17 (戦友との再会)〇
ハボックらは クラウド商会ボストン航空の近くにある社員寮に行き、そこの1階で夕食と取り、皆が それぞれが客席に入る。
ボストン航空の社員数は13人…。
社内医師であるブラッドリー以外の全員が エアトラの飛行資格を持っており、全員がドラムの力を借りれば 1人で機体のフルメンテナンスが出来る位には習熟している。
トニー王国が機械に頼り切っている方針だからこそ、たった これだけの人数で仕事を回せる訳だ。
部屋は60部屋あり、内半数が客室だ。
客室は テーブル付きの二段ベッドが左右にある4人部屋で、多少窮屈ではあるが、カーテンも ちゃんとあり、プライバシーが ちゃんと確保されている。
部屋は暖かく 空調が整っており、窓ガラスは丸く はめ込み式の3重構造になっていて、すぐそばで 軍用機が離発着していると言うのに音が気にならない。
部屋は狭いが かなり金が掛かっている作りだ。
家族連れ以外は1人1部屋を贅沢に使い、荷物をエアトラ規格の耐衝撃、耐防水のキャリーケースに移し替え、ふかふかのベッドで俺は早めに眠りに つくのだった。
午前5:30…。
まだ朝日も出ていない暗い中 俺達は ベッドから起き上がり、身なりを整えて荷物をまとめ、パスケースを首から下げ、キャリーケースを持って部屋を出た。
「それでは キャリーケースを開けて下さい」
午前0時から午前6時までのシフトの従業員3の内、女性の従業員が 俺達のキャリーケースを開けて中身を確認する。
そして、チェックが終わった所でもう1人の男が イアーマフ付きのヘルメットと救命胴衣を持って来て 乗客に次々と着せて行き、最後に2人と一緒に格納庫まで案内してくれる。
格納庫では、最後の1人が エアトラの後部ハッチが開き、大きな体重計を持って来る。
「重量チェックです…荷物を持って こちらに乗って下さい。」
俺達は 体重計に乗り、重量を計測…。
女性人達が 少し躊躇するような感じで体重計に乗る。
従業員は 乗客名簿に重量を記載して行き 完成。
「よし…次に座る場所ですが…ご要望は ありますか?」
従業員がエアトラの簡略図が書いてある紙に名前と重量を記載して行く。
「ふむ…右側が重くなるか…失礼…席をこちらに移して貰って大丈夫でしょうか?」
客の要望を聞きつつ、前後左右に重量が均等になる様に配置する。
これが重量が極端に傾くと飛行性能に大きな支障が生まれる。
「よし、ご協力ありがとうございます。」
最後に仲間の従業員に簡易図の書類を見せて確認を取る。
「OK」「大丈夫…それじゃあ、燃料を入れるよ…乗員は席順を守って搭乗して下さい。」
赤色のドラム2機が踏み台を使ってエアトラの両翼の下に燃料ホースを差し込み、この格納庫の下にあるガスタンクからエアトラの燃料である酸水素を供給して行く。
俺達はエアトラの後部ハッチから中に乗り込む…。
席は 左2真ん中1左2の5列で、それが後ろに6列あり、俺はその一番前になる。
各座席の下に網があり、その中にアタッシュケースを入れる。
そして、スペース確保の為か スプリングの反発で 上に上がって折りたたまれている椅子を下げて座る。
椅子には 低反発クッションが入れられており、身体が適度に沈み込み、乗り心地は かなり良い。
横にある レバーを引けば 背もたれも傾けられ、腕を乗せる為のひじ掛けにはドリンクホルダーも付いている。
これなら6時間のフライトでも 十分に耐えられるだろう。
周りを見ても それなりに好評の様だ。
左側の窓を見てみると 丸い三重ガラス窓…社員寮に あった物と同じ物だろう…そこから後ろを見ると エアトラの翼とプロペラが見え、床からホースで燃料を翼の中にタンクに供給中だ。
出発の午前6:00まで後5分…そして 燃料の供給が終わり、赤色のドラムがホースを外す。
そして午前6:00…交代の時間だ。
3名のトニー王国のパイロット服に フルフェイスヘルメットを被った男が やって来て 1名は格納庫のシャッターを開け、トーイングカーからワイヤーをエアトラのタイヤに接続して出発の合図を待つ。
後の2人は重量や燃料などの書類を渡され、ペラペラと書類を確認しながら後部ハッチから乗り込む。
「さて、お待たせしました…。
クラウド商会ボストン航空をご利用頂き、ありがとうございます。
私は本日の機長のウィング…こちらは副操縦士のマイクです。」
「よろしくお願いします。」
2人がヘルメットを外して言う…ん?ウィング?それに あの顔?
