21 (背水の陣)〇
塹壕…総統 個室。
そこにいるのは、独裁者 アドルフ・ヒトラーでは無く、今は見なくなったアディの姿だ。
彼は 今、絶望に満ちた瞳で 机の上にある手紙にペンを丁寧に走らせている。
「アディ…」
「行くのか…ナオ…」
「ああ、総統の命令通り、好きにさせて貰う。
武器庫から9パラを貰ってくぞ…。」
「ライフル弾はともかく 拳銃弾はもう 自殺位にしか使い道がない。
遠慮せずに持って行って良い。
ただ そろそろベルリンは包囲されるはずだ…生き残れないぞ…」
「大部隊ならな…1人なら まだ逃げようがある…。
それに まだ援軍が来る可能性もあるからな…」
「この状況でか?
確かに 地図上では 味方の部隊が 大量に いる事になっているが、殺されたか…投降したか…いずれに しても もういないだろう。」
「いや…まだあるな…トニー王国がいる。
救援の要請 自体はしたのだろう…。」
「ああ、随分と前にな…。
ただ、ベルリンが落ちる 今になって 助けてくれる事も無いだろう…。
何より この状況じゃ依頼料の支払いも出来ない。」
「まぁそれは 如何かな…あの国は 義理は果たすし…。
アディそれは 手紙か?宛先は?」
「ああ…日本の皇帝にだ。
同盟国の裏切りが日常だったドイツで、日本だけは不利と分かっていながら最後まで戦ってくれた。
陸軍の将軍も親衛隊も 嘘と裏切りに まみれている中、日本人は 最後まで約束を守ってくれた。
出来れば 手紙を直接 渡したかったのだが…この状態じゃ難しい。」
「じゃあ、モールスによる電信か?
と言っても、果たして味方が中継してくれるか 如何か…。」
「いや…暗号無しの平文で 送る…。
ブリテンに傍受されれば、アメリカ経由で日本軍に届く。
賭けの要素が高いが、手紙を日本まで送らせるよりは 可能性があるだろう…。
そして、この文章が そのままドイツの敗戦のメッセージとなる。
このメッセージは 私が直接 打とう…。」
通信室。
ヒトラーは 手慣れた様子で ヘッドホンを被って無線機の設定を行い、平文で これを傍受している誰かに向けて中継の要請を出す。
現状では 味方の無線での中継は無理だろう…。
ただ包囲されている のであれば、イギリスやフランスの無線が近くにあるはずだ。
いた…近くの連合軍の無線から モールス信号で中継の許可が出た。
「よし…ふう…」
私は一息ついて、電信を入力し始める。
『日本の皇帝陛下へ、
この手紙をお読み頂ける事を願っております。
私は 自身の終焉を迎える前に、日本への感謝の気持ちを伝えたく思い、この手紙を書く事としました。
今まで ドイツとの同盟国は 自軍が不利になると ドイツを裏切ることが日常茶飯事でした。
しかし、日本だけは 不利と分かっていながら 最後まで同盟国として 我々に尽くして下さいました。
その事に対して、私は心から感謝 致します。
今やドイツは敗戦し、世界は 大きく変わろうとしています。
日本には 途轍もなく困難な道のりが待ち受けていることでしょう。
戦況がどうなるかは、今の私には 分かりませんが、どうか悔いのないように。
私は裏切り、裏切られる人生を送ってきましたが、最後に日本を信用 出来た事を心から嬉しく思っています。
日本の美しい伝統や価値観を守り続けられる事を願っています。
この手紙が届くころには、私はもうこの世には いないかもしれません。
しかし、私の感謝の気持ちは、この手紙と共に永遠に残るでしょう。
ドイツ国民 アドルフ・ヒトラー』
今の連合軍の戦力から見て、日本は敗北するだろう…だから『勝て』とは言えない…。
そして、このメッセージは総統では無く私個人としてのメッセージだ。
「終わったか…」
ウージーマシンピストルの予備マガジンに9パラをパチパチと入れている ナオがアディに言う。
「まだ いたのか…。」
「ああ…1つ聞きたくてな…。
自殺は いつまで待てる?
さっき エヴァ・ブラウンと正式に結婚式をあげたんだろ…新婚さんが死ぬことはない。」
「明日の夜まで…それ以降は待てない。
それじゃあ…」
アディは去り、オレは 医務室に向かい、薬棚から青酸カリのビンを取り、カバンに入れ、睡眠薬のビンを青酸カリのラベルに付け替え、総統地下壕を出る。
『ナオからクオリアへ…緊急』
『こちらクオリア…気が済んだか?
