12 (勝手な制空権)〇
トーイングカーにエアトラが引っ張られ、空母左側の甲板で戦闘機の横に入れられる。
「後部ハッチ解放…電源もOFFだ。」
「了解…」
機長席のナオが副操縦席のクオリアに言い、後部ハッチを解放して電源を切る。
完全に電源を落とした所で、辺りから ぞろぞろとM3グリースを持った兵士達がやって来る。
先頭にいるのは、カーキ色のツナギを着てゴーグル付きの帽子を被っている戦闘機パイロットだ。
「そのまま…動くな!!…ここの責任者は?」
「あ~オレです。」
オレは パイロットスーツのバイザーを上げて顔が見える様にして言う。
「名前、所属、目的は?」
「トニー王国軍 外国派遣部隊、小笠原諸島、姉島宇宙港所属、エアートラック社のテストパイロット カンザキ・ナオト中尉。
今回は 新型エンジンのテストで飛行をしていました。
はい、これ名刺です。」
オレは バックから名刺ケースを取り出して名刺を兵士に渡す。
名刺には エアートラック社の名前とオレの役職であるテストパイロット。
オレの名前に 姉島宇宙港の住所が書かれている。
ただ 日本では まだ電話が普及しておらず、トニー王国の軍用無線での通信が基本の為、電話番号は書かれていない。
と言うか 電話交換手に 盗聴される危険性も高い為、まだ使えない。
「エアートラック社、トニー王国の航空機メーカーだったか?」
「ええ…輸送機から戦闘機まで航空関連の製品の研究、開発、生産をしている所です。」
現状で トニー王国人がユートピア島を出るには、情報漏洩の問題もあり、軍事訓練を受けて トニー王国軍人になるしかない。
都市長が地方都市の全権を握っているトニー王国の都合上、都市長がいない外国では 国民を縛るものが何も無くなってしまう為、トニー王国軍が都市長の代わりをしている訳だ。
この為、外交島などで働いているスーパーの店員や、オレみたいな半分民間の航空会社の従業員でも『トニー王国軍 外国派遣部隊』と言う所属になってしまう。
「これはトニー王国の飛行服か?では これは?」
「ライフジャケットとパラシュート…何せ まだ何が起きるか分からない状態ですから…。」
「では武器は?」
「護身用の銃が2丁…最悪 墜落して猛獣がいる場所でサバイバルする事も想定していましたので…。」
オレがホルスターを見せる。
「分かった。
私はイーグル…イーグル少佐だ。
貴機のエアトラを止めたファントムのパイロットだ。」
「あ~無線の声の人ですね…。
くすっそれにしても、名前がF-15なのに、ファントムを使っているなんて…。
おっと…では まずは、状況確認です ここはハワイの近くですか?
我々は 気付かずに領空侵犯したのですか?」
計器類の故障や航法ミスで予定より 長い距離を進んでしまい、ハワイに侵入しまったのか?
