05 (命綱-ライフライン-)〇
数日後…。
ミラー達は毎日 1時間は リクライニングシートに座り、EMSベルトを腹や手足に付けて 電気刺激で筋肉を鍛えている。
「何と言うか、トニー王国って本当に怠け者なんだよな…電気を流して筋肉を鍛えるなんて…。」
「まぁ座っていれば 鍛えてくれるので ラク なんでしょうね…負荷もどんどん強く出来ますし…。」
隣のシートに座るコクランが言う。
「身体を動かして筋肉を鍛えるのは意外と不効率なんだよ。
最短で鍛えるには これが一番…。」
「あっナオ…」
「皆の分のパイロットスーツが出来たぞ…。
それが 終わったら更衣室で試着してくれ…。」
「了解…」
更衣室は男女共用で 個人ロッカーのドアにカーテンが付いており、その中で着替える。
パイロットスーツはツナギ型…足首と手首に丸いリングがあり、そこに手袋と靴を回して入れ、パイロットスーツの胸から腰まである線ファスナーを降ろして 足を通す 冷たい…廃熱用のシリコンゴムか…。
狭いスーツを無理りこじ開け、足のリングの穴からプシューと言う空気の抜ける音がする。
腕も無理やり入れ、ツナギの線ファスナーを上げて、マジックテープで線ファスナーを覆う。
如何やら この毛が沢山ある面ファスナーは 気密の確保に 一番有効らしい。
面ファスナーの肩 部分まであるヘルメットを被り、肩を叩いて気密を確保…。
最後に 手足のリングの穴を面ファスナーで塞いで 気密OK。
そして その上からパラシュートに使うような フルハーネスを装着してベルトを強めに装着する。
一応パイロットスーツだけで胸部がある程度 圧迫されているから大丈夫だとは思うが、肺のポンプ機能は 一気圧を前提に作られているので、真空の宇宙空間だと気圧差で肺が膨らんだまま 空気を吐き出せない状態になる。
そこで生地で人為的に身体を締め付ける事で 疑似的な1気圧にするのが このパイロットスーツだ。
これで 宇宙飛行士が通常やっている予備呼吸 無しで 宇宙に行く事が出来る…多分。
俺らの仕事は 宇宙に行く為の基礎技術を確立する事…その為には こう言った安全を徹底した人体実験も含まれる…これはドラムじゃ出来ないからな。
「終わりましたか?」
コクランが言う…彼女のパイロットスーツは 胸部分が潰れて 少し盛り上がっている程度になっている女性用のスーツだ。
「着心地は如何だ?」
「少し胸がキツ過ぎるのが 問題点ですかね~。
まぁ呼吸が出来なくなるより マシなのですが…。」
「もう少し緩めても 大丈夫なんだろうが…。
これは実際に運用して見ないと 分からないからな。
皆も終わった見たいだな…さあ…減圧室まで行こう。
「ええ…」
俺達は更衣室を出て減圧室へと向かった。
減圧室。
俺達は酸素タンクを担いで減圧室に入る。
ここは直径3m位の筒型の部屋で空気を抜いて 真空状態まで減圧する事が出来る。
しかも問題が起きても ここなら すぐに加圧 出来るので、安全性も非常に高い。
『それじゃあ、減圧行くよ…』
外にいるナオがそう言い、空気が抜かれて減圧が始まる。
パイロットスーツの生地が僅かに膨らみ始め、胸の圧迫も少なくなる…。
「こちらミラー…ちゃんと吸えている。」
「こちらコクラン私も大丈夫…さて、ここからが本番ですよ。」
コクランと俺は、圧迫しているフルハーネスを緩めて、胸部の圧迫をゆっくりと解放して行く。
息が吸えなくなったら手で胸部を抑えて加圧する…うん大丈夫。
「こちらミラー…ハーネスを外しても無事…ちゃんと呼吸を出来ている。」
「コクラン…私も大丈夫…パイロットスーツの締め付けだけで 十分。」
『良かった…作業に移ってくれ…』
「「了解」」
俺達は 機材の修理に掛かる…。
今回はエアコンが壊れて温度の調節も、酸素の供給、二酸化炭素の吸収に水の生成も出来なくなったと言う致命的なトラブルの訓練だ。
ドライバーは 慣性の法則で工具が飛ばない様にワイヤーが取り付けられて腰のベルトに繋がれている。
ネジを外して ネジボックスに慎重に入れて良く…あっやば…ネジが床に落ちた。
「こちらミラー…ネジが落ちた…無重力だと どっかに行く可能性もある。
それと手袋が分厚いせいか 掴みづらい…ネジの口径をもっと大きくして欲しい。」
「なら、いっそう工具無しで回せる蝶ネジにしちまった方が良いかもな。
後日テストだな…。」
船内空気はエアトラジェットの翼の中のタンクに入っている液体酸素から酸素20%の濃度になる様に調節されてエアコンから供給される。
呼吸から出た二酸化炭素は タンク内の液体水素と合成されて水とメタンになり、水は飲料水として使われ、メタンは今の所 使い道がないので機外に排出される…後に推進剤に混ぜて燃焼させる計画もあるが、それは まだ開発中だ。
このエアコン1つで生命維持 関連を全部やってくれる優れものなのだが、逆に言うなら これが停止すると生命維持が出来なくなり乗員は死ぬ。
エアトラ内にあるエアコンは2つ…両方が一気に壊れる事は まずないだろうが、訓練していて損はない。
「原因は電源ユニットですね…じゃなきゃ全部が停止する事はない。
あ~ヒューズが飛んでる…と言う事は過電流が起きたと言う事…。
ヒューズを入れ直せば 直るのでしょうけど…過電流が心配…とりあえず電源ユニットを交換しますよ」
コクランが原因を即座に特定し、俺が交換作業をして行く。
「はい、どうかな…とっ…。」
カチッとスイッチを入れてエアコンを再起動させる。
「おっ成功したな」
「まぁ1つ壊れた時点で 地球に帰還するのですけどね…。」
「緊急帰還だと最大で1日掛かるからな…それまでの備えだ。」
『2人へ…空調が無事回復し、2人は24時間後 姉島宇宙港に緊急帰還をしました。ミッションコンプリート…。
如何だった?』
「ユニット交換なら そこまで難しくない。
ただ、壊れている所が すぐに分かれば もっと早く解決出来るんだが…。
そうだな…ユニットごとにライトを取り付けてくれないか?」
『ライトが点いて いなければ、そこを交換する様に設計するのか…。
分かった…次のテストまでに やっておこう。
さて、空気を戻すぞ』
シューと水蒸気が減圧室に流れ込み、気圧と温度が戻る。
「はい、お疲れ…それじゃあ リセットして次のチームだな。
内容をバラすなよ」
「分かっているよ…」
スタッフが減圧室に入り、次の準備をしている中、俺達は酸素の供給と止めてヘルメットをベリベリと外し、待機室へと向かった。