15 (核抑止)〇
アメリカ 軍本部。
「失礼します。」
「よく来た…ハボック中佐…そこに掛けろ」
「はっ」
ハボックが准将の前の上等なソファーに座る。
「まずは 作戦資料を確認してくれ」
俺がテーブルのconfidentialと書かれた A4サイズの封筒をペーパーナイフで開けて書類を取り出す。
「……こっこれは?」
「そう、トニー王国が大量破壊兵器の製造を成功した。」
これは トニー王国から送られて来た文章のコピーなのだろう。
文章には トニー王国が核兵器を保有している事、アメリカとの戦争状態に入った場合、アメリカの首都への核攻撃も辞さないと書かれていて、最後に 今後のアメリカとトニー王国は、死人が出ない話し合いによる外交で問題を解決し、可能な限り 武力による外交を回避する様に努めろと書かれている。
今までのトニー王国の丁寧な文章とは違い、公式文章なのに ファッキンなどの単語を入れている明らかに怒って この脅迫文を書いたと言う感じがする文だ。
「核ですか…いくら何でも対応能力が高過ぎでは?
まさか、大戦時に使わなかっただけで 既にトニー王国は 核兵器を保有していたと?」
大戦時にトニー王国は 労働人口の減少を嫌い、可能な限り穏便に済ませようと言う 外交戦略で来ていた。
戦争終盤になって、我々はトニー王国に相当 手加減をされていた事が分かったのだが、まさか核兵器まで保有しているとは…。
「彼らの言い分を そのまま受け取るなら、今まで核分裂の熱を利用して発電はしていたが、兵器転用の発想は無かったとの事だ。」
「原子力発電ですか?…まだ我が国でも 実用化されていない 開発中の技術です。」
「そうだ…とは言え、トニー王国が この技術は 持っていても不思議ではない。
彼らは 宇宙人から技術提供を受けているのだからな。
恒星間航行をする彼らが、核分裂反応を使わずに石油を燃やして生活していたとは思えない…と言うより宇宙で石油は採れるのか?」
「それは まだ分かりません…。
ただトニー王国は 兵器の技術力に比べて戦術も外交能力も非常に幼い…。
宇宙人らは 戦闘技術については 教えなかったと考えるべきです。
つまり、トニー王国と同じ技術レベルでの戦争なら、物量、生産量が共に高い我が国が確実に勝利します。
まずは工作員をトニー王国の本島に送り込み、彼らの兵器に対しての情報を集め、対トニー王国兵器の開発をするべきでしょう。」
「はぁ…そこまでは 既に私がやった。
特殊部隊を数度 潜入させたが、結果は全滅…本島への侵入した者は全員が返ってこなかった。
無秩序な森の様に見えて、意外とセキュリティが高かった様だ。
そこで、キミは核視察 部隊の護衛をしつつ、トニー王国で核兵器の視察に行ってほしい。
近々トニー王国の研究成果を発表する祭りで、離島の射爆島で トニー王国が核兵器のデモンストレーションをする つもりらしい。」
「確かに 核を持っていると 自称しているだけと思われる可能性も十分にありますからね。
こちらを警戒させて 次の戦争を回避する為にも、核保有国である事を証明しないと行けない訳ですか…。」
「トニー王国の考えとしてはな…。
ただ こちらでは トニー王国が大量破壊兵器を実践配備する前に、核製造施設や研究者の皆殺しにしようと言うプランが上がって来ている。
核保有国が増えれば増えるほど、世界の警察である我々が統治に苦労する。
だから 核保有国は 我が国だけで良いと…そう言う考えだ。」
「ソ連は止められないとして、ドイツと日本は如何ですか?」
現在、核保有が確定しているのはソ連、そしてアメリカ…今回の視察でトニー王国も追加されるかもしれない。
そして、今後 核兵器を開発しそうな国はドイツと日本。
ドイツは ナチスが大量の資金を投じ、様々な兵器に予算を与えていた。
その中に 核分裂の熱による発電…原子力発電の研究も入っている。
もっとも彼らは、核燃料を濃縮する方法を知らなかったので、爆弾に転用出来るとは思って無かったのだろうが…。
そして、ナチスから一部技術データを貰っていた日本も まず研究していないだろうが データが渡ってしまった以上、それを元に核兵器を作られる可能性がある…潜在的に この2国も非常に危険だ。
「どちらの国も兵器の製造に対しては 大幅な制限をかしている。
しかも 日本は『平和教育』をしている。
先の大戦から戦争の悲惨さを理解し、平和を愛し、戦争を放棄させ、軍を保有せず、外交交渉のみで 国際問題を解決して行く事を学校で教育して行っている。」
「戦わず外交交渉で解決するやり方は トニー王国と同じですが、そんな解決方法は無理なのでは?
