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21 (パイロットスーツ)〇

 研究島…上空。

 定期便のエアトラの窓からナオ(オレ)は外を見る。

 トニー王国の離島の1つ…研究島…。

 ここでは、表に出して良い 研究が日々行われており、ここの住民は比較的 日本人が多い…機内に乗っているのも殆どが日本人だ。

 終戦後、日本で失業した大量の技術者達が エクスマキナ教の信者となり、この島で 研究や技術継承をしている。

 彼らの基礎研究は 日本の復興し終わった後の発展期に大活躍する。

 そして エクスマキナ教会は、他国の研究者や技術者達を研究島に連れて来て 彼らから技術と言う お布施を提供させている。

 ちなみにオレが日本で稼いだ円は、エクスマキナ教会に()()()の名目で渡して金を預かって貰っている。

 と言うのも『お布施』の名目で金を移動させれば 課税されないからだ。

 しかも エクスマキナ教の凄い所は、道具の神様なので、製造工場での労働を宗教活動としてしまえる事にある…つまり技術投資に課税されない。

 この為、今 クオリアは エクスマキナ教の宗教活動をする為の製造工場を更に増やし、日本を立て直す為、色々な役所と交渉中だ。

 これが進んで行けば、政治家や闇組織が生み出す不正資金をお布施の形で資金洗浄(ロンダリング)し、清いお金に変えて エクスマキナ教会内にある 彼らの秘密口座に貯金する事が出来る。

 そうすれば、政府をコントロールする手段が増えるし、教会 傘下の技術者にお金を回せてより研究が加速する…。

 国を不正に巻き込んでしまえば 組織が潰される事はないし、彼らが自分の利益を追求すれば追求する程、エクスマキナ教会が儲かり、技術が発展する。

 そして、政府の自分達の利益だけを追求した政策で日本が衰退し、相対的にエクスマキナ教会 傘下の企業が一流企業に昇格出来る。

 クオリアが言うには、何週か前の『高度人工知能エクスマキナ』が、自分を生み出す為の土台を作る為に造った宗教が エクスマキナ教の始まりとの事だが、あり得ない位に 効率が良いシステムだ。


