13 (許されない懺悔)〇
トニー王国 地下都市アトランティス。
市役所内、サーバールーム。
幼年学校を卒業した マイケル・パーシーは、コンピューターの仕事に適正が合った。
なので 職業訓練校で サーバーの勉強と試験を受けて採用され、都役所内のサブサーバーを任される事となった。
4本も傷を持っている犯罪者の僕が 面接で合格出来たのが不思議なくらいだ。
「うわっ寒っ…。
こんにちは…今日が初めてのマイケル・パーシーです。
アランさんは いますか?」
壁の水銀温度計を見ると5℃。
厚手の上着を着ている僕は ドラムの隣で キーボードを叩いている中年男性に聞く。
「はい、僕がアラン・チューリング…ようこそ 僕のオフィスへ…。」
ここの部長のアランさんが言う。
薄暗い サーバールームには、棚に大量のブレインキューブがギッシリと仕舞われたサーバーがあり、そのサーバーも区画ごとに きっちりと並んでいる。
僕達の仕事は これらのサーバーの通信を維持し、都市民に通信サービスを提供し続ける事だ。
「さて、学校で習ったから分かると思うけど、ここは基本 暇だが 頭を使うし、この都市で最も重要な部署の1つだ。」
「はい、分かっています。」
役所のホームページ、検索エンジン、都市民の個人サイトに 電子掲示板に動画サイトまで、すべてが ここを中継して使われている。
つまり、ここ一帯が破壊されれば、この都市の電脳空間の消滅にも繋がる事になる…。
「では、早速だが 異常が出てるキューブを取り換えて見ようか。」
アランさんが コンピューターの画面を見ながら言う。
「はい…えーと番号は Bの29ですね…。
場所を教えて貰えますか?」
「分かった。
最近B区画のサーバー群から異常が出る事が多い。
おそらく、3年目のキューブが多い事が原因なんだろうが…。」
アランさんが僕と歩きながら言う。
僕とアランさんは、倉庫から最新型のブレインキューブを出し、僕らに付いて来るドラムが持つカゴに乗せて、B-29のサーバーに向かい、その中に繋がっている 壊れているブレインキューブを交換する作業に入る。
常に高処理環境にさらされる ブレインキューブは、一般で使うより寿命が短く、3年程度で壊れる。
破損の兆候が見られたキューブは データを別のキューブに回して警告を発し、僕達がキューブを物理交換をする…これが僕達の仕事だ。
「大量のキューブを詰められたサーバーに、その大量のサーバーをまとめてる A~Zの群…。
統計的に考えて 一日に6~10個のキューブが破損する計算だ。
僕達の仕事は、壊れたキューブを交換し続けて サーバーセンターの処理能力を維持し続ける事。
後は たまに光ファイバーケーブルの調子が悪かったりするけど、これも交換。
交換するだけ だから基本は暇だけど、システムを維持する為に24時間交代で いなくちゃならない。」
「分かってます…よっと」
破損しているキューブの電源を落として 取り外し、最新型の処理能力が高いキューブを取り付ける。
これを繰り返す事で このサーバーセンターの処理能力が どんどん上がって行き、必要なエネルギー量も増えて行く。
電源を入れて動作を確認…よし、問題無し。
「ふう…」
僕は破損したブレインキューブ「はそん」のテープを貼ってドラムが持つカゴに置く。
最後に破損したキューブが入れられている折りコンにキューブを入れれば 作業終了だ。
「うん、良い腕…」
アランさんが確認をしながら言う。
「そうなんですか?」
「手早いし、迷いがない…さぁお茶にしよう。
キミは紅茶派か?コーヒー派か?」
「僕はコーヒーで…。」
「じゃあ僕は紅茶にしよう…クリストファー頼むよ」
『はい、アラン』
クリストファーと呼ばれたドラムが給湯室に入り、筒型のやかんに水を入れて 台に乗せ、やかんのスイッチを入れる。
電気式だろうか?しばらくすると やかんが ぐつぐつと鳴り始め、水蒸気が注ぎ口から吹きだし、ピーと言う音が鳴る。
クリストファーは 戸棚からティーカップを2つ取り出し、ビン詰めから 紅茶とコーヒーの粉を それぞれのカップに入れて、お湯を入れる。
最後にティースプーンで かき混ぜれば出来上がりだ。
『お待ちどうです。』
デスクに付いた僕達にクリストファーが紅茶とコーヒーのカップを置く。
「微糖のコーヒーだ。
気に入ると 良いのだが」
「良い香り…これもソイフードなんですか?」
「そうらしい。
香り付きは 最近出来た ばかりだ。
どうも、香りを楽しむ価値観が なかった様でね…。
うん、美味しい…。」
「確かに…」
僕はコーヒーを飲みながら言う。
