08 (平和の世の中では 生きられない)〇
半月の海が一番穏やかになる夜…。
黒のゴム製のウエットスーツにシュノーケルを付けた6人の小隊が、泳いで本島に上陸しようとする。
海岸は 波を抑える消波ブロックで埋め尽くされており、船での接近は困難…。
その為、泳いで上陸する必要が出て来る。
「ぱふぁ…上陸成功…皆無事か?」
キャプテンが仲間達に言う。
「ええ…」「問題ありせん」
「よし装備の確認だ。」
通信兵が背中に背負っている無線機を降ろし、二重のビニール包装を剥がして行く。
装備はアメリカのM3グリース、ブリテンのステン短機関銃、ドイツのMP 40で、それぞれが 国を特定されない為に装備がバラバラで、所属部隊を示す物は一切身に着けていない。
ビニール包装された リュックの中には乾パンが入れられており、これは日本軍の物だ。
「電波状況OK…モールスですが、これで外交島と通信が出来ます。」
M3グリースを持つグリースが通信機を操作しながら言う。
「分かった…いつ全滅するか分からない…遂次 連絡を送って行く…良いな。」
「……了解」
今、外交島に潜入しているスパイと無線機で連絡を受け取っている…。
俺らの目的は トニー王国の本島の記録を残す事だ。
トニー王国の本島の海岸は 消波ブロックと3層の鉄条網と地面に剥き出しの対人地雷で覆われており、潜水艦が乗り付ける港以外の侵入が出来ない様になっている。
しかも スクリュー音を拾っているのか、こちらの潜水艦が近づくとトニー王国の潜水艦が あからさまに動き、音波を出して アクティブソナーで こちらの位置を特定しようとする。
その為、警戒区域ギリギリから 人が泳いで上陸している訳だ。
「それにしても隠れてない地雷なんて意味をなしていないと思うんですが…」
背中に背負うサイズの大型の通信機とM3グリースを持っている グリースが言う。
「まったくな…」
俺がグリースに答える。
「だが、海岸の上を見ろ…ドラムだ。」
ボルトアクションライフルのスコープで周辺を丁寧に確認していた狙撃兵が指を差し、俺が双眼鏡でコンクリートで築かれた海岸の上を見る。
いた…トニー王国の機械歩兵…ドラムがいる。
「奴らは 1発で兵士の頭を撃ち抜ける 驚異的な狙撃技術を持っている…アイツと狙撃で戦うのは出来るなら避けたいな。」
スナイパーはドラムと戦闘を行い生還した数少ない兵士だ。
「分かった…あれは 起動していないのか?動かない…。
カウンター攻撃を受ける可能性がある…ドラムを破壊せずに素通りするぞ」
「了解…」
俺らは サプレッサーを銃に装着し、地雷原の隙間を慎重に進んで行き、鉄条網をリュックで押し付けて その上を通る。
ドラムは一向に動かない…。
ドラムをコントロールしているであろう後方にいるはずのオペレーターが まだ気付いていないのか?
もしくは、上陸作戦は 全部 日が出ている時だったし、夜だと敵を捉える性能が下がるとかだな…いずれにしても これは良い情報だ。
「無線の状況は?」
スナイパーが無線機を背負っているグリースに聞く。
「かなり静かです。
外交島では無線通信が主流だった訳ですが…こっちは機密性が高い有線なのでしょうか?」
「分かった…ドラムの方向から電波が大量に発生した場合、知らせてくれ」
「了解…」
ドラムは ラジオコントロールの為か、大量の電波を発生させる事が既に分かっている。
その為、戦闘力は高いのだろうが 隠密性が著しく低い…今のドラムは最低限の電波しか発していない事を考えれば、電波を使わない待機モードなのだろうか?
内燃機関なのか電気駆動なのかは まだ分からないが、稼働時間に制限がある以上、無駄遣いはしたくないはずだ。
俺達は 伏せつつ 時間を掛けてゆっくり慎重にドラムを通過し、その後ろはフェンス…。
ここには電流が流れており、死ぬほどでは無いが 電流が身体に流れて痺れ続けている状態で フェンスを破壊する事が出来ない…。
それに電圧が監視されているのか、誰かが触れるとドラムの部隊が駆けつけて来るらしい。
ただ、俺達は ゴム製のウエットスーツを着ているので、リュックからニッパーを取り出し、フェンスを切って別の場所に繋いで電流のバイパスを作り、フェンスに 目立たない小さな穴を開けて通過する。
「ふう…何とか くぐり抜けられたな。
森に入って無線で報告をしよう。」
俺がグリースに言う。
「ああ…」
侵入の痕跡を残せない為、黒いウエットスーツの状態で森の中に侵入し、しばらく進んだ所でモールス通信による通信を始める。
森には舗装されていない道すらなく、木や草が無秩序に生えている…これじゃあ車も通れないだろう。
あの地雷や鉄条網は 海岸側から やって行ったんだな。
「何なんでしょうねトニー王国は…。
これが 本当に我が軍を追い詰めた程の技術力があるのですか?
