27 (密約)〇
広島の原爆投下から2日後の8月8日の夜…。
アメリカとブリテンとソ連のヤルタ会談で、日ソ不可侵条約を破る事になっていたソ連が日本に宣戦布告。
翌日、8月9日…。
満洲国など 147万人のソ連軍が侵攻を開始し、その日の午前11時02分に、長崎に原爆ファットマンが落ちる。
ファットマンは リトルボーイのガンバレル式とは違う方式で動いており、インプルージョン型原爆に分類される。
インプルージョン型は、臨界前の状態のプルトニウムを全方向から爆薬で均等に圧縮して臨界状態に持って行くインプルージョンを行って起爆する方法だ。
これは、ガンバレル式と違い 爆発直前まで臨界状態ではないので安全性が高く、その後の核兵器に使われる一般的な方式になる。
ソ連は この情報を知っており、日本が降伏する前に出来るだけ領土を確保するつもりだ。
実際、日本は ソ連にアメリカへの交渉の仲介を頼んで来ていると言うのに無視し続けている…。
8月11日…。
後に領土問題になる北方領土…南樺太、占守島へ ソ連軍が進軍…。
現地の日本軍との戦闘が始まる…。
彼らの最終目的は、北海道の北半分をソ連 領土にするつもりだ。
これに対して ジガらトニー王国が取った方法は、北方領土をソ連より先に奪ってしまう事だ。
千島列島の海上では、ソ連の敵艦と日本軍艦の戦闘が続いており、日本の軍艦の砲撃に合わせて 次々とソ連の軍艦で原因不明の爆発が起き、航行用のスクリューとエンジンルームが損傷し、航行停止する。
中には、燃料や火薬庫に引火して爆発炎上しているアメリカから横流しされたソ連の軍艦もある。
それに対して 日本の残された数少ない軍艦が、航行停止し 浸水が始まっている敵艦を次々と破壊していく。
ウチらは 海中で潜水艦を移動させず留まり、潜水艦に有線で接続されている水中用ドラムを遠隔操作で移動させて、船の弱点部分にドラムサイズの磁石でくっ付く 防水仕様の大型プラスチック爆弾を取り付けて、無線信管を刺し、安全圏まで退避した所で 遠隔起爆する。
海上でドンパチやっている日本とソ連の軍艦より圧倒的に火力が少ないが、少なくとも相手の艦を行動不能に出来るだけの爆薬を用意している。
この水中用ドラムの戦術は 動いているのがドラムだけの為、敵艦からだとドラムが発生する音から位置を特定するしか出来ないく、万が一ドラムが発見されても、数機のドラムの犠牲だけで済む。
しかも 上では爆音が鳴り響いており、今は ソナーによる探知も難しい。
そして、爆音に紛れて大量の潜水艦が千島列島に配置され、残った潜水艦は、樺太と北海道に向けて進む。
ノシャップ岬から120m離れた海底に潜水艦隊を待機させる。
ウチは、ヘルメットを被ったパイロットスーツの上から胸部に浮袋を…。
両腰には 小型の酸素ボンベが2つ…。
防水のバックパックを背中に装備し、足ヒレを取り付け、水密ハッチからウチは外に出る。
現状で日本軍、ソ連軍に気付かれずに北海道に上陸するには この方法が一番だ。
ウチは空の浮袋に酸素を入れて浮力を調節しつつ、海岸を目指す。
目標はノシャップ岬…。
そこに、ここら辺の日本軍の指揮をしている樋口一郎少将がいる。
「よっと…」
ウチは海から上がる…砂浜は殆どないな…。
道路には 日本軍の輸送車、九四式トラックがあり、2人の兵士が乗っていて、ドアを開けてハンドガンを下で構えたまま こちらに近寄って来る。
銃は コルトM1903のコピー品である杉浦式自動拳銃…まだトリガーに指は掛かっていない。
ウチは足ヒレや浮袋を外しながら兵士達がこちらに来るまで待つ。
指揮官に人気がある杉浦式自動拳銃を持っていると言う事は、それなりの立場なのだろう。
「潜水艦で来るとは言っていましたが、こちらに探知されずに 泳いで来るとは…」
兵士の1人が言う。
「ウチらトニー王国軍は、まだここに いない事になってますから…。」
ウチが兵士達に言い、ヘルメットを外し、防水リュックの中のラミネート加工されている書類を確認して、軍の手帳を見せる。
「トニー王国軍、外国派遣部隊、ジガ・エクスマキナ少佐です。
ヒグチ・イチロー少将と交渉する為に来ました。」
ウチは、右手を右胸に当てて頭を下げる。
「樋口季一郎少将ですね…。
話は伺っています。
少将は今、ソ連軍からの海上攻撃に対して指揮を取っています。
直接迎えに行けず 申し訳ないと おっしゃっていました。
荷台に乗って頂けますか?司令部までお連れします。」
「よろしくお願いします。」
ウチはそう言うと 装備ごと荷台に乗り、2人とウチが乗った車が動き出した。
海水まみれのパイロットスーツをタオルで拭き、司令部まで 送られたウチは、小さな会議室に通される。
