26 (信用創造)〇
占領から1週間後…アトランティス村、夕方 少し前。
まだ 規模は小さいが、現地名称『アトランティス村』の外の広場にナオ達が住めるようになり、防衛陣地の構築も終え、竹の森の拠点から1日掛けてやって来た輸送隊が来た。
リアカーの数は12台で、リアカーには ここでは取れない 海由来の希少な物資が大量に瓶詰めされている。
海水を沸騰させて作った『塩』
海岸の砂を選別してガラスの元『石英』
牡蠣の貝殻を砕いて炉で熱した『生石灰』
生石灰に水を入れて発熱させた後に出来る『水酸化カルシウム水溶液』、ただ 水酸化カルシウムは 強アルカリ性である為、ガラスを溶かしてしまう危険性があるのだが、水分を沸騰させて粉状にする事で安全に運べるようになる…これが『消石灰』だ。
そして 海岸の方では ジガの指導の元、牡蠣とテングサの養殖も既に始まっている。
来年あたり、これらの食べ物も送られて来るだろう。
距離が距離だけに まだ1週間に1度だが、こう言った一次加工を終えた状態の物資を瓶詰めにして運ぶ 輸送網が出来た。
この輸送隊による物流網を運営しているのが、町で商品を買って 別の町に荷馬車で移動し、買った物を売る事で利益を得る…この時代のトラックドライバーである行商人をやっていたクラウドだ。
「何だ来たのか…。」
輸送隊が引くリアカーの荷台に乗ってクラウドが アトランティス村までやって来た。
彼は 紙幣の発行業務を行っているので 輸送隊に必要な初期費用を自ら発行して人材を雇い 初期投資をした。
「ああ…こっちは白人だけだし、開発拠点になるって聞いたからな…。
道具も書類も全部持って来た。
人を動かす金も必要だろう…それと、」
クラウドが荷台から降りて荷物を降ろして書類を取り出す。
あ~黒人嫌いでこっちに来たのか…。
「輸送隊との貸付け金の契約書だ。
貸した後だが、一応確認してくれ。」
「ああ…。」
オレがクラウドから書類を受け取り、金額の確認をする。
銀行が この輸送隊に貸した金の契約は、
① 返済期間10年で 企業は運営に支障がきたさない範囲で、銀行から貸りた金額の返済を行わなくては ならない。
② 企業の倒産、経営の問題で 返済が不可能な場合は銀行は 取り立てを行わず、企業に貸した残りの金額を免除する。
③ 返済期間の10年を過ぎた場合、貸した金額が残っていたとしても銀行側は残りの金額を免除する。
の3つだ。
「確認した…随分と企業側に優しい貸付けだな…。」
通常の消費者金融の場合 返済時に発生する利子で会社を運営を行っている為、貸した金額が帰って来ない事を極端に嫌い、企業の都合を考えず 取り立てが厳しくし、企業の運営その物を成り立たなくしてしまう事が非常に多い。
で、国が借金を抱えれば それを律儀に銀行に返済する為、他国と戦争を行って返済不能となった借金を敗戦国に支払いをさせる…それを 学習もせずに何度も繰り返しているのが 人類社会だ。
「何か問題が?
