18 (宇宙救助隊)〇
ケネディ宇宙センター、クローラー滑走路。
おおよその段取りを付け、ジョンソン宇宙センターから ケネディ宇宙センターに来た頃には 現場の準備は既に出来ており、ナオ達が止まっている 滑走路の前には 大量のマスコミが集まってきて、巨大なカメラをリポーターに向けて 報道している。
今では テレビの どのチャンネルでも アポロの話題で持ちきりだ。
「皮肉だよな…たった数日前には 全然 報道して無かったってのに…事故が起きたら 持ち上がるなんて…。」
「まぁマスコミも国民も そんなもんだから…」
隣のクラウドが言い、オレは 話を返す。
オレ達は 見バレを警戒して パイロットスーツにヘルメットを被り、日よけのサンバイザーを降ろした状態で作業をしている。
で、同じくパイロットスーツを着た ミラーとコクラン、ドロップ用のエアトラを操縦する ジャックとケビンは、ヘルメットを取った状態で マスコミの相手をしている…彼らは顔出しアリだ。
滑走路の隣の川には トニー王国の潜水艦が止まっていて、4機のエアトラは 整備ドラム達により 燃料供給と簡易メンテを受けている…輸送ダメージは 今の所 無し…十分アポロを迎えに行けるだろう。
「座席の設置、終わりました~」
黄色のボディの整備ドラムが言う。
座席はコックピット含め 2×3の6席、医薬品の救急箱に 折り曲げる事で ある程度の調節が出来るパイロットスーツセット一式が3着…これは アポロクルーの分だ。
窓から外を見ると赤色の燃料担当のドラムがホースを取り付け、液体水素と液体酸素をエアトラの翼のタンクに供給している。
「ロケットを使わずに これだけの設備で宇宙に行けるのですか?」
リポーターがエアトラクルーに言う。
「ええ…エンジン回りが違いますが、基本は飛行機と同じ理屈です。
翼に発生した揚力で機体を上に押し上げて 飛びます。
ジェット機は 大気から酸素を回収して燃料にするのですが、このエアトラは酸素が足りない場合、燃料タンクから供給する事で、大気が無い宇宙でも ある程度の航行が可能です。」
ミラーがリポーターに答えて説明を始める。
「ただ、この機体にも欠点はあります…それは 燃料の積める量が少ない事。
単独で飛べるのは 精々が高度120kmの周回軌道…それより上は 宇宙で 空中給油をしないと飛べないのです。
空中給油をするのは あの4発エンジンの大きいエアトラ…あれは翼の他に貨物室の中も燃料タンクです。」
「ロケットの分離を飛行機で再現すると そうなるのですか…。」
「ええ…総合的には ロケットの様に大きくするより、こちらの方が お安く済むのです…近い将来、宇宙でも燃料補給が出来るように なりますから…。」
「おい、スタンバイだ。」
時間になったので オレがマスコミの中に入り、止めに入る。
「あなたは?」
「救出船の3人目のパイロット…政治的に顔を出せなくてね…バイザー越しで失礼。
オレのコールサインは スターマン…ほら行くぞ…そんじゃあ」
オレはマスコミに そう言うと、ミラーとコクランと共に エアトラに乗った。
燃料船には ジャックとケビン…それにクラウドだ。
今回はNASAと連係をする為、不足の事態が起きやすい…その為、現場で状況判断が 出来る管制官も乗せる訳だ。
まぁオレなら空気は必要ないし、空間ハッキングで推進剤無しでも移動が出来る…なんならファントムを使っても良い…救出確率は100%だ。
エアトラ 救出船。
『こちらヒューストン…こちらはエアトラの詳しい仕様を まだ理解していない。
任意での発進を許可する』
「エアトラ了解」
先に4発の空中給油用エアトラが垂直離陸をして 翼を水平にし、再加速…一気に音速まで行く。
続いて救出船が12秒遅れで離陸し、空中給油用のエアトラの後を追う。
ヒューストン管制局