ここは文明の欠片もない未開拓地ですよ。」
ステンガンを持っているステンが歩きながら俺に言う。
周りは月の光も通さない程 暗く、夜間行軍は難しい…明け方まで ここら辺で待機だな。
「戦闘機が上空で本島を観測した時も、島全体は密林に覆われていて、所々に偽装網が被さった整備の良い大型道路があるだけだった。
もしかしたら、高度文明と自称しているけど実際は嘘で、今出されている技術だけなのかもな…」
戦闘機パイロットのウィングが答える。
「だが、DLやドラムの材料は?
それに彼らの胃袋を支える為の農地は?
肥料と農地が無い自然採取だと面積当たりの作物が1万分の1以下まで下がるんだぞ」
ステンが周囲を警戒しつつ言う。
「そうなんですよね…流石に人口が200人程度な訳ありませんしね。
何処かにミドリムシの農場があると思うのですが…」
隣のMP40を持つMPが言う。
トニー王国の主食は 品種改良されたミドリムシで、それを食品加工する事で多彩なバリエーションの食べ物を生み出している。
なので大規模なミドリムシの農業地帯があっても良いと思うのだが…。
「それも空からじゃ見つからなかったんだよな。
何処に空爆をすれば 敵の食糧を途絶えさせられるのか…戦略拠点が上からでは全く見つからない。」
ウィングが言う。
「おそらく国の大半の機能は 地下に隠しているのでしょうね。
そうなると入り口を見つけるだけでも困難です。
隊長如何しますか?」
「そうだな…よし、こっちに集まって盾になれ、ライトを点けるぞ。
今の地点はここ…この地図に従って ここ大型道路に向かう。
本島からは毎日大量の物資が外交島に運ばれているはずだ。
なのでトラックの後を付ける…。
トラックが地下に向かった地点が敵の拠点だ。」
俺はウィングが戦闘機で撮影した航空写真を元に作った やけに空白が多い簡易地図を出してライトを当てながら言う。
「シンプルですが、それしかないですね…」
「それじゃあ、夜明けまでに この情報を外交島に通信をする。」
「了解…ちゃんと戻れれば 良いのですがね…」
早速重い荷物を降ろして通信の準備をしているグリースが言う。
「バレずに事が済めば 潜水艦が拾ってくれるさ…」
「逆に言うならバレたら切り捨てるって事だけどな…」
「あ~あ~報われないな…」
「表に出せないから俺達が戦っているんだろ…」
俺がそう言い、食事の準備をするのだった。
夜明け。
「明けたな…通信は?」
「終わってます…行けます」
「そっか…じゃあ道路まで歩いて行こう…」
「了解」
大型道路…午前6:30分。
道路は片側2車線両面で4射線の綺麗な道路で、等間隔に電灯と果物の木が植えられている。
そして、その上には大きな偽装網が被されており、上空から道路を見た場合、道路が森の木々に見える。
その中で俺達は、ひたすら車が来るのを待っている。
「来た…静かに…」
スナイパーがそう言うと、酸水素を使っているトラックの独特の排気音が聞こえ、俺達は近くの草むらに隠れる。
運転席にいるのはドラムで、ハンドルを握っている。
「ドラムは車の運転も出来るのか…」
「となると輸送は すべて自動化されていると見て良いでしょうね」
グリースが言う。
「さっ隠れながら敵の拠点まで行くぞ」
「了解」
4射線道路は殆ど道が分かれていなく、ほぼ 拠点までの直線道路だ。
果物の木から果物を採取して食べつつ ひたすら流れて来るトラックが出発する拠点を探す。
「見つけた」
スナイパーが大型倉庫を見つける。
見た目は偽装された大型倉庫だが、トラックが間隔を空けて定期的に出て来る。
大きな装備を茂みに隠し、リュックと銃だけ持って倉庫まで向かう。
「そこの方」
俺達は振り向く…ドラムの声だ。
「なんでしょう?」
「別の都市から来た方でしょうか?
