07 (減らない密入国者)〇
アメリカ、会議室。
「如何いう事だ…何故我々はトニー王国に勝てない?数は圧倒的に こちらの方が多いはずだ。」
少将が書類を叩きつけて 指揮官達に言う。
「ええ…ですが これを見て下さい。
現場に投入された兵士は この通り、全員が頭を撃ち抜かれています。」
指揮官が終戦後 現場で撮影した写真を見せる。
「我々では 敵の頭を撃ち抜く事は 出来ないのか?」
確かに脅威だが 決してやれない芸当では無いはずだ。
「いいえ…ですが、1発で敵の頭を撃ち抜ける兵士は、特殊部隊に匹敵する かなり優秀な兵士です。
少将が出来るからと言って、一般の二等兵が出来る訳では無いのです。
しかも トニー王国は その特殊部隊の様な練度の兵が大量におり、実際、100万の上陸部隊を止めました…生存者は0です。」
「それはあり得るのか?」
「通常ならあり得ません。
ですが、終戦後に戦闘が行われた海岸に諜報員を向かわせた所、彼らはドラムと言われる機械で作られた歩兵を主力にして戦っていた事が分かりました。
こちらが破壊されて埋まっていたドラムの残骸の写真になります。」
「機械歩兵…ドイツのゴリアテか?」
「ええ…大まかな概念としては…。
ご存じの通り ゴリアテは ラジオコントロールを使った遠隔操作で戦車に近づき爆発する物です。
トニー王国は、機械の歩兵を遠隔操作で操って銃を撃っているのだと思われます。」
「当然、操縦者は後方にいるのだろう?」
「そうなります…これがトニー王国に死者が出ない理由です。
我々も 無人兵器を開発してトニー王国との次の戦争に備えるのが良いかと…。」
「分かっている…ただプロジェクトが生まれるのに数年は掛るだろうがな。
ドイツのV1ロケットに日本の桜花…これからは無人ロケットの時代だ。
長距離を飛行出来るロケットに核弾頭を積んで敵の首都を一気に吹き飛ばす技術…。
ドイツのロケット設計者も確保しているが、それでも飛距離が圧倒的に足りない。
それで、そのトニー王国の動きは?」
「比較的大人しいです。
今は不当占拠した日本の土地の開発や日本の復興に協力しています。
こちらに対する牽制行為でしょうか?
何度か空軍にスクランブルが入っていますが 撃墜する事も される事も無く、落ち着いています。
やはり、彼らは戦争を生産的な行為だとは思っていないのでしょう。
彼らは怒らせると怖いですが、少なくとも話は通じる相手です。
ただ、あの国を我々と同じ 資本主義陣営に加えた場合、トニー王国が一強になるでしょうが…。」
「だろうな…」
資本主義、共産主義、社会主義…。
考え方は色々だが、自分の国を有利にする為のルールを 他国に押し付ける為の政策だ。
我が国では 資本主義と民主主義を広める事で、アメリカが有利になる状態を作り出している…。
ただ、技術力の高いトニー王国が資本主義陣営に参戦した場合、アメリカは世界の主導権を握れなくなってしまい、トニー王国に市場を奪われる事になってしまう…それだけは受け入れられない。
「トニー王国は 資本主義と社会主義のミックスしたケインズ経済学を元にしたケインズ主義…一番厄介な相手だ。」
アメリカは資本主義と民主主義に分類され、極力政府の介入を嫌い 政府の仕事を民間に行わせて、企業同士の競争を高め、サービスを充実させる政策だ。
これにより、高所得者は更に金を設けられ、その稼いだ金額を募金などで低所得者に還元する…そんなやり方だ。
対してケインズ主義は、政府が貨幣の供給量をコントロールする事で経済を操作すると言う考え方。
トニー王国の場合、銀行による通貨発行量と消費税、法人税、関税の3つの税金を調整させるだけで、高度に経済を維持している。
更に厄介なのは、都市長が絶対的な権限を持っている為、経済攻撃や金融攻撃を仕掛けても すぐに対応されてしまう事。
これは民主主義で決定に時間が掛かる我が国では出来ない手だ。
「とにかく、今は戦力の増強に努めよう。
何としてもロケットの開発を軌道に乗せて、この核戦争に勝つんだ。
それとトニー王国の本島の情報を何としても掴むんだ。」
「はい!!」
現場の指揮官は私にそう言い、この日の会議は終了した。
トニー王国 外交島。