「エアトラ、飛び立ちました…速い…垂直離陸から一気に音速…現在 速度を上げつつ上昇中。」
管制官が言う。
「あの機体のエンジンは 音速以下だと極端に燃費が悪くなる らしいからな。
しかも燃料調節用のミクスチャーは、人間じゃ操作しきれないとの事。
よし、アポロに連絡…『エアトラが救助に向かった』だ。」
主任管制官が言う。
「了解…こちらヒューストン…着陸船…今、エアトラが救助に向かった。
ああ~予定は13時間後…今の内に寝ておけ…あ~寒くて眠れないのか…了解…13時間後には ぐっすり眠れる。」
13時間後…月着陸船…。
私達3人は 凍り付くような寒さの中で身体をくっ付け合って寒さを凌いでいる。
救助船は 周回軌道で空中給油を受けて現在、月まで行けるような燃料タンクを背負って こちらに向かっているらしい。
私も含めて全員が過労状態で 今すぐにでも 眠りたいのだが、この寒さで寝る事も出来ない…と言うか 寝たら そのまま凍死しそうだ。
『着陸船 アクエリアス聞こえるか?…こちら救助船エアトラ…通信圏内に入った…お~い 生きてるか~』
この声はスティーブン・ミラーだな。
「こちらアクエリアス…全員が凍り付きそうだが、まだ生きている。」
『そりゃ良かった…こっちの船内は 1気圧、酸素20%…気温は20℃だ。』
「夢の様だ…」
『ただ…ハッチを開いた時、気圧差から突風が吹く事だけは警戒してくれ。』
「分かってる。」
『で、懐中電灯は点くか?こちらからでは おおよその位置は 分かるんだが、正確な位置が 分からない。』
「分かったライトを点滅させれば良いか?」
『あ…頼む。』
エアトラ救助船。
「見えた…くっそ…思ったより近かった これじゃあ 減速が間に合わない。
いったん後ろに付いて再加速して下に付ける。」
コクランが推力を調整しながら言う…前方に見える 懐中電灯のライトは 光モールスでSOSと示している。
「デブリに巻き込まれるなよ」
「それは無理…だいぶ 散らばってるから致命傷には ならないと思うけど」
救助船は一度減速して アポロ船と おおよそ相対速度を合わせているが、それでも まだ早い。
いったんアポロを通り過ぎて後ろに向かい、機体を反転させて再加速。
アポロ船の下に付けた。
「よし、じゃあオレは エアロックに入る…」
「頼んだぞナオ…」
「ああ…こればっかりは まだ任せられないからな。」
エアトラ後部、エアロック。
『減圧完了…エアロック開けるよ』
「どーぞ」
パイロットスーツに背中に酸素タンク…前には色々入ったリュックをぶら下げているナオがコクランに言う。
後部ハッチが開き、背中の酸素タンクからホースを伝って酸素を吹きだし、酸素を推力にして 上にあるアポロ船の着陸船を目指す…命綱無しの船外活動は 流石にまだ任せられない。
距離は おおよそ10m…コクランのお陰で ギリギリまで接近出来た。
ぷしゅぷしゅ…逆噴射…相対速度合わせ…着地…窓からは アポロクルーが弱々しく手を振っている。
「お迎えに来たよ」…まぁ返答は聞こえないんだけど。
外から邪魔されたくないので オレは エアトラ以外との交信をすべて切っている。
窓の向こう側を見る限り、中は既に凍結していて かなり寒そうだ。
オレは地上で作って来た三重に重ねて作ったビニール袋の筒を出す。
後ろ側には強力な両面テープが張ってあり、取りあえずは これでくっ付く。
着陸船の船外ハッチを囲む様にビニール袋をくっ付け、リュックから金具付きのダクトテープを取り出して、腰のベルトに接続…。
後は ペタペタと接続部分に丸くダクトテープを厳重に貼って行くだけだ。
ただ…地上だと数分で出来る作業も、こっちだと30分以上掛かる。
「ようやく張り終わった」
そしてビニールを広げ、今度はエアトラのハッチ側だ。
