12 (月旅行)〇
ケネディ宇宙センター
「3!2!1!…GO!!」
人々の声援の中、110mもあるサターンVロケットに火が入り、月に向けて飛び立ってい行く。
「今、アポロ11号がサターンVロケットで飛びだちました。
1969年7月16日13時32秒…ニール・アームストロング船長、マイケル・コリンズ、バズ・オルドリンの3名が月に向かって飛び立ちました。
彼らは3日掛けて月に行き、かつて宇宙人が いたとされる月面の静かの海に着陸。
月の砂の回収や宇宙人が掘った塹壕の文字を調べに行くとこの事です。
帰還予定日時は8日後の1969年7月24日です。」
テレビ局のレポーターが 打ち上げられたロケットを背景に 大型のテレビカメラをバズーカーの様に担いでいるカメラマンの前で言う。
皆が騒いでる中、手を組み祈りを上げている人達がいる…アポロ11号クルーの家族達だ。
ロケットは巨大な燃料タンクを燃焼させる事で宇宙に上がる為、彼女達は次の瞬間には 何らかの配線がスパークを起して燃料に引火し、夫が空中で爆散する可能性を心配している。
ナオは目視限界を過ぎ、ロケットのドロップタンクが切り離される所を見る。
「如何やら上手く上がったようだな。
さーて、オレ達も追いかけるか…」
オレはそう言い、ケネディ宇宙センターを立ち去るのだった。
半日後 姉島宇宙港。
姉島宇宙港には 珍しく大量の一般の観客も来ており、その中には 日本でロケット開発をしている糸川チームも来ている。
今の日本は白黒テレビで アメリカのロケットの発射の生中継を見ている状態で、ここの観客は 日本とトニー王国の報道人位でショボイ。
大量の燃料を燃やすロケットと違って、エアトラジェットは 可変翼の特徴を持つが見た目は普通の輸送機で迫力が無いからなだ。
パシャ、パシャッ、パシャッ…。
フラッシュが焚かれる中、パイロットスーツを着て ヘルメットを持った黒人宇宙飛行士のスティーブン・ミラー、女性宇宙飛行士のジャクリーン・コクラン、機械宇宙飛行士のドラムのクリストファーが歩く。
そして、その後ろには 新人の宇宙飛行士のジャックとケビンだ。
使用するエアトラは2機…ジャックとケビンが乗るのは 4発エンジンの翼が長い いつものエアトラジェット。
で、俺達が乗るのは エアトラジェットでのデータを最適化し、通常のエアトラをベースに エンジンを変えて、翼に少し調整を加えた2発エンジンのエアトラ スクラムだ。
通常サイズのエアトラを元に改造している為、分解せずに潜水艦に乗せられるのは 非常に大きい。
エアトラジェットのコックピットのレイアウトは ここに来た時から かなり変わった。
車のダッシュボードを思わせる コックピットデザインで、正面に大きな アナログの速度メーターと高度メーター。
それに 姿勢指示器があるだけのシンプルなデザインで、車のハンドルの様な操縦桿。
コックピットの真ん中の下には 推力をコントロールする2つのエンジンレバー。
そして、その上には 最新型のカーナビが搭載されており、タッチするだけで 無線などの操作も出来きるので 画面が何台も必要 無くなり、非常に見やすくなっている。
「さて、11号を追うぞ」
『了解』
4発のエアトラジェット…コールサインは『落下』…。
ドロップエアトラが先に垂直離陸で飛び、すぐに加速して音速を突破する。
『スクラム…ドロップとの時間と速度差が重要だ』
ドロップに乗っている機長のジャックが言う。
「分かってる…シミュレーターでは何度もやった。
スクラム…ドロップを追うよ」
エアトラ スクラムが 垂直離陸を行い、翼の向きを変えて すぐに音速を突破…ドロップの後を追う。
通常、スクラムジェットエンジンは 飛行機の速度を利用している為、音速以下では まともに動かない。
ただ、エアトラ内の液体酸素と液体水素の燃料タンクから足りない分の酸素と水素をスクラムジェットエンジン内に供給してやれば 燃費が悪いが、一応 音速以下のエンジンを積まずに2発のエンジンだけで動かせる。
なので、エアトラジェットは 共通して すぐに加速して音速に向かうのが特徴で、乗り心地が劣悪で民間機には向かない。
『ちゃんと付いて来れているか?』
「ああ…無線も追えてるし、ギリギリだが視認している。」
『こちらは重量がある分、加速が遅い…相対速度を合わせてくれ』
「了解…」
『3、2、1、エンジン最大加速…』
「OK…いくよ~」
2機のエアトラが本格的な加速を始め、速度をグングンと上げて高度を稼いで行く。
速度と高度はトレードオフだ…機体を斜めにして上昇をすれば 風を受ける面積が増えて機体が減速し、逆に高度を落とせば機体が加速する。
この機体だと6°位での上昇が一番バランスが良い。
通常のロケットに比べれば ゆっくりとした加速だが、それでも確実に速度と高度を稼いで行く。
『高度120km…秒速8km…到達。