貸した金額を回収出来なくても 私が印刷した手間 以上の損はしない。
なら、回収を強行して 企業を疲弊させて、国の成長を妨げる事になる よりかは良いだろう。」
クラウドが言う。
クラウドが言う通り 金を生産出来る銀行なら回収が出来なくても 印刷費以上の損はしない。
この為、企業の成長を優先して借金の返済を二の次に出来る。
クラウドは紙幣の発行と流通を行っていた為、金が帳簿上での数字の移動でしか無く、紙幣はそれを可視化して 分かりやすくしているだけ だと言う事に気付き、自力で信用創造の仕組みを編み出した。
「そう…正解だ。
後は、輸送隊が いちいち大量の紙幣を運んで取引するのは無駄だな。
運んだ物と金額のリストさえ渡せば、帳簿のやり取りだけで 成立する。」
今は紙幣だから問題にならないが、これが金貨銀貨だと来れば それなりの重量となり、輸送能力を圧迫してしまうし、野党に襲われて財産を吹っ飛ばしたらし、支店に備蓄している現金の量が偏よってしまう事もある。
その為、店同士で『いくら買ったか』『いくら売ったか』の情報だけを やり取りする事で、その手の問題を解決する事が出来る訳だ。
「それは 為替だな。
ただ、こっちに支店…と言うより本店を建てるとなると、ある程度の現金紙幣が必要だ。
数字のやり取りだけじゃ労働者は動かない。」
それも折り込み済みという事か…。
「なるほど…で、これがクラウド商会の建物か…。」
オレは 建物の絵が描いてある 紙を見る。
材質はレンガで、荷下ろし場、倉庫 馬を預けておく馬小屋、荷車を置く駐車場、2階は銀行と商会の部屋に輸送隊が寝泊りする簡易宿泊部屋もある。
クラウド商会の本店の絵だ。
「建物の発注はクラウド商会で、持ち主もクラウド商会。
この2階の銀行の部屋はトニー王国 銀行が借りる部屋になる。
それで この部屋を10年借りると家賃が丁度トニー王国銀行がクラウド商会から借りた金額と同額になる。」
「うわっ…そう来るか…。」
一部屋の家賃にしては法外な値段だが、売り側と契約側が 了承すれば 可能だ。
そして、売り側と契約側が同じ人なので簡単に成立する…で、これで 返済問題も実質これで無くなった。
「はは…銀行制度を使いこなしているな~。
それじゃあ…クラウド商会は トニー王国銀行の子会社にする。
こうすれば金の融通が利きやすくなるだろう。
後で契約書を書いてもらう。」
「ああ…良いよ。」
「で、本店のデザインに問題あり、これは技術の問題だな…。」
オレは クラウド商会の建物の絵を修正して行く。
「まずは レンガ造りじゃ無くて 炭素繊維とガラス繊維の複合装甲に その上からレンガのタイルをモルタルで貼って行く。
後は、電気を通す為の電線と空調の為のエアコンの室外機のスペース…。
馬は必要無いから馬小屋は無し…と言うか ここを駐車場にするかな。
建物の背中側に倉庫部屋を造って、ここに荷下ろす。」
クラウドのデザインを引き継ぎつつ、こちらの技術に対応出来るように組み換えていく。
合理的で便利な建物なら こっちが秀でているが、建物のデザインではクラウドの圧勝だ。
「よし、これで 10tトラック3台を同時に受け入れられる。
これ以上は 専用の大型倉庫を造らないとダメかな…。」
「こんなに大きな倉庫が必要になるのか?」
「ああ…何せ、輸送隊が1日掛けて歩いた距離を12分の1日で移動出来るし、一度に運べる量も劇的に上がる。
だから それだけ デカくしとく必要があるんだ。
まぁ多分 これでも足りなくなるんだろうけどな…。
で、これならオレ達が協力出来るが…やるか?」
「ああ…これで頼む。
となると予算の見直しが…。」
「まぁ…いくらか安くなるだろうな…。」
「安く?」
「そう、レンガの建築より工期を早く出来るから 人件費を安く出来る。
まっ天然の永久磁石が まだ見つかってないから 開発が進んでいないんだが…それまでは、竹の倉庫で我慢してくれ…。」
「まぁ急ぎでは無いし、私達の生活が豊かになるなら それで良い。」
クラウドは そう言うとオレから書類を受け取り、商会の小屋に入って行った。
ここに来た時の価値観では個人の利益だけを考えている典型的な商人だったが、今は銀行経営をしている事もあり 視点が広くなり、国の利益と その国を構成する国民の利益を両取りする形で動いている。
「やっぱり クラウドは 優秀だな…。」
オレはそう言うと、クオリアが調査している湖まで向かった。