広がったビニールには『I came to the rescue(助けに来ました)』と書かれている。
ビニールを組み合わせて作った時の備品係と清掃の おばちゃんからのメッセージだ。
「よし、OK…『ミラー…終わった…空気を入れて…ゆっくりと』」
エアトラのハッチ側から空気が入れられる。
「おっと空気が漏れてる停止…」
接続部分が まだ あまかった様だ…オレはパンクで開いたタイヤのを塞ぐようにダクトテープを貼り付けて行く。
『こちらミラー1気圧入った…まだ多少 抜けているが許容範囲内。
クルーの回収まで十分に持つ』
「了解…じゃあ、着陸船側で待機する…最悪の場合、3人を担いで『ボーマン船長』をやるから」
ボーマン船長とは 宇宙を生身で移動し、30秒以内に エアロックに入って空気を入れて加圧される事を言う。
まぁ当たり前だが、博打要素が高い最終手段だ。
『了解…大丈夫…ビニールで十分 行けるさ』
エアトラ救助船 上部ハッチ。
エアトラの上部は潜水艦のハッチの様になっていて 開けて外に出られる。
ただ、そのハッチは丸いハンドルになっており、無重力空間じゃ回すと身体の方が回転する。
なので身体を逆さまにして 天井に足をくっけ、ハンドルを引っ張って踏ん張り、身体全体を使って回転させる。
そもそも このハッチは 海面に不時着した時用の緊急用の脱出ハッチだ。
本来、宇宙船の乗り入れは 宇宙服を着て後ろのハッチから出入りして貰うのが基本になる。
俺の頭の上では コクランがカメラをこちらに向けて動画の撮影をしている。
「よし空いた…」
内側式のハッチを下に降ろし、コクランに撮影されている中、心持たない黒ビニールのトンネルを進み、着陸船のハッチをコンコンと叩く…向こう側からもコンコンと合図が入る。
「よし、退避だ…」
俺はビニールのトンネルを出てコクランの元に戻り、10m先の着陸船のハッチが開くのを待つ。
ガチャッ…ドアが開き、気圧差から生まれる引き込まれる様な風と冷気…中から3人のアポロクルーが 1人ずつ ゆっくりと こちらに やって来る。
「よっと…ようこそ トニー王国へ…ビザは お持ちで?」
「ははは…持ってない…早くアメリカに強制送還してくれ」
俺の冗談に スワイガートが弱々しく苦笑いをしながら言う…相当に弱ってる みたいだ。
「あったけぇ…まるで ここは天国だ。」
ヘルズが言う。
「本当の天国には 行きそびれたけどな。
まぁ まだ まだ現世でゆっくり して行きな…で、後1人…船長だな。」
船長のラヴェルが 着陸船のハッチを閉じて 蹴り、こちらに真っすぐ飛んで来る。
「生還おめでとう…これで乗員は全部か?忘れ物は?」
「ああ…全員乗った…遠くまでの救助 感謝する…。
………あなた方は 優秀な宇宙飛行士だ。
今後も同じ地球人として宇宙開発に協力して欲しい。」
「その言葉、聞きたかったよ…こちらも よろしくラヴェル船長」
俺、コクランとアポロクルーは カメラの前で 固く握手をするのだった。
エアトラのハッチが閉められ、ビニール内が 減圧し終わった所で、ナオは エアトラ側のテープをベリベリと剥がして、アポロ船の後部に行く。
「こりゃ ひでぇな…」
ヘルメットに付けられたカメラで、オレが見た映像をエアトラに送信される。
『一通り 見て、アポロ船は 回収出来ないから…』
「はい はい…」
アポロ13号の あちこちの損傷を見ながら30分程で機体を見終わり、エアトラの後部ハッチから エアロックに入り、無事 帰還した。
「お疲れ…」
「本当にねぇ…やっぱりハーネス無しじゃ出来ない事は無いが 精神的にキツイな。
1kmの長さのハーネスを開発しないと。」
オレが言う。
「こんな救助作戦が 初中あって たまるかよ。」
「そうだね~でも その内、宇宙救助隊なんてのが 出て来るんだろうな~」
オレはミラーに そう言うのだった。