周辺にデブリ無し…と…よし…空中給油だ。』
「了解…気を付けて」
『ああ…』
ドロップエアトラの後部ハッチが開き、中には潜水艦の水密扉が付いたエアロックが見え、そこには 燃料供給用のホースとパイロットスーツを着たケビンが 斜め下方向にいる こちらに向かって手を振っている。
腰の両側面にベルト部分に取り付けてあるゼンマイ巻き取り式の命綱を引っ張り、エアロックの壁に取り付けてある炭素繊維の取っ手にハーネスの先端に付いているカナビラを取り付ける。
彼は 液体酸素が入っているガスタンクを背負っており、その上からパラシュートのバックを装備している。
万が一エアトラから ふっ飛ばされた場合、パイロットスーツを着た状態で地球に向かって スカイダイビングする事になるからだ。
表面積と重量が大きいエアトラは降下すると空気を潰した時に発生する断熱圧縮の影響を受けて表面が高温になるが、大きくても2m程度で 全装備で100kgも行かない人なら、パイロットスーツの耐熱性能でカバー出来る範囲の温度上昇で地上に降りられる。
まぁどこに落ちるか分からない博打になるから、出来る限り避けたい事に変りはないが、これから俺達が行く月は軌道を間違えれば回収不能になりかねない。
それに比べれば いくらかマシだろう。
『ゆっくりと速度を上げて、位置を合わせるぞ』
「了解」
こちらが速度を上げて上昇…可能な限り接近した所で反転…後部ハッチが向かい合う様にする。
ケビンが燃料供給用のホースを持って翼の下の燃料供給用のコネクタを差し込み、接続出来た所で燃料ホースを力一杯 こちらに向けて放る。
『はいはい…ナイスシュート良い位置です。』
ハーネスが接続されている ドラムのクリストファーが、こちらのエアトラから出て 背負っている液体酸素タンクに繋がっているホースを背中の後ろに向けて タイミング良く噴射して エアトラから飛び立ち、ホースを前に向けて噴射する逆噴射…相対速度を合わせて 投げられた燃料ホースを受け取り、こちらのエアトラの翼の下にある燃料供給用のコネクタに装着する。
やっぱりドラムは船外活動が上手いな。
『こちらクリストファー接続完了…いつでも どうぞ』
『よし、まずは 液体酸素からだ…ミラー?』
「いつでも」
俺がそう言うと 空中給油が 始まり、まずは液体酸素、その後、液体水素が供給される。
『バルーンが順調に膨らんで来てます…』
両翼の下では真空の層を入れた3重構造の炭化ケイ素の複合装甲の布のガスタンクに 内部タンクに入り切らない 液体燃料を入れて行く。
持ち運ぶ時は機内で折りたたみ、燃料が入って内部の気圧を上げる事で膨らみ筒状になる。
今は燃料タンクだが、これが成功すれば 後は生命維持装置一式をガスタンクの中に持ち込んで タンク内を一気圧にすれば、宇宙ステーションにも出来る。
『燃料供給完了…クルーも無事帰還…随分と不格好になったな…』
こちらのエアトラは 下部に大型のバルーンが2本ある状態になり、空力的に美しくない。
ただ 宇宙には空気が無い為 空力特性を考える必要が無く、宇宙では こんな不格好な姿が最適になる。
『それじゃあ こっちは燃料も少ないし、このまま トニー王国に降りるぞ。
月旅行…楽しんで来い。』
「了解…」
そう言うと前のエアトラがドロップし、高度を下げて行く。
ドロップの燃料は ほぼ空だが、彼らは120kmの高度と秒速8kmの速度と言う非常に大きな燃料を持っている。
彼らは推力を使わない グライダー状態で 速度を維持しつつ計画的に落ち、トニー王国の どっかのヘリポートに着地する予定だ。
こちらは速度を上げて地球の重力を使って加速するスイングバイで月の軌道に向かう。
半日程先に出たアポロ11号だが、向こうは放物線軌道で直接月に向かい、こちらは スイングバイと加速に使われる燃料の推力の関係で 11号の1時間 後の場所を追う事となる。
これで 片方が通信が難しいエリアに入っても もう片方が中継さえすれば トニー王国やアメリカの観測所の協力もあり、24時間対応で 通信を維持し続けられ、何か有った時の救出も いくらか出来る。
まぁ向こうは積載量がギリギリの為、協力する余裕が無いのだろうけど…。
「さぁ後は月の軌道に入るまで待つだけだ。
こっちは スペースが広いのは良いが 退屈だな…」
「さっきの船外活動も含めて 広報用の映像も いくつか取るけど、生中継は無理ね…。
向こうは生中継する みたいだけど…。」
「そこは資金力の差だな…。
それに 俺、テレビ映りが悪いから…」
白黒で撮影された場合、映像の品質にもよるが黒人は 顔が黒一色になり、表情が見えにくい。
特に俺はアフリカ系の血を強く かなり黒いからか、普段使っているカラーだと問題が無いが 白黒テレビだと予め、色補整を加えていないと難しい。
「早くカラーテレビが普及してくれれば良いんだけど…。」
俺はそう言いつつ、ヘルメットを脱ぐのだった。