23 (夜襲)〇
宣戦布告から29日…開戦まで後1日…。
「それじゃあ行ってくる。」
ジガとハルミに見送られる中、クオリアが言い、ナオとクオリアにロウ…それと30人の戦闘員は 夜明けと共に起き、ある程度の身支度を整えて 原住民の村に向かって行軍を開始した。
内訳は鉄製の槍を装備した槍兵が12人…。
その後にライフルに使う伸縮式ストックを取り付けたガラス繊維強化プラスチック製のクロスボウを持つ クロスボウ兵が12人…。
矢だけは重量が必要なので鉄製で 一人頭120本の合計1440本持って来ている。
一番後ろのロウと他6人は ボーラや剣、長弓などの それぞれが自分で作った得意武器を使う遊撃部隊で、ロウはボーラを持って参加している。
輸送用のリアカーの数は12+1の13台で、12台のリアカーをは それぞれの兵が交代交代で引き、半数の兵は荷台で休んでいる。
後の1台は 特別仕様の移動式の窯で、それは オレとクオリアの交代で引いている。
食料は瓶詰ペミカンに瓶詰のウサギのウィンナーで 30日分あり、飲料水は絶対に腹痛を起こさないように水を沸騰させて、発生した水蒸気を冷やして不純物が無い水を回収する蒸留を2回繰り返した水で、ジガが風呂屋の蒸留器で作ったものだ。
それが 1週間分…籠城戦になった場合も想定して過剰に載せている。
その他には 武器や矢に盾と…装備も食料も非常に充実していて、これだけの重量物を運べるのも リアカーの輸送能力のお陰だ。
「陸送コストが4分の1になったってのも本当なんだろうな…。」
オレがリアカーを引きながら そう 呟いた。
太陽が天辺に昇って来た正午に1回の休憩…。
行軍中に果物の木から拾って来た果物とウサギのウィンナーを食べて英気を養い…更に進む…。
地面は急勾配の場所は少なく、殆どの箇所が100m進んで1m以下の高低差…。
登坂に弱いリアカーでも十分 動かせる。
元々の地形もあるのだろうが、オレがファントムで道路を造ったのが大きい。
竹の森の拠点と現地民の村までの距離は35km…。
オレ達は 時速5kmで進んでいるから7時間…途中の休憩も入れて8時間…。
そうなると到着するのが 夕方になってしまうので、森の中で一泊し、到着は翌日の午前中になる。
行軍中にクオリアが リアカーを引っ張る中、オレが荷台に乗って炉に火を入れ、水を沸かしてペミカンスープを作る。
夕食になり ロウと兵達がペミカンスープを食べ、日が落ち周りが真っ暗になり、月が昇って来た所で皆が寝始める。
寝ている兵達の周りには焚火が燃えていて、真っ暗な夜の照明や野生の動物が近寄らないようにしている。
オレ達の他に起きているのは ロウ達 遊撃部隊の6人で、月の高さで時間を計りながら 交代交代で眠っている…結構、慣れている見たいだ。
オレ達エレクトロンも人工脳のデフラグの為に睡眠を取らなくてはいけないが、理屈上は1ヵ月寝なくてもパフォーマンスの低下は起きないし、寝る時間も1時間も眠れば十分で、オレが毎日6時間寝ているのは 人だった頃の習慣からだ。
そして クオリアも毎日6時間の睡眠を取っているが これは人の習慣を真似た物で、稼働と睡眠を並列処理する事も出来る…つまり必要なら眠らない事も十分に可能だ。
「明日は戦闘か…可能な限り死者は出て欲しくないが…」