見慣れない姿をしていますが…。」
「ええ…バギーで来たのは良いのですが、昨日熊に襲われて乗り物を壊されてしまいまして、一晩 森で野宿をして 今朝ここまで歩いて来たのです。」
俺は即興で口から出まかせを言う…。
俺達 全員がトニー王国語を取得しており、発音は ともかく会話が成立する状態まで鍛えている。
ドラムのボディには警備員の服の様なペイントがされており、腰にはホルスターがあり、中のハンドガンがチェーンで繋がっている。
施設の警備員ドラムだろう…人の警備員もいないのか…。
と言うより、遠隔操作ではなく完全自立型のドラムだろうか?
「そうですか…お怪我は?」
「大丈夫です…こちらも銃を持っていますから…。」
「それは良かったです。
もうエレベーターは動いていますので、降りられますよ…時間はかかるでしょうが…。」
「ありがとう…」
「いえいえ…案内しましょうか?」
「良いのですか?」
「ええ…私は充電の為に倉庫に戻るので、ついでです。」
そう言うとドラムは 前を歩き出し、倉庫へと進んで行く。
ドラムは会話を そのまま受け取り、言葉を疑わない見たいだ。
詐欺師が巧みな話術を使えば 味方に出来るかも知れない。
倉庫では ドラムがトラックへの積み込み作業を行っており、ここも自動化されている事が分かる…。
正面には大型のエレベーターがあり、下から送られているで あろう荷物を運び、倉庫の棚に仕舞っている。
ドラムの手は結構器用で、こう言った単純作業は難なくこなせるみたいだ。
まぁ正確な狙撃は ある程度 器用じゃないと出来ないからな。
とは言え、これでドラムが人が出来る肉体作業が出来る事が分かった。
となると、トニー王国は 大量のドラムの生産する事で 労働人口と歩兵を確保して我々に勝ったと言う事になる…。
こうなると人口よりドラムの数の方が多いと言う事もあるかもしれない。
「お客さんですか?」
倉庫の中のドラムが言う。
「そうです…こちらの方は 乗り物が壊れて野宿をしていたらしく、先ほど こちらに来た所です。」
警備のドラムが言う。
「あらら…それはお疲れで…。
それでは 次の便で降ろしますね…後10分も あれば終わりますから…。」
そう言うと3機のドラムが ハンドリフトを荷物が乗ったパレットに挿しこみ、引っ張って移動させ始めた。
エレベーターは広く、大型車両でも数台は入りそうなスペースがあるのだが、ドラムの作業が効率化されており非常に早い。
そして、箱詰めされた大型の家電製品が パレットに乗せられてエレベーターに入れられて行く…他の都市で生産された物だろうか?
「積み込み終わりました…こちらにどーぞ」
俺達はそう言うとエレベーターに入り、床板になっていた炭素繊維の板を上げて 物が落ちない様にロックする。
「それでは剥き出しなので、壁には手を触れないで下さい。」
「案内 ありがとう…」
「いえいえ…人の為に尽くす…それが私達ドラムの喜びですから…。
では 降ろしま~す」
警備員のドラムがそう言うとエレベーターが降りて行く…。
「えっ速すぎじゃありませんか?コレ落ちてません?」
グリースが言う。
確かに 落下速度がドンドンと上がって行き、多少の浮遊感もある。
「おおよそ時速60km位だな。
パラシュート展開前の自由落下よりは確実に遅い。」
スナイパーが 黒い縦穴の壁には 100mごとに数字が書き込まれている数字を見て、腕時計の秒数から落下速度を割り出して言う。
「それにしても こんな速度…どれだけ降りるんだか…。」
「そもそも掘削技術が不自然しい…もう2kmを超えているぞ
確か岩盤などの関係から1km位が掘削限界だったはずだ。」
「上は どんだけ超技術を持った国にケンカ売っちまったんだ。
こんなに潜られたんじゃ、核も地中貫通爆弾も通らない…核戦争になっても この国だけは確実に生き残るな。」
「あ~こりゃあ 帰れないかな~確実に殺されるな。」
ステンとMPが話している 次の瞬間…エレベーター全体が明るくなり、空が見え始めた。
「おっ空?…つまり、地下に都市を造っているのか?」
俺達はエレベーターのゴンドラから顔を出して地上を覗く。
地上には祖国では見ない程 高い建物が並び、綺麗に整備された広い道路では 今ままで出会わなかった大量の人が行き来をしている。
ブレーキが掛かり、落下速度が落ち始め 身体が重くなる。
そして、剥き出しのエレベーターが この地下都市の中心にある大きな建物に入って行く。
「そろそろ着く見たいだな…さて、如何なる事やら…。」
俺達は銃を下で構え、いつでも撃てる様に準備をする。
エレベーターの落下が完全に止まり、シャッターが上に上がっていく。
そこには警備の塗装をしたドラム6機が ショットガンを構えて待っていてこっちも咄嗟に構える。
「あちゃあ…」
「武器を床に置いて、手を上げて下さい。」
俺達は顔を見合わせる…『ドラム6機を相手に出来るか?』
仲間は『無理 無理』と首を振り、銃とナイフを置いて手を上げる…だろうな。
「降参します」
警備のドラム達は 俺達の首に爆発式の首輪を取り付け、紐で手を拘束される。
「警察署に ご案内します。」
「あの~ここ、裁判を ちゃんと受けられるのでしょうか?