「おっ来たな…」

 オレがエアトラを降りると、ハルミが迎えに来てくれていた。

「なんだ…こっちに来てたのか…。

 医者の仕事は?」

 ハルミは確か千島に行ったはずだ。

「現場で問題が起きて こっちに戻って来た。

 今は 外国に出ているトニー王国軍の為に薬の開発をやっている。」

「薬?何かの病気が流行っているのか?」

「病気…まぁそうだな…食物アレルギーだ。

 牛乳、卵、小麦にソバだな…。

 未来ではアレルギーは 技術で克服しているから 完璧に忘れてた…」

「何で今頃になって増えたんだ?」

「生まれた時から ずっとミドリムシ ばかり食ってたからだよ。

 人ってのは 多少アレルギーを持っていても、子供の時から食べ続けていれば 身体が受け入れて 消化が出来るようになる…耐性獲得ってヤツだな。

 実際 現場で調べてみたが、こっちでも食べている天然物の魚や果物のアレルギーは 出ていない。」

「あ~外の国で天然物の食事をし始めたのって、割と最近か…。」

「そう…トニー王国の外に出ている軍で、20歳以下なら耐性獲得が出来るかも知れないが、それ以上は難しい…。

 これは 免疫制御系のマイクロマシンが出来るまで ミドリムシ生活だな。

 今、トニー王国国民 全員の食物アレルギーの検査と、保育院のメニューに卵や牛乳を使った食事を定期的に入れ始めて 耐性獲得の機会を作ってる。

 この類の天然物は、完全に輸入になっちまったんだが…。」

「死者は出ているか?」

「今の所 出てない。

 症状は 主に消化器や皮膚系、呼吸器系は 無し。

 応急処置用の薬を届けたから死人は出ないだろうが…。」

「でも、如何(どう)にかしないとな…。

 今の日本の主食は小麦パンだ。

 それに 牛乳や卵は加工食品で良く使われている…これらが 食べられないのは致命的だな。」

「そ…本当にやらかした…はぁ」

「治療方法は?」

「定期的にアレルギー物質を少量ずつ身体に入れて、耐性を獲得して行くって言う乱暴な方法があるんだが、今 開発している薬は マクロファージ治療法の為の薬」

「マクロファージ?確か白血球の1種だっけ?」

「そう…身体に入って来た異物を食べて無力化してくれる白血球…。

 で、コイツが『この食べ物は危険だ』と誤認して信号を発すると免疫系が誤作動してアレルギーの症状が発生するんだ。

 だから、誤認しないマクロファージを大量培養して、何かの手段で、患者の体内に入れる訳…多分、それで治る」

「多分?」

「そっ多分、まだ動物実験の段階だからな…。

 人体実験には、後1年は掛かるかな~。

 これが成功すれば移植時の拒否反応の抑制にも繋がるんだが…。

 それで、ナオはパイロットスーツのテストだよな。」

「ああ…ここで人体実験してくれるヤツがいるって聞いたんだが…。」

「あ~スカーレット隊のスプリングフィールドだな。」

「スカーレット隊?なんか すぐに死にそうな名前だな。」

「本島に侵入してきて 入れ墨刑を受けた 所属不明の潜入部隊。

 頬に4本のスカーレット(赤い傷)を受けて、爆弾の首輪をはめているヤツだ」

「死刑の免除の為に実験動物をしているのか?」

「いや…特殊部隊なだけあって…かなり優秀だから…。

 戦闘機のパイロットのウイングは 信頼を勝ち取ってボストンのエアトラのパイロットになったし…。」

「凄い出世だな…で、そのスプリングフィールドは?」

「コールサインは スナイパー…文字通り狙撃手だな。

 今は個体数が多くなって来た 熊を狩ってくれているハンターだ。」

「なんで そんなヤツが実験体なんてやってるんだか…。」

「さあな?

 さっ…ここでお別れだ…頑張れよ」

「ああ そっちこそな。」

 オレはハルミにそう答え、実験施設に入って行った。


「こんちわ~パイロットスーツの実験に来たんだが…。」

「ああ…待ってました…こちらです。」

 研究員に案内されて行くと、頬に4本の傷の入れ墨がある男が下着の上からツナギ型のパイロットスーツを着ようとしている所だ。

「アンタがスプリングフィールドか?」

「ああ…パイロットスーツのテストをしている スプリングフィールドだ。」

「なんで狙撃手がパイロットスーツの開発をしているんだ?」

「元々は 狩猟の為にパイロットスーツを着た事が始まりだ。

 そこから色々と注文を付けて行ったら、いつの間にか パイロットスーツのテストをする事になっていた…よっと…。」

 袖を通し、ファスナーを上げて毛が細かい面ファスナー(マジックテープ)でファスナーを覆う…これで気密が保てる。

「さて、オレも着るか…。」

 オレは服を脱いで下着姿になり、研究員から渡されたパイロットスーツを着る…。

 生地の裏面はシリコンになっていて、着ると ひんやりとした感覚が来る。

 このシリコンが身体から発せられる熱を吸収して行き、背中まで熱が伝わるとペルティエ素子のラジェーターで廃熱され始める。

 パイロットスーツは 完全密閉構造の為、体温の熱がパイロットスーツの中で溜まり、蒸し暑くなってしまう。

 その為、通常なら宇宙飛行士は 冷却下着を着て、水冷で冷却する必要が出て来るのだが、そうすると冷却装置も積まないと行けないので、宇宙服が大型化してしまう訳だ。

 なので背中にペルティエ素子のラジエーターだけで廃熱が出来るのは割と画期的なシステムになる。

 パイロットスーツを着ると 内部の空気を排出して行く…特に腕周りは 念入りだ。

 宇宙に行くと気圧差で服が膨張してしまうので、非常に動きにくくなってしまう。

 なので、空気を可能な限り抜いて膨張を防ぎ、胸部をパイロットスーツで圧迫するする事で肺での呼吸が出来る様にする構造だ。

 人工筋肉による筋肉アシストもある事だし、宇宙空間でも問題無く動けるだろう。


 真空チャンバー前。

『それでは、真空チャンバーに入って下さい』

 研究員の指示に従いオレ達は スキュバーに使うようなエアタンクを背負ってヘルメットにホースを接続する。

 この中には メインの酸素タンクがあり、吐いた呼気を 炭素繊維で出来た二酸化炭素フィルタに通して 二酸化炭素だけを取り出し、酸素を循環させるシステムだ。

 取り出した二酸化炭素は 二酸化炭素タンクに入れられ、作業後は宇宙船内のミドリムシを育てる為に使われる。

 で、光合成でデンプンと酸素に変換されて酸素タンクに入れられて再利用されて循環して行く訳だ。

 まぁ今の技術では 完全循環は程遠いし、これで完全循環させようとした場合、20万人で 直径6km、長さ20kmの筒型のスペースコロニーが必要になって来る。

 酸素変換効率が極端に良いミドリムシ…エアーソルさえ出来てしまえば、高出力のライトと一緒にヘルメットに仕込む事で、リアルタイムで二酸化炭素を変換酸素にしてくれ、電源さえあれば 酸素タンクが不要になるのだが…完成には まだ遠い…。