「さて、まずは機内の説明です。
機内は1気圧、酸素濃度20%、室温が20℃に調整されています。
個人差はあるでしょうが、人が快適に過ごせる環境です。
後、空調の問題から室内では全席禁煙です。
これから6時間程 吸えなくなるので、吸いたい方は 今の内に外に出てどうぞ。
はい、前に移動しまーす。
はい、こちら…進行方向 右側にトイレ…左が給湯室です。
手を洗う場合は こちらをご利用下さい…。
最後に皆さんの座席の脇を見て下さい…シートベルトがあります。
シートベルトはお腹の下 辺りで閉め、飛行中は可能な限り外さないで下さい。
以上、はい 後10分程で出ます…おタバコは 今の内にどーぞ」
ウィングがそう言うと 喫煙者が ぞろぞろとタバコを吸いにエアトラから出始めた。
「ウィング生きていたのか?」
「あっ…すまんマイク…機体のチェックを頼む」
「はい」
マイクがヘルメットを被って副操縦的に向かう。
「お客様…大変申し訳ないのですが 人違いであります…。
自分は、生まれはトニー王国…。
その後はトニー王国軍に従事し、今は軍が管理している この民間の航空会社でパイロットをやっているのであります。
少佐が おっしゃっているウィングとは おそらく別人でしょう…。」
「少佐か…私はキミに階級を教えていないはずだが…それに 今は中佐だ。」
「あ~ご昇進 おめでとうございます。」
「まぁ別人と言うなら そう言う事にしておこう…キミの腕は信用している。」
「ありがとうございます。」
頬に4本の傷が入っているウィングは咄嗟にトニー王国式では無く アメリカ空軍式の敬礼をして顔を隠す様にヘルメットを被り、機長席に向かった。
「元気そうで何よりだ。」
ウィングは大戦中の俺のバディで、俺が乗る戦闘機の後ろを守って貰っていた 一番信頼が出来るエースパイロットだ。
その後、トニー王国軍の本島を攻撃する為にウィングが転属になり、俺は日本で空爆をする爆撃機の護衛をしつつ、トニー王国軍が本気になる前に昇進して前線から引き、ジェット機のファントムのテストパイロットの為に本国に戻った事で 運良く生き残れた。
戦後指揮官になった俺はウィングの消息を調べたが、記録によるなら ウィングは 空母から発艦して トニー王国の本島へ偵察しにいったが 戻ってこらず 未帰還…おそらくトニー王国の無人機により撃墜された。
と言う事になっているのだが、現に ここにいる…トニー王国で罪人を意味する入れ墨線が入れられていると言う事は、墜落した所をトニー王国軍に拾われて亡命したのか?
あれから何があったか分からないが、今は こうして別人として生きているんだ…俺が気付かなかったフリくらい しても良いだろう。
窓から外を見ると真上に向いていた翼の向きが変わり、斜め上になり、正面に向けられる…そしてまた戻る…翼の稼働チェックだな。
「さて…そろそろかな…マイク…」
「了解…お客さんの確認をします。」
マイクがコックピットから後方ハッチから出て、喫煙をしていた外交官達を席に座らせる。
「はい、皆さんシートベルトは ちゃんと締めていますか?確認をします…ホールドアップ!