部屋は小さいがソファーやテーブルは ちゃんとしている。
まぁ茶を出してくれない事が外交上 少し不満だが、こっちは食べ物を消化 出来ないしな…。
「遅れました…樋口季一郎少将です。
北部部隊の指揮を任されています。」
「トニー王国軍、外国派遣部隊、ジガ・エクスマキナ少佐です。
今回は 外交官と言う立場から、日本と交渉させて頂きます。」
私達は席に着く。
「さて、少将もお忙しいでしょうし、こちらも あまり時間がありません。
正直に行きましょう…。
こちらが、トニー王国から日本に対しての要求書です。」
ウチは ラミネート加工された書類一式をヒグチに渡す。
ヒグチは日本語で書かれた書類を読むと明らかに反応が変わった。
「なっ…千島列島に樺太をトニー王国に渡せと言うのですか…。」
「ええ、他には小笠原諸島、石垣島…後は 竹島…」
ウチは 持って来た日本地図に 印を付けて行く。
「日本の西、南、北、ですか…」
「そうです…トニー王国の見立てでは、戦後 ここが国境線になると予想されています。」
「日本を包囲する気ですか?」
「そうなりますね…これらには 主にトニー王国の軍事基地を立てる予定です。
これは日本にもメリットがある提案です。」
「………聞きましょう。」
「まず、事実から…あなた方 日本は 連合軍に確実に負けます。
これは、戦略や気合で解決出来る問題ではありません…単純な物量の問題です。
この事実は 少将である あなたも十分に理解しているはずです。」
「分かっています。
なので、我々は ソ連を仲介役を頼み、日本に対して少しでも有利な条件で敗戦したいのです。」
「ですが、ソ連は不可侵条約を破棄…。
これはアメリカとブリテン…あ~イギリスの間で交わされた密約による物です。
今、ソ連は日本が降伏してアメリカと調印する前に、可能な限り日本の領土を奪おうとしています。
こちらに入った情報ですと、ソ連は 北海道の北半分程度まで侵攻する そうです。」
「なっ…」
「そして、今の日本政府の状態からしますと、こちらの日本軍は 政府から攻撃の禁止を命令されながら 無視し続ける 反乱軍としてソ連と戦う事になります。
そして、ソ連軍は アメリカとの条約締結寸前まで 止まりません…。
つまり、戦後の実行支配は 避けられないのです。
おそらく、今守っている場所は ソ連領土となるでしょう…。
なら、この失う領土を有効活用して見ませんか?」
「それがキミ達の案だと…。」
「そうです。
トニー王国は これらの島を不当に武力制圧して、実行支配します。
これなら上の許可は必要ありません…。
あなたが『トニー王国には 敵わないから、戦力温存の為に撤退しろ』と命令を出してくれれば 済む事です。
これにより 我々は、占領した土地を守る為にソ連軍に対して武力行使が 出来る様になります。
北海道にやって来るソ連軍の数も大幅に減らせる事でしょう…。
後は、撤退して来た兵士達で、北海道を守らせるだけです。」
ヒグチは 少し考える。
「ですが、この作戦は キミ達が寝返らない事が前提の作戦だ。
キミ達は傭兵国家だ…金で国を裏切る事もある。」
「ええ…ですが、それと同時に 利益にならない戦いをしないのが傭兵です。
日本がトニー王国と友好な関係を築き、トニー王国が日本を武力で占領して得られる利益より、日本と友好関係を結んで得た利益の方が大きいと判断している内は私達は攻撃をしません。」
「トニー王国は 外交努力で対処出来ると?」
「そうなります。
それに トニー王国としましては、国の生産を担っている成人男性を戦争で死なせては、長期的な利益を得られないと考えています。
後、アメリカのやり方からして、戦後は 日本軍の解体と大幅な軍縮や戦闘に大きな制限が付くと思われます。
特に千島列島に米軍の駐屯地を造ると言われたら断れないでしょう。
そんな時に金で動かせる友軍があると便利だと思うのですが…。」
「裏でキミ達 傭兵を雇う事になるのか…。」
「そうです…これでトニー王国も利益を得られます。」
「よく考えられている…良いでしょう…。
書類で 交わせない口約束になりますが、現場に連絡して芝居を打たせましょう。
逆らう兵士がいた場合、殺して構いません。」
「了解しました…では急いで下さい…今晩 夜襲を仕掛けますので…」
「………了解した。
あの海岸まで送らせましょう…ご武運を」
ヒグチは立ち上がって手を出す。
「ええ…あなたこそ…」
そう言い、右手の手袋を外して素手で 契約完了の握手をした。
これも書面に残せない密約だ。
ウチらは会議室を後にして、車で運んでもらい、潜水装備を付けて潜水艦へ戻って行った。