「いいや、ハワイには まだ距離がある…こちらの目的は 哨戒任務だ」
なるほど…レーダーや無線が届く範囲で空母を配置する事で 敵を追い払い、本国への侵入を防ぐ方法か…。
まあ 数が少なくなった空母で太平洋全域をカバー出来る訳はないので、いくらか マシと言うレベルだろうが…。
「えーと それで オレらの処置は 如何するつもりでしょうか?」
「前例にそうなら 他国の軍が空母に緊急着艦する場合、簡易修理と航空燃料を補給させて、後日パーツ代を燃料代を所属国に請求するのだが…。」
「こちらの燃料は酸水素…航空燃料は 使えませんからね。
あ~そうだ 空母の無線を使わせて貰う事は可能ですか?」
長距離無線で味方の潜水艦に通信が通れば 燃料補給の目途が立つ。
ただ、空母が電波を放つと言う事は 自分の位置を相手に知らせる行為でもあり、哨戒任務の内容によっては通信が一切出来ない事もある。
「平文モールスなら おそらく許可が下りるだろう。
こちらの任務は哨戒だから、電波で敵が警戒してくれる分には 構わない。」
「その敵と言うのは?」
「現時点で戦争に なっていないが、我が軍が警戒しているのは ソ連と中国、それにトニー王国になる。」
「なるほど…我が国も 仮想敵国となっている訳ですか。
まっこの前まで戦っていた訳ですし 当たり前か…。」
「それで、こちらとしては あなたが中尉と言う階級もある事だし、仲間と合流するまで 士官用の部屋を提供しようと思う。
如何だろうか?」
「大変 有難いのですが お断りします。
こちらの軍も 貴軍との戦闘は望みませんが、あなた方を完全に信用する事も出来ない為、警戒しています。
それに テスト中の この機体の技術 流出の可能性もありますし、何より 緊急時に こちらが発艦が出来なくなってしまいます。
私達は この機内で過ごしますので…お構いなく…」
「分かった…。
それで 無線で流すメッセージは?」
「えっと今、書きます。」
オレはメモ用紙にシャーペンで書く。
『○○(空母の名前)から、周辺のトニー王国 潜水艦へ。
我が軍は 姉島宇宙港所属のエンジンテスト中のエアトラを保護している。
エアトラは 燃料の供給が必要だが、パイロットと共に無事。
合流ポイントの座標を指示、エアトラを飛ばしてポイントに向かわせる。
○○(艦長名)以上』
「よっこれで どうですか?」
オレは英語で書いた文章をイーグルに見せる。
「うん、内容に問題無いな…艦長に通した後、許可が出れば このメッセージを無線で流す。
運良く味方艦が 受け取れば良いのだが…。」
「まぁすぐに見つかると思いますよ。」
オレは少し笑顔になり、イーグルに言うのだった。
オレは ウージーマシンピストルを下で構えた状態で、エアトラの周辺をうろつく…機密の塊であるエアトラに 兵を近寄らせない為の警備だ。
エアトラのエンジン付近には ボーマがおり、ファイバースコープをエンジン内部に突っ込み、中の状態を確認している。
「状態は如何だ?」
「やっぱり 問題ありやせん…。
燃料さえあれば 十分に帰れやす。」
「そっか…まぁ合流が出来なくても 後3日程 待てば、空母が移動して 今の燃料だけで姉島まで届くようになる…それまでの辛抱だ。」
太平洋の安全を確保するなら、その入り口である日本の付近に船を配置して監視すれば 少ない船で済む。
もちろん進路の情報は教えて貰っていないが、移動方向から考えて大きな間違えは無いだろう。
「クオリア…燃料タンクの温度は?」
エアトラの中に入り、計器類を見ているクオリアに言う。
「今の所 正常値…。
燃料タンクが 魔法瓶構造になっているから、温度の上昇を大分抑えられている。
残りの燃料の量からして大丈夫だと思うが 安全を見るなら6時間ごとの冷却作業が必要だな。」
通常のエアトラは 水素と酸素の混合気体である酸水素を使っている。
これはトニー王国で石油の代わりに使われている一般的な燃料で、エアトラの場合800気圧になるまで積み込める。
ただ 酸水素は 気体の為、液体燃料に比べて燃料辺りの効率が悪い。
なので、この機体では -259.2℃まで温度を下げた液体水素の状態で入れる事で、タンク内に通常の800倍の水素を入れられる訳だ。
だが、液体水素は 温度を維持しないと気体である水素になり、800倍に膨張して圧力で燃料タンクを吹き飛ばしてしまう。
そこで エアトラでは 燃料タンクだけじゃなく、騒音の軽減の為、装甲内に真空の層を設ける事により、外気の影響を極限まで受けにくい構造になっている。
