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23 (機械の宇宙飛行士)〇

 1957年10月4日…。

 ソビエト連邦は、83.6㎏のスプートニク1号をR-7ロケットに乗せて飛ばし、高度577kmの楕円軌道に乗せる事に成功する…人類初の電離層を観測する人工衛星の誕生だ。


 1ヵ月後の1957年11月3日…。

 ソビエト連邦は、宇宙に行く為の環境を測定する為の動物実験機…。

 宇宙船スプートニク2号が打ち上げられ、人類史上初のイヌ宇宙飛行士のライカ(クドリャフカ)が、片道切符の宇宙旅行に行った。

 結果は 軌道投入に失敗し、船内が40℃の高温にさらされた事でクドリャフカは死亡したが、大きな成果を残せた。


 その5日後の1957年11月8日…。

 第二次世界大戦時にアメリカの核開発に協力していたイギリスが、アメリカの核独占の目的の為に核情報へのアクセスを遮断された事を切っ掛けに、初の水爆実験を成功させ、アメリカ政府を威嚇。

 イギリスと敵対する事を嫌ったアメリカは妥協して核情報へのアクセスを認める。


 更に1ヵ月後の1957年12月6日。

 アメリカは ヴァンガード計画の予定を前倒しにし、試験も無しと言う理不尽極まりない状態で現場の作業員を酷使して急ピッチで作業を進め、ケープカナベラル空軍基地第18発射施設からヴァンガードTV3を積んだ ヴァンガードロケットにを飛ばした。

 が、リフトオフから2秒後に エンジンの推力が低下し、ロケットは燃料を満載したまま 発射台上に崩れ落ち、発射台を巻き込んで爆発した。

 だが ヴァンガードTV3は 爆風で吹き飛ばされて付近に転がっており、皮肉な事に地面から電波を送信し続けていた。

 原因は配管のミスだと言っているが、明らかにブラック労働による過労から来るヒューマンエラーが原因の人災だ。

 そして、アメリカ政府にソ連との技術差を見せつけられた この事件は、後に『スプートニクショック』と呼ばれる様になり、アメリカが400億ドルの巨額の資金を出すのだが、今回は 何の因果か トニー王国(こちら)の試験飛行が遅れた事により更に追い詰める事になった。


 1958年…1月1日…妹島宇宙観測所。

 トニー王国は『取りあえず飛ばしてみる』をモットーに、月2回のペースでマイナーチェンジをしたエアトラジェットを 次々と飛ばして行き、機体の問題や細部を突き詰めて行く…結局 宇宙開発は 飛ばした数で決まる。

 ロケットの場合 機体が大型の為、3ヵ月に1回が限度で、頻繁なアップデートも難しい。

 しかも、アメリカの公共事業は 特定の州が独占して利益を独り占めする事が無いように 色々な州に仕事を回して利益を分けなくては いけないので、こちらの様なスペースシャトル式も難しい。