荷台に座り、星が綺麗に輝く夜空を見ながらクオリアが言う。
「とは言っても…コイツらの手で勝ち取らないと行けないからな~。
戦争である以上 死者は必ず出る…。
それに こっちが手加減したせいで仲間が死ぬのも問題だ。」
「私達なら すぐに占領出来るのだがな…。」
「そりゃそうだろうが…神様が何でも解決しちまったら コイツらの成長しないだろう。
今回は人のレベルに合わせて戦う…いいな。」
「了解した。」
遊撃部隊の半数と共に寝ていたロウが 飛び起き、暗闇の見えない相手に向かって唸り声を上げる威嚇行動に入る。
「グルルルルル…」
「ロウ?敵か?…う~ん 確かにいるな…。
野生の動物の類じゃない…」
ロウが警戒に入って知らせてくれなかったら、気づかない位の僅かな違和感だ。
「本当にロウの感覚は優秀だな…私より早かった。
これは 夜襲だな…」
「だな…全員、敵襲だ!!戦闘配置!!」
オレが叫ぶとロウの唸り声で起きた 遊撃部隊がすぐに他の仲間達を起こして行く。
考えてみれば当たり前だ。
オレが あんなに堂々と道を作ったのだから 既に行軍のルートは敵に把握されているはずだ。
だったら森に姿を隠しつつ 待ち構えていれば良い。
もしかしたら オレが道路工事中に見かけた現地民は、この作戦をやる為の偵察部隊だったのかも知れない。
こちらが慌ただしく戦闘態勢を整えていると、森の中でビクッと言うような気配がした。
多分、こちらが探知出来ない距離を維持していたのだろうが、ロウの探知能力が凄すぎて 予想外だったのだろう。
槍兵がリアカーを守るように円状に配置し、リアカーの上にクロスボウ兵が乗り、槍兵の頭の上から クロスボウを構え 目を凝らして まだ見えない敵を見ようとしている。
この防衛陣形を破るには 敵も苦労するはずだ…。
オレなら相手を常に警戒させつつ 精神的な疲労を狙い、確実に獲れるタイミングを待つ。
それで 相手が痺れを切らして こっちに攻撃してくるなら敵部隊の引き離して陣形を崩し、陣形を崩さないなら警戒させて眠れなくする…それが一番 効率が良いが…。
「さて…如何出る?」
オレは全神経を敵に集中する。
ザザッと草を駆け抜けて来る音がする…早い…それも複数。
「ウォォォン!」
ロウが遠吠えを放つ。
ロウは氷河期の竹の森で雑食狼に育てられた為、狼語が話せる。
と言うかロウの母国語だ。
狼語は、鳴き声やジェスチャーにより 味方に情報を伝え、数による連係プレーで得物を仕留める狩猟言語だ。
今回の鳴き声は『警戒警報』『ここは私の縄張りだ』だ。
「犬かッ!!」
襲い掛かって来たのは大型犬…数は6…。
今は春だから まだ見えるが、雪の中で見えなくなるような白色の体毛で鋭い牙を持っている…。
火を怖がっていない事から家畜化された狩猟犬だと言う事が分かる。
「厄介だな…」
オレは 土木用のシャベルを構え、前に出る…。
1頭の狩猟犬が姿勢を低くしながら小刻みに動いて、オレの喉元を目掛けて飛び込んできた。
「クッ!!」
オレは鉄製のシャベルを槍の様に構え、狩猟犬に向けて思いっきり突き刺して殺す…。
次の瞬間、狩猟犬の後ろから襲い掛かって来る 2匹目を、シャベルを 勢いよく横に振り回し、側面で頭を横から思いっきり叩く。
昏倒した2匹に再びシャベルを突き刺し殺す…他の皆は?