ナオのせいで こちらも それなりに手こずったぞ』
『結局 ドイツの敗北の歴史は 変えられなかった。
全然 ユニットが作戦通りに動かない…やっぱり人間はダメだな。』
『それで…要件は?』
『ヒトラーの救出の件は 如何なっている?』
『正式にトニー王国からお断りを入れている。
敵の戦力から考えて、戦闘力3倍を確保出来ない。
これだと絶対に死者が出る。』
『トニー王国の主力は?』
『今は、北と南のルートで日本に向かっている。
スエズもパナマも使わないで トニー王国から日本に行くとなると 流石に時間が掛かる。』
『なら連合軍に連絡を入れてくれ…ベルリンへの攻撃は トニー王国が請け負うと…。
民間人の人道的な配慮と戦争犯罪者の確保が目的だ。』
『なるほど…良い判断だ。』
敵が何故、ベルリンを包囲して攻め込んでこないのか? それは、今 部隊を突撃させた場合、連合軍側に多数の犠牲者が出るからだ。
親衛隊、ベルリンにいるドイツ国民は退路を塞がれ背水の陣状態…ここを失なえば 帰る場所が無くなる…だから刺し違えても勝つしかない。
自分の命を捨ててまで 戦おうとするヤツ程 手強い者はない…日本軍を みれば それは明らかだ。
連合軍は ほぼ確実に殲滅出来るだろうが、勝利が確定している状態の戦場で 大量の犠牲者を出す事は なるべくなら したくないだろう…そこに交渉の余地がある。
『分かった…クラウドに伝える。
ドイツが敗戦すれば ドーバーの拠点も いらなくなるから、それも交渉材料に使えるだろう…。』
『次は日本だからな…その北と南の部隊は?』
『南はハルミの部隊…。
日本政府の依頼で 撤退を拒否して 補給も無しに戦っているフィリピンの部隊の回収任務に付いている。
フィリピン部隊が撤退しないせいで、見捨てられない日本兵達が、何とか補給物資を届けようとして アメリカ軍の戦艦に次々と やられている。』
『あ~補給が出来ない事を判断して 撤退命令を出したのに、現場が切り捨てられなかったのか…またかよ…。』
『そう…とは言え これは仕方がない…フィリピンの先は 沖縄と硫黄島…。
そこを突破されれば、いよいよ 本土決戦だ。
彼らも 背水の陣なんだ。』
『じゃあ北は?』
『そっちはジガの部隊。
ソ連が日本との休戦条約を無視して北海道に侵攻してくる可能性があるからな…。』
『北方領土か‥』
『そう…正式な現地名称だと千島列島…。
なので トニー王国軍は それを防ぐ為に 千島列島を武力で占領する事に決定した。』
『日本包囲網の北か…』
『そう…南は 小笠原諸島、石垣島…後は 竹島を奪えたらラッキーかな』
この島は トニー王国が不当占拠として 戦後 外交問題になる島で、国境島と言う通称で飛ばれている。
ここにトニー王国軍が駐留する事により、ロシア、中国、韓国、台湾、アメリカからの攻撃から日本を守れ、また 日本が他国へ侵攻する事も防げる重要拠点だ。
特に日本は アジア最前線として戦火に巻き込まれやすく、自衛隊による武力の行使 手段も限られる為、日本としても 国境島を盾とする戦術は 非常に有用で、表向きでは 領土の返還を訴えているが、実際にトニー王国から土地を返されて日本領土になってしまうと 武力行使が難しくなるので、この領土問題は 平行線を維持し続けている。
『日本軍を撤退させつつ、日本軍を殺すのか…』
『そ、それが日本人が生き残る最善手…。
ナオが世界征服で 人類に平穏を取り戻そうとした様にな…。
戦争である以上、犠牲者は必ず出るんだ。』
クオリアはそう言い、詳しい打ち合わせに入った。
5月1日…夜明け。
『我々トニー王国軍は 午前6:00より、ベルリンを制圧作戦を開始する。
投降者は 武装を捨て、手を上げて退避せよ…キミ達の安全は保障されている。』
トニー王国軍のクラウドがスピーカーで投降を呼びかけ 続いて、住民が 次々と手を上げて出て来て 連合軍に保護される。
そして、予告通りの6時…。
「よし、残っているのは、戦闘の意志がある者だけだ。