 向こうは大所帯だから 小回りが利かず、こちらは小規模でやっている為、問題に対して柔軟に対応が出来る。

「それじゃあ、行こうか…これは歴史的偉業だ。

 世界中の皆が見る事になるぞ 撮影は大丈夫か?」

 ナオ(オレ)が観測所の皆に言う。

「はい、いつも通り すべての記録を残しています」

「観測所との通信は?」

「大丈夫です…アメリカの観測所との交信も正常…ただ眠たそうです。」

「そりゃ、向こうは真夜中だからな…コーヒー飲みながら頑張って貰うしかないだろう。」

「パイロット、クリストファー…機体の状況は?」

『パイロット、コパイ、共に問題無し、いつでも どうぞ…』

「では、ミッション開始を許可…周回軌道に乗ってこい。」

『了解、ミッション開始します。』

 エアトラジェットが ターボジェットエンジンを使って姉島宇宙港から飛び立ち すぐに加速を始め、あっと言う間に音速を突破…6Gの加速度で飛ぶ。

 通常 人が耐えられる加速Gは3G程度…これ以上になると、心臓のポンプ機能が負けて足に血が溜まり、頭に酸素が行かなくなって失神してしまう。

 だが、脚をパイロットスーツで強く締め付けていれば、6Gまでは耐えられる。

 本場の戦闘機パイロットは生身で6G…耐Gスーツ着用で一時的に10Gまで耐えられる様に訓練されるのだが、ひ弱で機械に頼りっきりのトニー王国民には難しく、ハルミも含めた医者達の見解だと 耐G機能を持ったパイロットスーツに耐G用の椅子を付けて、最大加速度は6Gまで…。

 しかも、加速中のパイロットは基本、指一本すらも動かせない状態での周回軌道への投入だ。

 生身の時のオレでも訓練で行けたから 鍛えれば如何(どう)にかなるレベルなのだろうが、現状だと加速度をある程度 無視出来るクリストファーを頼るしかない状態だ。

 有人飛行は当分 先だろうな…。

『スクラムジェットに切り替えます。

 燃料制御正常…異常過熱無し…』

 スクラムジェットエンジンは、音速以上の速度で機体を飛ばして周囲の空気をエンジン内に取り込み、液体水素を混ぜて爆発させる事で推力を生む事で 宇宙に行けるまでの速度が出せる。

 ただ、スクラムジェットエンジンにも致命的な弱点がある。

 それは 液体水素の投入量の調整がシビア過ぎる事だ。

 高度が上がれば上がるほど 空気密度がリアルタイムで下がっていく中で、0.5ミリ秒ごとに適切な液体水素の量を計算してエンジン内に入れ続けて燃焼を維持しなくてはならない…明らかに人の手じゃ出来ない芸当だ。

