事になるし…。
ヒューストンのドクターに連絡して確認を取ろうか…」
コクランはそう言い、ヒューストンからOKが出た所で アポロクルーを起し始めた。
「3、2、1、スタート」
ナオがカメラを向けながらクルーを撮影して行く。
「こちらはエアトラの中から放送しています、昨日は思いの外 ぐっすりと眠れました」
「まぁ何てたって その前は 船内は氷点下だったからな…寝たら そのまま死んでたっし…。」
弱り切っていたスワイガートとヘルズは、放送されるから と言う事も あるのだろうが、一晩 寝て 随分と陽気に話せる様になった。
「ははっここは快適で良いですね…何より広い…。
さて、今日は ミラーとコクランに 朝食を ご馳走になる事になりました。」
ラヴェル船長が言う。
「はい、コクランです~今日の朝食は ミドリムシ粉のパン、目玉焼き、ウインナー、ベーコン、ベイクドビーンズとアメリカの朝食にして見ました。
ではミラー調理して下さい…」
「はいはい…調理と言っても お湯を入れるだけなんだけどな。
さて、ここでの調理器具は 給水器のみ、まずは これで100℃のお湯と6℃の冷水を作ります。
この水は 僕らが船内で吐いた二酸化炭素を空調で かき集め、推進剤の液体水素を水素の状態にして反応させた物です。
ちなみに副産物で出来た メタンは推進剤としても使用しています。
で、これが スパウトパウチの中に入っている フリーズドライ加工された食品です。
トニー王国の食事は 大体がこれなので、専用で宇宙食を作る必要もありませんでした。
はい、では実際に調理して見ましょう。
まずはキャップを外して 飲み口を回して 給水器の100℃の方に差し込みます…で、ボタンを押してお湯を入れます。
この時にパッケージに描かれている横線まで入れるのがコツです。
スポンジ状の食べ物が水分を吸って急速に膨らみ、大体 5分位で膨らみます。
はいどーぞ、はいどーぞ…」
ミラーは お湯を入れてキャップを付けて軽くシェイクし、次々とパウチをラヴェル達に投げて行く。
「フリーズドライか…空挺部隊のレーションに使われていたな。」
「ええ…俺も食べた事があります。
あれは 水分が無いので軽いですし、缶詰と同じで何年も持ちますからね。
続いて6℃の冷水から作ったジュース類です…結構 冷えていて美味しいですよ…。
ちなみに ここには 冷蔵庫は無いので、凍らせる必要がある アイス類は作れません。
今後 推進剤の温度を保温する為に搭載していている冷却器が使えれば、アイスも造れる様になるのですがね…。」
ミラーは笑顔で言う。
「ははは…本当に宇宙を楽しみに来ているんだな…キミ達は」
ラヴェル船長が言う。
「せっかく経費で宇宙旅行に来ているだし、まずは楽しまないと。
まぁ今は優秀な宇宙飛行士しか上がれませんが、いずれは 多少の訓練を受けた 一般人を1人辺りを100万トニー位で、宇宙に運べる様にするのが理想ですかね」
「え?」「は?」
コクランが言い アポロクルー達が驚く。
まぁ当たり前だ…宇宙開発は国家事業…莫大な予算を使わないと 宇宙まで来れないし、得られる利益もミサイルの性能向上 位しかなく非常にコスパが悪い。
それを商業化した上に 低所得者の年収位で宇宙に行けるなんて 彼らから すれば 本当に夢物語だ。
「本当にそんなに安く出来るのか?」
「まぁ…機械類の生産ラインは もう出来ていますし…後は需要ですかね?
宇宙旅行をして見たいと言う方は 結構いると思うのですが…。
ご希望の方は 姉島宇宙港に連絡を~まだ100万とは行きませんが、値段交渉に応じます。
さっ…皆さん、食べ物に感謝して頂きましょう…いただきます~」
コクランは そう言ってスポークを取り出し、スパウトパウチを逆さにして手で横に引き裂いて中身を食べ出す。
「うん、おいし…皆もどーぞ」
「おっ…なんか違和感もあるけど、普通に食べられるな…これ 本当にソイフードなのか?」
スワイガートが言う。
「ええ…原材料は全部ミドリムシ由来ですよ。
いずれは 私達の二酸化炭素を使ってミドリムシを増やしたいですね。」
オレがカメラを向ける中で、皆で楽しく朝食と取るのであった。