ただ 完全に熱を完全に遮断する事は 出来ないので、定期的に燃料タンクに取り付けられている ペルティエ素子を使って ゼーベック効果で、燃料タンク内の熱を外に排出する必要が出て来る訳だ。
「スターリングエンジンを使わず、ペルティエ素子だけで 液体水素の温度を維持出来るなら、かなり扱いやすくなるんだがな。」
「あれは 宇宙船のエアコンや宇宙服にも使う必須の技術だからな…。
高効率なペルティエ素子は 本島で開発が終わるのを待つしかない。」
クオリアがオレに言う。
「オレ達は既存の物は作れても、新しい技術を生み出せないからな。」
「そこが人の凄い事だ…私だと総当りで解決して行くしかなくなるからな。」
クオリアは こっちに向かって来ている兵士を見て言う。
そこにいたのは イーグルだ。
「機体の調子は如何だ?」
「燃料以外は問題ありません…それで?」
「ああ…無線を送ったら すぐに返信が来た。
直接 迎えに来るそうだ。」
「やっぱりか…トニー王国は 大型の軍艦を監視していますからね。
空母なら近くにいると思ってました。」
「ソナーマンは何も言って来てないぞ」
「まぁトニー王国は 攻撃力が低い分、潜水艦の隠密技術が凄いですからね…。」
ウーーーー。
警戒警報だな。
イーグルとオレが外に出ると浮上状態の潜水艦が見え、潜水艦の上にいる作業員がI came to pick you up(あなたを迎えに来ました)と書かれた黒板を上に上げている。
「お迎えが来たみたいだな…それにしても距離が近い…。
魚雷を撃たれたら回避出来ない距離だぞ」
「まぁ そちらが問題を起さなければ 魚雷で攻撃される事もありませんから…。
よし、お迎えが来た 皆、エアトラ 起動準備…少佐トーイングカーを頼みます。」
「中尉が偉そうに…だが 客人だから見送りは ちゃんと させて貰う。
トーイングカー準備!!…お客さんを滑走路に!!
エアトラが動くぞ!退避だ!」
イーグルの声を聞いた瞬間、作業員がテキパキと動き始める。
「それでは…次に エアトラのテストで捕まった時には 手加減して下さいね。」
「ふっ ちゃんと引き換えしてくれるならな。」
イーグルがそう言うと ボーマが後部ハッチから乗り込み、エアトラの翼の向きが変わり始め、フラップが動き出す。
離陸前のチェックリストが始まったな。
オレが機体に乗り込み、後ろを見ると後部ハッチが上がる中、こちらに敬礼をしているイーグル少佐の姿があった。
「エンジン以外のチェックリスト終了。
エンジンの始動は離陸の直前にやる…滑走路を焼きたくないからな。」
左側の副操縦席に座るクオリアが こちらを向いて言う。
「了解…エアトラジェットより、管制塔へ…。
今、トーイングカーによる けん引中…。
トーイングカーが退避 次第、エンジンを起動し、垂直離陸を行う。
管制塔の許可が欲しい。」
『こちら管制…了解。
エンジンを起動し、離陸準備をして待て、タイミングは こちらで伝える。』
「エアトラジエット…了解」
トーイングカーが離れ、作業員が こちらに手信号で合図…。
1番4番のエンジンを起動し、ゆっくりと出力を上げて行く。
「離陸準備完了…いつでも どーぞ」
『……許可が出た。
エアトラは、垂直離陸で 300フィートまで上昇…その後は 我々の管制から外れる…自由行動だ。』
「了解…ありがとう」
オレはそう言うとエンジン出力を上げて垂直離陸…100mを超えた後に潜水艦の方向に向かった。
エアトラジェットは、10分もせずに潜水艦のエレベーターの上に着艦する。
エアトラジェットは 翼がエレベーターの幅以上に長い為、下に降ろせないし、このまま潜る事も出来ない。
精々がエアトラを上に乗せた状態での水上移動が限界だ。
なので、ここで燃料補給を受けて自分で飛んで行く事になる。
海水から電気分解で作られて タンクに溜めてある潜水艦内の水素を冷却して液体の状態にし、エアトラの翼の下のバルブから供給する。
水素を冷却する時間もあり、補給終了まで おおよそ1時間…。
補給が終了し、再び エアトラが空に上がり 海を見ると 今まで乗っていた空母が みるみる遠ざかって行き、空も赤色に染まっていた。
「あ~これだと一応、夕食までには 帰れるな。
割とギリギリだったけど…」
「夜間飛行は まだ危ない…。
ターボジェットを使って行こう。」
「了解…まぁ燃料に余裕が出来たからな。」
オレはそう言い、また音速まで加速し、姉島まで戻る。
夜、小笠原諸島。
「こちらエアトラジェット…姉島宇宙港 聞こえるか?