トニー王国が名目上の敗戦をした事で戦争が終わり、住民達に いつもの退屈な日常が戻って来た。
その街中を都市長 見習いから都市長に昇格したユリンが歩く。
バートは 都市長から都市長補佐に降格し、私達は 一向に仕事が減らない生活をしている…今日は息抜きを かねた視察だ。
今回の世界大戦でトニー王国は 多くの未公開技術を使った事で、本島から一部の技術の一般公開が許され、可能な限りレトロな街並みになっていた外交島は急速な機械化と無人化が行われる。
外交島の あちこちで 無人で動く路面電車が作られ、酸水素で動かしていた動いていた幌馬車のバギーバスは 縮小…。
住民達の移動を活発にし、経済効果を生ませる為に 全額政府負担の無料で公共交通機関を走らせている。
私は 路面電車に乗り、高所得者から低所得者まで利用する スーパーマーケットの前で降り、店内に入る。
店の自動販売機 棚には ガラス繊維でパッケージされていたフリーズドライ食品が並んでおり、これで レジが必要無くなり、従業員は 一定時間ごとに商品の補充をして行くだけの仕事になった。
更に家電屋まで足を進めると、電気冷蔵庫に電子銃じゃなくレーザーを使ったブラウン管ディスプレイ。
スペックを必要最低限に落としたブレインキューブを使ったコンピューター 一式も高額だが売られていて、外国人が購入している。
ただ、トニー王国から それらの持ち出しは相変わらずNGだ。
そして、コンピューターが出来た事による無線式のインターネットの整備。
外交島の市役所が運用している匿名掲示板や通販サイト、トニー王国の動画共有サイト Tちゃんねるが外交島だけに制限されて解禁される。
他の国では ラジオなどの各メディアが放送局を作り、宣伝を行って広告収入から利益を得ているが、トニー王国では 個人から大企業まで動画を作成しており、視聴数や評価で収入が入るシステムとなっている。
まぁ普通だと国内のすべての動画を視聴出来るのだけど、今は技術情報の流失を警戒して外交島だけに制限を受けている状態だ。
とは言え、これで 外交島は かなり住みやすくなった。
通常のトニー王国 国民なら、1ヵ月も こっちに居れば、精神がすり減って本島に帰りたくなってしまう。
私みたいに、不便である事が普通の生活を送っていた人でないと ここでの生活は過酷だ。
ただ ここも 要人である私の暗殺を警戒せずに、防弾チョッキとリボルバーだけで 歩ける位には 快適なのだけど…。
港…。
クラウド商会が持つ大規模な港には 潜水艦が停泊している。
外交島や捕虜島などの離れ島の自給率は ほぼ0%…。
外島では 一切の製造を行っておらず、本島で生産された物を消費するだけの島になる。
その為、潜れば 波の影響を殆ど受けないドラムが操縦する潜水艦が、荒れた海で各島に物資を供給し続けている。
だが、正直 補給量だけで言えば、先進国には 到底 かなわない規模で、これからも技術的アドバンテージを維持し続けなければ、あっと言う間に滅ぼされてしまう だろう。
「ん?」
「あっちょうど良い所に…都市長み…いや都市長」
「何かありましたか?」
私が荷下ろしをしている作業員に言う。
「ええ…コイツです。」
そこに拘束されているのは スキューバダイビングをしてそうな服装をしている筋肉がある男だ。
「潜水艦の外壁に張り付いている所を発見されました。
所持品の中に強力磁石の取っ手が…どうやら、船体に張り付いて本島に上陸するつもりだった見たいです。」
「許可が無い外国人が本島に上陸するのは極刑です。
しかも この方は 登録されていない不法入国…未遂とは言え 情状酌量の余地は ありませんわね。
捕虜島に送って、入れ墨刑…。
後は、この人の国に身代金を請求して引き取って貰うだけね…受取先がいるかは謎なのだけど…。」
「最近多いですからね…。
特殊部隊なのでしょうが…まぁ死体袋になって帰国するよりかは いくらかマシなのですかね…。」
「…そう思いたいですわね…。
本島に潜入した兵士達は、悲惨な最期を迎えるらしいですから…。
それでは 引き渡し、よろしくお願いしますわ…」
「ええ…都市長も休暇を楽しんで下さい。」
「視察なのだけどね…」
私はそう言うと次の場所へと向かった。