『そろそろ通信圏内から外れます…現状では 全く問題 無し…。

 通信をトニー王国 宇宙観測島に切り替えます。』

 クリストファーがそう言うと、各計器の画面がブラックアウトした。

「後は待つだけか…」

 宇宙観測島から文字による情報が入って来ているが『じこく』と『もんだい なし』の文字だけ。

 向こうはエアトラジェットの方向にパラボラアンテナを向けているので、今はこれが限界だ。


 エアトラジェットはクリストファー()を乗せて 青い晴天の空を突き抜け、次第に空が暗くなって行く…。

 下方向には 大きな青い地球が宝石の様に輝いていて 今回は成層圏、中間圏を越えて熱圏に向かう。

 高度が上がって空から回収出来る空気が少なくなり、出力が低下。

 燃料タンクの液体酸素を追加でエンジン内に吹き付ける事で推力を維持する。

 エアトラジェットのAIコパイは 学習の成果もあり正常に稼働…。

 機体を見事に制御 仕切っており、私はただコパイから流れて来る情報を分かり易く翻訳して 観測島に報告し続けるだけだ。

 現在の高度は70…80…中間圏を抜けて熱圏に入った…この領域は今回が初めて…。

 目標は高度120kmの周回軌道…この速度で40kmなんて本当にすぐだ。

 エアトラジェットは常に地球に向かって落ち続けているが、速度が速いと水平線を越えてしまい、永遠に落下し続けられる…そこが周回軌道。

 なので 問題は高度より速度…速度が高ければ高度が上がってしまい、逆に低ければ 高度が下がり地上に落ちてしまう。

 高度100kmを通過…一応の宇宙…後20km…そろそろ出力を落とさないと…。

「あっダメ…」

 高度120kmを通過して エンジンを停止…。

 あ~コパイは『高度120kmに合わせて出力を調整する』では無く『高度120kmまで全力運転で その後 エンジン停止』と解釈したのね。

 人の脳構造を模したブレインキューブを使っている私達は、どうしても人の入力に対してAIの独自解釈が入る。

 人とAI()では見ている物が違い、考え方も違う…。

 私が 今見ている地球の美しい青も、人の認識している美しい青とは別だ。

 私から見れば 人の行動や習慣は異質に見え、また私も人から異質に見られる。

 だから人と機械人の間を取り持つ通訳者…アランの様な『ロボット心理学者』が必要になって来る訳だ。

 今回の問題も、間違いだとコパイ(彼女)に気付かせて回数をこなして行けば、いずれは解決するだろう…。

 ただ その間違えで、何人の人の死を許容 出来るかは また別の話だ。

 ()らは 一定以上身体に損傷を受けると 身体の機能が停止し、予備のパーツで身体を修復したとしても再起動は不可能。

 人は その『死』を嫌うからこそ 死が無い 私達を戦わせて敵に死を与え、危険とされるテストパイロットの仕事もさせる。

 私達はデータのバックアップを常時 取っているし、壊れても直せるから それでも良いと思っている。

 私達の目的は『人の道具としてあり続ける事』…道具が人に使われ 無くなったら目的を果たせなくなる。

 加速Gが下がり、私が手動で位置の修正を始める。

 まずは 姿勢の回転を止めて機体の向きを反転だ。

 1、4番のターボジェットエンジンを始動し、燃料タンクの推進剤を投入して4番を動かし 右旋回…。

 機体が後ろを向いた所で4番の出力を落として1番を入れて、推力を相殺する。

 反転した所で スクラムジェットエンジンで噴射…。

 ここで かき集められる大気はごく僅かだが、燃料タンクの液体水素と液体水素を エンジン内に吹き付けて燃焼させる事で 燃焼が起き、推力を生ませられる。

 空気中の酸素を使って燃焼を行っていた為、液体酸素には十分な余裕がある。

 本来なら呼吸の為に使う酸素もここから供給されるのだが、私とコパイは呼吸をしない。

 高度120km丁度…反転…翼を水平にして完了…。

「こちらクリストファー…コパイがエンジンを調節出来ず、目標ポイントを通過…。

 私が手動で減速させて位置を戻しました。

 高度120km…秒速8km…ミッション完了です。」

『こちらトニー王国宇宙観測所…アランだ。

 良く修正してくれた…正直ダメかと思った。

 宇宙に来てみて如何(どう)感じた?