 あの個体を生み出すには 遺伝子組み換え技術が必要だ。


 オレ達は 真空チャンバーの中に入り、エアロックを閉じる。

 中には 機械類や工具、トランプがテーブルに置かれている。

『では 真空にします。』

 研究員がそう言うとプューとチャンバー内の空気が抜かれ、宇宙と同じ真空状態になる。

『こちら、スプリングフィールド…気密良し、呼吸正常…。』

 スプリングフィールドは、バイザーにレーザー投影されている表示を見ながら言う。

『ナオは如何(どう)ですか?』

「気密は良し、空気は数値上では 正常作動…。

 オレは呼吸をしないから実際は不明…。」

『了解…作業をしながら 呼吸を繰り返して下さい。

 それと少しでも苦しくなった場合、数値を疑って下さい。』

『スプリングフィールド…了解』

 オレ達は工具を取って作業を開始する。

「やっぱりドライバーが握り難いな。

 それに まだ握力もいる。」

 真空で少し膨らんだ状態でも ある程度の柔軟性を保ってくれているが、手袋の指が太い為、細かい作業が出来ない…。

 まぁ気密を確保する為には多少分厚くなるのは 仕方のない事なんだが…。

 流石に2600年に製造されたオレのパイロットスーツと比べるのは酷だろう。

 手袋が膨らんでいる分 多少の握力が必要だが、手袋に取り付けられている人工筋肉が ちゃんと アシストしてくれて、不満はあるが 一応 作業が出来る状態だ。

「よし、こっちは終了…スプリングフィールド?」

「もう終わる…終わった」

 破損した生命維持装置のパーツ交換に30分…。

 まぁまぁだな。

『後は遊んで頂いて結構です。』 

「と言ってもな…トランプ持てるか?

 おっ柔軟性が失って、パッキパキになってるぞ」

 一応遊べるが、シャッフルも難しい…ヘタをするとカードが割れてしまいそうだ。

 真空中でのポーカーは結構 難しい。

 まぁわざわざ船外活動でポーカーをやり出すバカは いないんだろうが…。

「一応 出来るな…はい、フルハウス…。」

「スリーカード…。

 手札を入れ換えるのはムリだな…」

「いや、イカサマするなよ…。」


 ピピピピピピ…。

「うん?二酸化炭素警報…二酸化炭素の吸収が低下しているのか?

 酸素は まだまだ あるんだが…」

 スプリングフィールドが言う。

 通常3%の所、二酸化炭素が4%に上がって来ている。

 5%で頭痛、めまい、吐き気、7%で意識障害…限界が9%。

 もう少し大丈夫だが、二酸化炭素の吸収能力が落ちていると言う事はこれから どんどん上がって行く。

「宇宙服の場合、二酸化炭素の排出の方が重要なんだよな。

 まぁ3時間船外活動 出来ただけでも上々…。

 気圧を戻してくれ」

『了解…戻します。』

 プシューと気化した水蒸気がチャンバー内を満たし、気圧が急激に上がって行く。

 外の気圧が同じになった所で、エアロックを開けて外に出る。

 スプリングフィールドがヘルメットを外して大きく呼吸をする。

「うん…大丈夫…と言うかトイレに行きたい…。

 行ってくるね~」

 スプリングフィールドがトイレに向かう。

「良い性能ですね…空気漏れも ありませんでしたし…。」

 研究員が言う。

「後は手袋位かな…。

 指を動かしにくいのが如何(どう)にも…。

 最後、スプリングフィールドの握力が落ちて トランプに支障が出て来てたし…。」

「空気が完全に抜けて無かったのですね…胸部辺りの空気が流れて来たのでしょうか?一度調べて見ます」

「頼むよ…」

 パイロットスーツの性能は上々…。

 放射線 被ばくも健康値以下に収まっており、数時間程度の船外活動なら問題にならないレベルだ。

 今の状態でも宇宙には行けるだろう…。

 後はエアトラジェットの試験をし続けて宇宙に行くだけだ。

 ただパイロットは如何(どう)するか?

 オレは歴史の教科書に乗せられないからな…。

 オレはそんな事を考えながら、ここの研究員達とパイロットスーツの細部を詰めるのであった。

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