トニー王国と違って 今の日本には武力がありません。
武力による後ろ盾の無い交渉は、無意味です。」
「そうだ…だから 我々が駐留して日本の安全を確保し、日本に対して武力を背景にした 交渉をする訳だ。
しかも 日本が軍備を増強し始めたら『また戦争がしたいのか!?』と言って民意を先導すれば、国を守る為に必要な武力ですら削る事が出来る。」
「元敵国なので仕方のない事なのでしょうが、戦う力を無くした日和見主義の国 程、危険な国はありません。
いずれ 我が軍に頼り切りになり、軍の負担になると思われます。」
「いいや…奴らが こんな不平等な条約、律儀に守る訳がない。
前例から言って 復興から10年程度で国が安定して来ると条約を反故にして来るはずだ。
そうなれば、こちらが 安全条約を破棄しても問題無いだろう。
で、今やっている平和教育は そうなった時に民意によって軍の弱体化を狙っ行く政策だ。」
「本当によく考えていらっしゃる。」
民主主義は 如何に国民を議員の都合の良い様に洗脳 出来るかに掛かっている。
民主主義による選挙の利点は、有権者が自分達で議員を選んでいると思わせる事で、有権者を納得させられる事だ。
ただ、大半の有権者は学が無く、マスコミなどのメディアに こちらが金を出して、情報を操作してやれば簡単に騙され、民意を誘導出来てしまう。
しかも 誘導されていたとは言え、多数決で決まったと言う事は それは民意であり、その選ばれた議員の失策は 当選させた有権者が悪いと責任転嫁させる事が出来、国民にある程度の責任を被せられる。
なので、結局、金の持っている企業と繋がりのある人間が議員になり、自分や自分達の企業が更に儲けられる法律を造り、更に儲けて民意を味方に付ける。
政府の失策の責任の所在を分散させる事で、不正を起こす事でのリスクを限りなく小さくし、利益を追求するのが 民主主義だ。
我々は 選挙と言う民主主義的な手続きを入れて 平等を演出しているだけで、政治の仕組み自体は ナチスと大差なく、むしろ責任者が明確でない分 こちらの方が遥かにタチが悪い。
「さて、それで…キミは海と空…どちらが好きかね?」
少将が俺に聞いて来る。
「空母から発進する艦上戦闘機のパイロットの私としては どちらも好きです。
ですが…私の戦場は海では無く空です。
これは 空路と言う事になるので しょうか?」
「そうだ。
トニー王国へのルートは 現在2つ…。
ボストンのクラウド商会で、月1回のペースでやって来るトニー王国の潜水艦の貨物船での移動だ。
これは片道で4日程掛かる…時間は掛かるし、道中は退屈だが、安全性は確かだ。」
「空路は ボストン空港…機種はC-46ですか?」
「いや、クラウド商会ボストン支店が持っているエアトラを使う。
彼らは チャーター機だけ とは言え、航空産業もやっているからな。」
「コマンドーでも性能としては 十分なのでは?」
「速度と飛行距離だけならな…ただトニー王国には 滑走路が無い。
あるのは、港も兼ねた海に着水する海上滑走路。
あとは、ヘリポートと呼ばれている耐熱加工されたアスファルトが引かれている場所だ。」
「なるほど…垂直離陸機が前提の設計なのですね。」
彼らのエアトラは航空機の派生では無く、ヘリコプターからの派生なのか…。
「そうだ…ヘリコプターなら 機体が入るスペースさえ 確保してしまえば 飛べるからな。
こちらも 垂直離陸機、XV-3の計画が進んでいるが、実用化には 程遠い。」
「それでは 空路で行きましょう。
視察部隊の人数は?」
「エアトラはパイロット2名、乗客を30名乗せられる設計になってる。
支払いは エアトラ1機のごとの チャーター金額になるから、交代用の外交官と日程を合わせて、ちょうど30人にして1人辺りの単価を下げる つもりだ。
キミは ニューヨークまで飛んで、メンバーが集まるまで待機…。
その後、ニューヨークから C-47でボストン空港へ移動…。
クラウド商会の健康診断と入国手続き書を書いて貰って、翌日エアトラに乗ってトニー王国へ移動。
目的地までは片道で6時間…。」
「大西洋の真ん中のトニー王国に6時間で行けるなら まだ速い方ですかね?
それでは、失礼いたします。」
俺は少将にそう言うと扉を開けて去っていった。