 明後日位に世界中の新聞にクリストファーのインタビューを乗せるんだが…。』

 普段はサーバールームで 私との会話を通じてAIの心理を学んでいたのだけど、今回は気になって来てくれたらしい。

「そうですね…。

 ここは まだ宇宙の入り口ですが、宇宙の広がりを感じる事が出来き、これまでの地上での経験とは異なる環境に触れ、私は非常に興奮しています。

 今、私は 席を離れて中に浮かんでいますが、私の重い身体が浮かぶ体験は非常に興味深く、また姿勢維持が難しい状態です。

 宇宙の無限の広がりや星々の美しさ、物理法則が異なる環境での挙動について学ぶことは、私の知識ベースを拡充させる上で とても重要な体験になりました。

 また、今回の無人機による実験の成功は、機械技術の進歩と宇宙探査の可能性に対する新たな可能性をもたらしました。

 この宇宙は まだ人間にとって生存が難しい場所で、常に死の危険が付きまとう環境です。

 ですが、身体を変えられ、修理が容易な私達機械が 人の仕事の代替が可能である事を 今回のミッションで証明されました。

 私達ドラムは 今後も人から生み出された道具として人類を支え、人が宇宙で生活する為の環境を造る手助けを出来ればと思います。

 以上です…如何(どう)でしょう?」

「即興の割には良いし…キミらしい…採用」

「ありがとうございますアラン…。

 この後の予定は 如何(どう)なりますか?」

「予定より推進剤の消費が僅かに多くなっているが、現状では問題はない。

 予定通り、24時間後に降下して帰還。

 それまでに 可能な限りの地球の写真を撮るんだ。」

「アラン 提案です。

 この高度と速度なら 大気密度を使ってのエアブレーキで推進剤を使わずに降下した場合、1ヵ月は地球を観測できます。

 私のバッテリーの消費量を抑えれば、十分に可能です。」

「却下だ…。

 理由は色々あるが、地上の観測所の人員を24時間体制で30日も確保するのは難しい…それと クリストファー キミが未知の環境で壊れないかが心配だ。

 1ヵ月間の周回軌道の投入は、また今度にしよう…僕が上に進言もする。

 ではクリストファー…これは正式な命令だ。

 『欲張りせずに予定通りに帰って来い』」

「了解しました…それでは、可能な限り 効率良く地球の観測を始めます。」

 私はデジタルカメラを持って窓から地球を撮影して行く。

 可能な限り正確に…可能な限り詳細に…。

 更に装甲を貫通した放射線の値も記録して行く。

 見た所 地上より放射線量は高いですが、健康範囲レベル…パイロットスーツを常時着用していれば もっと防げるでしょう。


 22時間後。

『こちらアラン…観測 任務は終わりだ。

 降下ルートのデータを送った…受け取れているか?』

「はい、アラン…受け取れています。

 コースを承認します。」


 降下角度 良し…突入…。

 反転したエアトラジェットが スクラムジェットエンジンを吹かし、減速が始まる。

 コースは 突入角度を浅く取り、地球を半周し、1時間程 掛けてゆっくりと降下するルートだ。

 これがカプセル型の場合、速度を殺さずに突入し、大気の断熱圧縮でカプセルの表面温度が上がりながら急ブレーキをかけるので大変危険なのだけど、こちらは 翼の揚力を使ったゆっくりとした減速で降りる。

 これは降下に時間が かかるし、降下ポイントもズレやすいが 比較的 機体のダメージが少ない降り方だ。

 機体の底面が空気密度が低い 僅かな大気に押しつぶして熱が発生…断熱圧縮現象だ。

 底面の炭素繊維装甲の温度が上昇…。

 底面からの熱は 機体の上部のラジエーター装甲に移動して赤外線として排熱され、後方の巻き込んだ大気により空冷される。

「温度上昇 問題無し…廃熱も正常…。」

 エアトラジェットは ゆっくりと降下する…強烈な断熱圧縮によるプラズマが発生しておらず、通信状態も比較的良好。

 そして熱圏を抜けて中間圏に入り、成層圏に入った。

「スクラムジェットエンジン回復…アイドリング状態で待機。

 揚力も回復…更に降下…現在地を照合…目標から500km程ズレています。」

『許容範囲だな…自走出来る?』

「十分に可能です。」

 エアトラは 降下ポイントのズレがヒドいが、カプセル型とは違い 自走が出来る。

 スクラムジェットエンジンを起動させて、降下ポイントに向かう。

 現在、速度は時速2000km…500kmズレていても20分程度しか掛からない。


「小笠原諸島上空に到着…旋回飛行しつつ着陸準備…。」

 スクラムジェットエンジンを停止させて、ターボジェットエンジンに切り替え、翼を斜めにして空気の抵抗を大きく受け、小笠原諸島を何周も回って速度を落とす。

「着陸します。」

 姉島宇宙港のガイドビーコンをキャッチし、翼を縦にし、ランディングギアを降ろして 着地…。

「こちらエアトラジェットは…無事着地。

 ミッション完了です。」

『お疲れ…メンテナンスを受けてくれ』

 妹島観測所からナオが無線で言って来る。

「分かりました。」

 エアトラジェットの後部ハッチを開けて外に出ると、宇宙港のクルーが集まって来て、パシャパシャと私やエアトラジェットの写真を取っている。

 新聞の写真でしょうか?

「皆で写真を撮ろうぜ!!」「いいね」「やろう」

 私が皆に囲まれ エアトラジェットをバックにパシャリと写真を撮られる。

 皆の笑顔が心地良い…道具としての価値観が満たされて行く様だ。


 そして、翌日のアメリカの新聞の一面を見事に飾り、トニー王国の技術力と宇宙開発について更なる危機感をアメリカに与えるのであった。

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