と言うか いるか?」
『こちら姉島宇宙港…聞こえます。
予定時間になっても帰ってこないので墜落したかと思っていました。』
「あ~悪い…戦闘機にスクランブル掛けられてな。
しかも 燃料も足りなくなって、空母に着艦して近くの潜水艦から燃料補給を受けていた。」
「あららら…こちらのガイドビーコンは 上手く拾えてますか?」
「ああ大丈夫…ちゃんと拾えている」
ガイドビーコンとは、設置した大型無線機から電波を流し、それを飛行機が受けて電波を辿って行く事で 天候が悪い状態でも空港にたどり着く事が出来るシステムだ…姉島宇宙港の場合、倉庫の隣に大型の電波塔が建てられている。
2000年代以降で一般のILSに比べれば、これでは目印 程度にしかならないが、それでも見通しの利かない夜間飛行では 強い味方となる。
姉島付近にたどり着き、速度を落として降下…。
ガイドビーコンの位置は、エアトラの倉庫の隣にある大型の電波塔。
その近くには 誘導灯で照らされているヘリポートがあるはずだ。
オレが機体を安定させて中間モードで 減速させながら飛行している中、副操縦士であるクオリアは身を乗り上げ、地上を見て 姉島宇宙港の ヘリポートに設置されている誘導灯の光を探す。
「ヘリポートの誘導灯を目視した。
向こうだ」
クオリアが指を差す。
そこには、蛍光塗料で光る四角型のヘリポートと その四隅に設置されているライトの明かり、真ん中には 赤いHマークが見える。
「オレも目視した…よし降下する。」
ヘリモードに切り替えて、ランディングギアを降ろして 無事着地…エンジン停止…。
「ふうお疲れ…」
「本当にお疲れです~。
はぁ エンジントラブルは 覚悟していましたが、まさか戦闘機に追っかけられるとは…。」
オレの言葉にボーマが疲れた表情で言う。
「まぁ無事で何よりだ。
とは言え、今は午後7:00…。
6時の送迎用のエアトラは もう出ているから、明日の10時まで帰ってこないな。」
クオリアがオレに言う。
今の時間だと当直が 無線を開きながら ゆっくりしているだけだ。
「まぁ覚悟していたけど…やっぱり お泊りか…。
よし、オレがトーイングカーを持って来る。」
「おっその必要は ない見たいだ。」
「ん?」
ライトが点灯したトーイングカーがやって来る。
「なんだ残業をしていたのか?」
『ええ…最低限 必要な作業員は、残っています。
明日の朝まで待って行方不明なら トニー王国軍に連絡する つもりでした。』
「わりぃ」
トーイングカーからワイヤーを出してタイヤに接続され、引っ張られ 倉庫に入る。
倉庫の中では、折り畳みテーブルにお菓子とジュースを並べて座っている 作業員の姿があった。
「いや~暢気に残業しているな~」
オレが後部ハッチから降りて言う。
「いや~まぁ心配してましたよ…でも、やる事も無くてぇ…ねぇ。」
「なぁ…」
オレはテーブルを見るが、酒類は無いな…。
アルコール類を摂取出来ない 当直のルールも ちゃんと守っている。
「なら良いか…すまんな。
明日は 一日休みにするから…。
ゆっくりしてくれ」
「ナオ主任…飲酒の許可を…。」
「分かったよ…。
オレとクオリアが 当直で無線を聞いてるから、皆は休んで良し」
「よしゃあ!」
固定給の作業員達は そう言うと、棚からおつまみと何故か ここにある蒸留酒を持って来て、ジュースで割って飲み始める。
ボーマは相当に疲れていたのか、食事もせずに仮眠室に直行した。
「さっオレらも当直室に行こう…。
まっ無線なんて滅多に入らないんだけど…。」
オレはそう言うと、クオリアと一緒に当直室に向かうのだった。