「さて、キミ、出身地は?」
「ボストンです…あっ」
やばっ…僕がアメリカ側の工作員だと知られれば本国に迷惑が掛かる。
「いや…あの」
「そうか、僕は ブリテンのロンドンの出身だ。」
「ロンドン?それではアランさんも?」
「僕はエニグマの解読に携わった1人で、この国に技術亡命して来た。」
「え?あの絶対に解けないと呼ばれているドイツの暗号をですか?」
「そう…」
「でもそんな話 聞いた事…あっ…」
「そう…僕は ドイツの暗号方式が変わる事を警戒して、敵…味方にも嘘を付いて騙し続けて来た。
数学を使って最大人数の兵士が生き残れる様にして来た…でも、僕が切り捨てた兵士も とても多い。」
「何故、僕にそんな事を?」
「懺悔したかったから…かな。
僕は元々 無神論者だ。
今は エクスマキナ教で科学の発展を信じて 研究をしているが…。
ここの教会の教祖様は『過ちを教訓にして次に生かせ』としか言わない。
だから話したくなったんだ。」
「そう…ですか…。」
前の戦争では誰もが地獄を見た。
仲間の後を追う様に半分死ぬ気で本島に侵入したんだけど、ここに救って貰えて 今は何とか目的を見つけて楽しく生きている。
「さて、マイケル…。
近日中に このサーバールームは、大改造を受ける。」
「えっ?キューブが壊れるのを待たずにですか?
と言う事は、急激に処理スペックが上がると?」
「そう…これは知っているな」
アランさんは、ポケットサイズで2つ折りになっている機械を出す。
アランさんが 広げて見ると、片方には 小型のキーボードがあり、もう片方には 新型のLED素子をビッシリ敷き詰められた画面があり、LED素子の点滅により画像を表示している。
「MECですね」
モバイル エレクトロニック コンピューター…略してMECだ。
名前の通り、コイツは 携帯出来る電子計算機で、今まで持ち運べない机の上で操作するコンピューターの役割を 限定的な処理能力とは言え、持ち運べるサイズまで小型化した物になる。
特に電話、電子メール、財布の機能が 都市の中 限定とは言え 使えると言うのは非常に便利で、僕もポケットの中に入れている。
「そう…メックは確かに便利だ。
だけど、手の平で持てるサイズと重量…そこから導き出されるバッテリー容量にコンピューターの処理スペック…。
持てるサイズにする為に メックには大きな制限がある」
「う~ん、スペックを上げると 消費電力が多くなって、バッテリーの消耗が早くなりますね。
それで バッテリーを大きくすれば、今度は重くなると…。」
「そう 机に乗せてしまえるなら これらの問題は簡単に解決出来る。
でも このせいで メックの処理性能が 中々上がらなかったんだ。
ただ、この制限は 先月に理論上で突破された。」
「えっ…重量とサイズを維持しつつ、高性能にする方法ですか?
ん?話の流れ的に その為にサーバールームを改造するんですよね。
となると…ああ…ドラムの様な ラジオコントロール方式ですか?」
「おおっ…僕も思い付かなかったのに…」
「話の流れにヒントがありましたから…流石に予備知識無しでは、思いつきません。
つまり『どのキーを押したか?』の信号を このサーバーに送って、大半の処理をこちらでやって、結果だけを メックの画面に送るんですね。」
「そう…この方式なら、メックは スペックに依存しない。
どんな処理能力が必要な アプリケーションでも、こっちで処理して相手の画面情報を送るだけで済むから、遊ばせている余剰処理能力も最小限で済む。」
「最小限…あ~それを無駄と考えるんですね。」
サーバーで一括で処理してしまえば、個人でやる無駄な計算を省けて計算に掛かるエネルギーも減らせる。
「ただ、それをやるには、通信ラグが無い 高速回線が必要になりますよね。」
「うむ…その為の改造だ。
最新型の無線中継器の設置と低遅延の超高速大容量通信システムの構築…。」
「そんな…それをやるのに何年掛かるんですか?」
「それが半年も掛からないそうだ。
この都市は 都市機能を小さくまとめたスマートシティだから 設置台数も他と比べて 少なく済むし、設備の更新も非常にラクだ。」
「なるほど…この都市のインフラの更新速度の速さは それが原因ですか…。」
設置面積が少なければ、更新する際に掛かる費用を大幅に下げる事が出来るし、何より維持費を大幅に抑えられる。
「本当に凄い国ですね…ここは」
「そうだな…僕も この知性持ったをドラム達が如何なるのか非常に興味がある」
アランさんは隣にいるクリストファーのディスプレイを優しく撫でるのであった。