出来れば人にお願いしたいのですが…。」
グリースが言う。
「ええ…裁判は完全に人だけですよ。
私達は道具で、人を裁く権利はありませんから…。」
「そりゃあ、良かった…。」
俺はそう言い、大人しく連行されるのであった。
俺達は 装備一式を取り上げられ、6人用の大部屋に監禁される事になった。
大部屋は、三段重ねの清潔なベッドとトイレ、キッチンに、シャワー室がある部屋で、こちら側にドアノブが無い為、外に出られない事 意外は快適な部屋だ。
裁判は 明日行われ、刑の執行も明日との事…。
この国の裁判は本当に速い。
「入れ墨刑で済めば良いんだが…」
俺がふと言う。
トニー王国には 懲役刑が存在せず、犯罪者は 入れ墨刑と言うⅠ、Ⅱと頬に入れ墨を入れて行く刑が一般だ。
これにより、周囲に自分の危険度を示し、社会的制裁を受けて更生する やり方になる。
ただ、本島への侵入は重大な違反で『これに違反した場合、侵入者が軍人、民間人に関わらず、非人道的兵器を含めた ありとあらゆる制約を受けずに侵入者をトニー王国の裁量で自由に殺せる』と世界中に明言している。
つまり、惨たらしく殺されるか 生かされるかは、これから起こる 裁判次第と言う事になる訳だ。
「最近、外交島でコンピューターを使った電子掲示板…。
ホームページとか言うのが始まったんだが、不法侵入した犯罪者の顔写真とプロフィールが公開されていて、全員が処刑となっている…まぁ死ぬだろうな」
MPが言う。
「希望の花を摘まないでくれよ…。」
「まっ仕方ないだろ…こう言う仕事をしているんだからさ…」
ステンの言葉にMPが返す。
「撃った銃弾は必ず返って来る。
散々人を殺しておいて、俺達だけ死なない訳は無いだろう。
まぁ自業自得さ…。」
俺が言う。
俺の帰りを待つ愛する妻がいる家に戻る為に 戦場で何人もの敵兵を殺し、生き残って家に帰った俺だが、嫁は 別の男との子供を作り、そのまま 何処かに消え、そんな妻に逃げられた俺は、戦前の英語の教師を続ける事も出来ず、またこうやって戦場で戦っている。
他のヤツの事は知らないが、皆 似たり寄ったりの境遇だろう。
ここにいる奴らは 大戦を生き抜いてきた英雄だが、平和になった今では 殺人鬼にしかならない。
戦場が日常になってしまった俺達に日常は歩めない。
「まっ明日の最期の食事が豪華だと良いかな」
俺はそう言い、ベッドに寝ころぶのであった。
メモ
キャプテン(ミラー):隊長、英語の教師、大尉、妻に逃げられる、一人称は俺、口調 タメ口。
グリース:通信兵、M3グリースを装備、法に詳しい、丁寧な言葉。
スナイパー(スプリングフィールド):狙撃兵、ドラムと戦闘経験あり、タメ口
ステン:ステンガンを装備、農業に詳しい、タメ口
ウィング:戦闘機パイロット、トニー王国の本島を航空撮影、戦闘機と交戦経験あり、すぐに撤退。
MP:衛生兵、科学、機械に詳しい、MP40を装備。丁寧