うん、大丈夫ですね…。
お客さんの置き去りなし…シートベルトを確認…ハッチ閉鎖。」
「後方ハッチ閉鎖する。」
後ろを見ると今までスロープになっていた後方のハッチが上がり、ガチャリと閉じる。
後部ハッチの横のランプが赤から緑に変わる。
「気密OK…エアコン正常作動…行けます。」
マイクが副操縦席に戻る…。
「よーし、引っ張ってくれ…。」
エアトラがトーイングカーで引っ張られ、格納庫から出される。
「こちらエアトラ、CBA-1…垂直離陸にて上昇する。
付近に機影はあるか?」
トーイングカーが外され退避…マイクが それを確認した所で、管制塔とやり取りをしている。
「離陸許可、了解…巡航高度の高度6000mまで上昇する…。
エンジン1番2番…起動…推力上げ…。」
「推力上げ~」
「うああ~」
外交官の子供達が窓に喰いつき はしゃぐ…まぁ垂直離陸が出来る機体は今の所 これだけ だからな。
安全高度まで上昇すると翼を斜め上に傾けて前に進み始め、加速Gも感じない程 ゆっくりと速度を上げ、速度が乗った所で翼を前に向け、後はプロペラ機の輸送機と同じだ。
飛行中のエアトラのエンジン音は 思いの外 静かで、更にヘルメットに付いているイアーマフが エンジン音だけを消してくれるのか 人の声だけが良く聞こえ、これなら輸送機の中で快適に眠る事も出来るだろう。
『お客さんへ、当機は安定飛行に入りました。
現在の高度は6000m…速度は時速500kmです。
トニー王国の外交島まで おおよそ5時間です。
席に座っている間は シートベルトを必ず締めるようにして下さい。
今、マイクが朝食をお持ちします。』
ウィングが機内放送で そう言うとマイクが給湯器の下の棚から機内食を出し、飲み口のキャップを外して給湯器の口に回して接続し、ボタンを押して熱湯を入れ、またキャップを付ける。
トニー王国のフリーズドライ食だ。
パサパサでコンパクトに収まっていた物が熱湯を吸収して膨らみ、機内食になる。
トニー王国の大半の食べ物は フリーズドライ加工されてパッケージされており、缶詰のレベルの長期間保存が出来る。
ちなみにトニー王国には軍用のレーションは無く、このフリーズドライ加工された民間食品を適当に積み込む方式だ。
その為、普段食べている物と変わりなく、種類も豊富との事。
普段からマズイレーションを食べている こちらにとっては 非常に有難い環境だ。
料理は パッケージされたまま、ステンレスのランチプレートに乗せられ、折り畳み式のカートの棚に積まれて、俺達の元に届けられる。
プレートは下側が凹んでおり、ひじ掛けのドリンクホルダーの穴に差し込まれ、即席のテーブルとなる。
メニューは ハムとレタスが挟まれた緑色のサンドイッチが2枚。
長いウィンナー3本、目玉焼き1枚…マッシュポテトのサラダ…。
そして、乗る前に注文していた お好みのドリンクがあり、一般人の朝食としては 豪華な方だ。
熱湯を入れた飲み口の反対側が 切り口になっていて、手で簡単に引き裂け、中身の料理をプレートに出し、ステンレスのスポークで食べる。
「おっ普通に美味い。
それにしても、これが全部ミドリムシなのか…。」
トニー王国は 食品加工技術が 凄く発達していて、ミドリムシをベースに混ぜ物を入れる事で、味や食感、色を高度に再現している。
周りを見ても それなりに好評の様だ。
まぁ俺は この袋の方に興味があるのだけど…。
俺は窓の外の美しい晴天の空を見つつ快適な食事をするのだった。