既に2人の味方が 喉元を噛みつかれて首から空気が抜けて 息が出来なくなり、実質死亡…。
狩猟犬達は 完全に首の骨を折る前に槍兵に気付き、即座にその場を離れる。
そして、今度は背後からの攻撃…6頭が追加…。
これにロウが いち早く気が付き、ボーラで思いっきり狩猟犬の頭を殴り1匹殺す。
が、更に仲間が2名殺られる。
別の場所では クオリアが戦闘をしていて、1頭を足で蹴り飛ばし もう1頭は手の平を犬に押し付け、クオリアの手に内蔵されているスタンガンで気絶させる。
クッ!クオリアの状況を確認して振り向くと そこには 狩猟犬がいて オレを襲い、咄嗟に左腰のホルスターに入れてあるリボルバーを抜いて、脊髄反射の様に発砲…。
リボルバーから放たれる45口径弾が 狩猟犬の頭を撃ち抜き、血しぶきを上げた。
「クッソ…撃っちまった。」
オレは リボルバーで狩猟犬に狙いを付けるが、人に比べて被弾面積が小さく、行動も素早いので中々狙いを付けられないし、味方に誤射する危険性もあるので、またシャベルに持ち替える。
狩猟犬のパターンに慣れ始めた槍兵達は 首を庇うように槍を構えて 狩猟犬を踏み込ませなくし、それをリアカーの上に乗るクロスボウ兵が矢を撃ち込む。
よし…対処は出来ている…時間は掛るが これで…。
「ウォーン!!」
男の声での遠吠え?狼語で『戻れ』だ。
男の合図で 狩猟犬は戦闘を止め撤退…。
「諦めた?」
「いや…違う」
ロウが そう答え、じっくりと敵がいるで あろう方向を見る…敵の出方を見ている様だ。
「矢が来る!」
ロウが叫ぶと同時に矢が降り注ぐ…数は6…命中精度が異様に良い…。
焚火の火で こちらが照らされているとは言え、この暗闇の中で迷彩色になっていてて極端に視認しづらい黒人のクロスボウ部隊に正確に弾道軌道で 頭上に落として行く。
クロスボウ部隊は リアカーから飛び降り回避…逃げ遅れが1名…。
死因は胸を正確に撃ち抜かれて死亡…2射目は?
…………。
……。
…。
「逃げた…。」
ロウが そう言って警戒をとく。
「見たいだな…。」
クオリアが言う。
「ああ…現地民だと完全に舐めていた。」
どうやら今の攻撃は こちらを足止めして警戒させ、味方の撤退時間を稼ぐ為の物だったようだ。
武器のレベルが未熟で、対人戦の経験が無いと侮っていたが、奴らは この1ヵ月で自分達が日常的に行っている狩猟技術を対人戦闘に転用して来た。
明らかに武器の練度では 向こうが上だ。
「怪我人は?」
オレは周りを警戒しつつ兵に聞く。
「いません…。」
槍兵が目が上を向いている兵士の目を手で閉じながら言う。
「そっか…何人死んだ?」
「5人です。」
「……そっか…。」
「死体は?」
戦死者の敬意を欠けば、部隊運用に支障をきたすが…この場で動かない荷物を運ぶのも問題だ。
「持って行けない…リアカー1台に積んで ここに放置…後で回収する」
制圧後も この道を使って竹の森の拠点と現地民の村を往復する。
なので ここに置いて置いても問題は無い…。
ただ、長く時間を空け過ぎれば 身体の腐敗と身体にガスが溜まって、顔が膨らんでいくし、ハエや蛆野生動物などにより、死体を損壊させられたら一生物のトラウマになる。
一番良いのは この場で穴を掘って埋葬をしてやる事だが…そんな事をしていたら敵の第二派で また死体が増える。
最悪 そこら辺に疎い オレが回収すれば良いだろう…。
「分かりました。」
オレの淡々とした言葉に 槍兵は割り切って答え、槍兵は国の為に散って行った兵達に敬意を払いつつ リアカーに乗せる。
「皆 すまんが、ここに これ以上 留まるのは危険だ。
夜間行軍は危険だが、行軍を再開して森の出口まで向かい 朝方に攻撃を仕掛けよう。
疲れているヤツ…眠れてない奴は素直にリアカーに乗ってくれ、他は警戒しつつ移動…。」
オレは兵達に謝りつつ 比較的柔らかめの口調で言う。
ここで高圧的な態度で行軍を再開した所で、ロクな結果にならない。
ストレス耐性がある軍人とは違い、コイツらは民兵だ。
精神が摩耗すれば 強固な命令をした所で脱走兵が発生し、それに追随する形で また1人また1人と続いて行き、結果負けてしまう。
オレは親しい知人や仲間が殺され、精神的に疲弊している兵に優しい言葉を掛けて 強制的にリアカーに乗せて休ませ、士気の維持に努める。
「こりゃ…また神様を演じなきゃ ならなく なるかな…」
オレはそう言い、周りを警戒しながら部隊を率いて歩き出した。