作戦開始!」
クラウドの指示で、DLに乗っているナオ達12機は、連合軍がベルリンを包囲する中で通して貰い ベルリンに突入を開始する…目指すは 総統 地下壕だ。
地下壕前には ライフルを持った親衛隊がオレのDLに向かって撃って来るが、盾で防がれて効果はない…。
隣のDLが2、3秒程 その場で硬直し、DLのコメカミに取り付けてある7.62mm頭部機関銃で親衛隊を次々と頭を撃ち抜き 射殺して行く。
味方機のカウンター攻撃が遅い…助けるか悩んだな。
DL部隊が地下壕の入り口を確保し、ナオ機が手を上げた瞬間、上空から ティルトウィング機エアトラが 降りて来て、後部ハッチが開き、黒いローブに身を包んだ4本脚のドラムが、2本の巻き取り機の先端にある足掛けを片手で掴み、降下…着地。
2機のドラムが重しになって ワイヤーを引っ張り、それを伝って 次々とドラム達が懸垂降下で降りて来る…全部で24機だ。
ドラム全機が アメリカ軍の最新のサブマシンガンである M3グリースのコピー品を持ち、弾は 低致死性の45口径ゴム弾。
24機が揃ってティルトウイングが上がると 次々と地下壕に突入して行き、ナオ機は床に座って背中のコックピットブロックから オレは飛び降り、ウージーマシンピストルを構えて突入する。
パーン、ボスッ…パン…ボスッ。
ドラムは部屋をひとつずつ確保して行き、親衛隊のライフル弾で1発撃たれたらゴム弾を1発撃ち返す。
厚さは薄いとは言え、構造自体は DLと同じ装甲だ。
その為、ライフル弾 程度なら ある程度は 防ぎきる防弾能力を持っている。
ドラムの射撃の精度は非常に正確で、今回は腹に撃ち込む様に設定されており、撃たれた人間は 皆 腹を抱えて うずくまっている。
そして それと同時に ドラムは地下壕の柱にプラスチック爆弾が次々に仕掛けて行く。
オレが ウージーマシンピストルを構えて、アディの部屋に向かう。
「おーい まだ生きているか?
迎えに来たぞ」
そこには ドラムにワルサーPPKを撃ち抜かれて 痺れた手を握っているアディの姿があった。
「これは…一体…。」
「悪いアディ…オレを最後まで信用してくれたのは 良かったんだけど、オレ トニー王国のスパイだったのさ…。
まぁ本気でドイツを勝たせる つもりでは あったんだけど…。」
「で、そのスパイは 私を如何するつもりだ?」
「助けるのさ…そんじゃあ そこで 大人しくしててくれ…。」
後は ゲッベルス家だ。
ゲッベルスの子供達は、史実だと今日の午前6時…今頃に母親から青酸カリを飲まされて殺されるはずだ。
寝室には、ゲッベルス家の6人の子供達が寝ており、母親も眠っている。
床には 青酸カリのラベルが付いたビンが転がっていた。
「あぶね…すり替えて良かった…うん、脈はあるな…。
運ぶぞ…」
『了解』
制圧が終わったドラム達が 次々を拘束した親衛隊達を運んで行き、最後にヒトラーとエヴァ…それに ゲッベルス家の皆が 後に続き、そして地下壕の入り口に集められる。
「さて、最後のチャンスだ。
トニー王国に亡命する者はいないか?
このまま、戦争犯罪者として処刑されるよりか、良い暮らしが出来ると思うが?」
オレがナチ党幹部に言う。
「だが、奴らは 私達が死ぬまで諦めないだろう。」
「まぁ そうだな…と言う訳で…」
ボーン…。
地下壕の中から次々と爆発が始まり、地上の地面が陥没して 瓦礫の山に帰った。
「はい、偉大なる総統様と ナチ党幹部は、地下壕と運命を共にし、爆死なされました~。
さあ希望者は エアトラに乗って…すぐに連合軍がやって来るよ…。」
オレがそう言うと 着陸したエアトラに生き残りの親衛隊が 次々に乗り込み、最後にドラムが乗り込み、ぎゅうぎゅう詰めの状態で離陸して脱出して行った。
さて後は、地下壕の崩壊シーンの映像を連合軍に提出して、ナチスは滅びましたと言えば、作戦終了だ。
「さて、残りは日本か…ハードな事に なりそうだ。」
オレはそう言い、駐機状態のDLに乗り込むのだった。